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冨田ラボの音楽に出会ったから、僕はベースを手に取った。

僕はとにかく、楽器を弾くことがずっと好きだった。物心もない頃に、兄が習っていたクラシックピアノを羨ましく思って、同じピアノ教室に入れてもらったその日からだと思う。

ピアノに飽きてからは、どういうわけか、バイオリンを習い始めた。どういうわけかというのは、習うに至った経緯を全く覚えていないからだ。バイオリンという楽器は好きだった。弓で弦を擦れば振動が発生して音が鳴る。至極シンプルな発音原理。指板にはフレットもなく、音程という壁を取り払うことができるのが楽しかったし、弓の扱い次第で音質のコントロールも自由自在だった。ピアノ以上にハマった。

小学校高学年になったころ、ラジオを聞くのが好きだった僕は、当時よく聞いていたラジオ番組のトークのBGMに、キリンジというアーティストの楽曲のインストバージョンがよく使われていると知り、その足で近所のTSUTAYAに行き、ありったけのアルバムを借りた。初代iPod nano(4GB)に全て詰め込んで、一曲ずつ丁寧に聞いて、番組で最も聞き馴染みのあるBGMを探したが、結局見つからなかった。その後何年か経って、目当ての曲はNujabesの作品だったとわかったのだが。

当初の目的は果たせなかったものの、僕はキリンジにハマりにハマった。当時は確かDODECAGON(キリンジの6枚目のアルバム)が発売されたころだった。子供ながらに僕は、DODECAGONとその前まででずいぶんサウンドが違うな、と感じた。気になって、Wikipediaでキリンジを調べると、5枚目までの作品には全て冨田恵一という人物がプロデューサーとして関わっていたことを知った。どうやら彼は、冨田ラボという名でアルバムを2枚出しているらしく、再び僕はその足でTSUTAYAに向かった。

Shipbuilding、Shiplaunchingの2枚と、適当に手にとったエミネムと何か、計4枚を借りた。当時はたしか、4枚借りると1000円ぴったりにしてくれる明朗会計で、言われるがまま毎度4枚借りていた気がする。

家に帰り、iPod nanoに詰め込むこともなく、シャープのラジカセ(スピーカーを覆う布にラメが入っていた)にShipbuildingのディスクをつっこみ、再生ボタンを押した。電撃が走った、とか言うのは小っ恥ずかしいけれど、まさしく電撃が走ったのをよく覚えている。冨田ラボは様々なヴォーカリストをフィーチャーした楽曲群によってアルバムが構成されるプロジェクトで、色とりどりの歌声が素晴らしかった。そしてそれらを美しく覆う管弦のアレンジと、心を高ぶらせるコード進行も最高。そしてなにより、ベースの演奏に身体が踊らされる感覚を、その日その時初めて覚えたのだ。

冨田恵一を知る人にはもはや説明するまでもないかもしれないが、彼はベースはもちろん、ギターや鍵盤類など、楽曲を構成する基軸となる楽器は全て自ら演奏し、作品に収録している。僕が初めてベースのグルーヴに踊ったのは、間違いなく冨田恵一の演奏だった。

家にはベースがあった。175Rの大ファンだった兄が、そのベーシストに憧れて誕生日に買ってもらっていた、フェンダージャパンの青いプレシジョンベースだ。当時反抗期真っ只中だった兄の部屋から、こそっとベースとアンプを持ち出した。初めて弾いた曲は、「道 feat. bird」だったと思う。

もちろん上手には弾けなかったものの、バイオリンを習っていたので、弦楽器の構造には慣れ親しんでおり、すんなりコツを掴むことができた。その日から、兄のベースはだいたい僕の部屋にあった。

冨田恵一という人物の肩書きは、世間一般には「音楽プロデューサー」だ。しかしながら、楽器、とりわけギター類のプレイヤーとしては、それらを専門とするミュージシャンと対峙するほど、スキルフルかつ個性的な存在だと思う。僕はそんな、ベーシスト・冨田恵一に出会って、ベースという楽器の魅力に取り憑かれたのであった。

では、その魅力の正体って何だったんだろう。これを具体的に説明することは難しい。けれど、間違いなく言えることは、冨田恵一によるベースの演奏こそが、僕にとってのグルーヴの原体験だったということ。ベースラインに存在感がありつつも、楽曲の総体を力強く支えて、推進力を生み出している。これをグルーヴと言わずなんと言うだろうか。

僕は今でもベースを弾いている。日々の生活の片手間程度ではあるが、大好きで、楽しくて仕方がない楽器の一つだ。そして、ベーシスト・冨田恵一の演奏には、新たなリリースのたびに電撃をくらい続けている。

冨田ラボは2018年に活動15周年を迎え、まもなく20周年を迎えようというところ。音楽プロデューサーとしては、大御所というタグ付けがなされても違和感がないが、一方で、今でも現行の音楽の潮流を掴んで離さず、確かなキャリアを活かしつつ、冨田恵一にしか作れない音楽を生み出し続けている。言わずもがな、ベーシスト・冨田恵一のプレイも日々進化し続けているわけである。

すでにベースを愛している人も、明日からベースを始める人も、今日は一度、ベーシスト・冨田恵一のプレイに触れてみては如何だろうか。



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