第14回『なにせにせものハムレット伝』(最終回)

5幕1場

今回登場する人物
ハムレット・・・・・・・・・・・クマデン王国の王子
クローディアス・・・・・・・・・クマデン王国国王、ハムレットの叔父
ガートルード・・・・・・・・・・クマデン王国王妃、ハムレットの母
レアティーズ・・・・・・・・・・オフィーリアの兄
ホレーシオ・・・・・・・・・・・ ハムレットの親友
オズリック・・・・・・・・・・・ 新米宮廷人

森の妖精(語り手): やってきました! 最終回! 舞台はエルシナノ城の大広間。 ハムレットさまとレアティーズさまによる、クイズ対決が開かれようとしています。パチパチパチ! ドラマチックな雰囲気を盛り上げようと、飾りつけも豪華です。でも、どすぐろい陰謀の匂いがプンプンしますね。あ、そうこうするうちに、我らがヒーロー、ハムレットさまがやってきました! お友達のホレーシオさまもいっしょです。 あとは観てのお楽しみー。えーと、それから、私の出番はこれでおしまい。エルシナノの森に帰りまーす。みなさんは、ゆっくり楽しんでいってくださいねー。ばいばーい!(退場)

 (舞台中央におかれた王座にクローディアスとガートルードが座っている。その前を、レアティーズが、落ち着かない様子で行き来してている。ふところには剣を隠しもっている。周囲には正装した貴族たちがならんでいる。舞台右手からハムレットとホレーシオが登場する。)

ハムレット: ずいぶん、きらびやかな飾りつけだな。豪華な舞台に負けぬよう、気を引きしめて勝負に挑まねばな。うーん、だが、よく見ると、どの飾りもかなり古風で、なんだか懐かしいような印象を受けるんだ。

ホレーシオ: たしかに、ノスタルジックな雰囲気ですね。

ハムレット: うーん、どうやら、廃棄寸前の備品を倉庫の奥から引っぱりだしてきて並べたようだ。

ホレーシオ: 開催が決まったのが、昨日今日きのうきょうのことですので。限られた時間で、できるだけ豪華な飾りづけをようとしたのでしょう。

ハムレット: 苦労するのはいつも裏方だな。でも、古めかしい飾りつけのおかげで、子どもの頃、城をぬけだして遊びに行った村の縁日のお祭りを思いだしたよ。金魚すくいをして、ラムネを飲んで、お好み焼きを食べた。お化け屋敷にも入ったな。あの頃がなつかしい。いつかまた行きたい。

ホレーシオ: 行けますとも。ぜひ、お供させてください。

ハムレット: そうだな、いっしょに射的をしよう。いつも的に当たらなくて、悔しい思いをしていたんだ。君ならうまく当てることができるかもしれない。ぜひ行こう、約束だ。生きていたらな・・・。

ホレーシオ: ハムレット様、お気を確かに。だいじょうぶですか。

ハムレット: 昔のことを思い出したら、少しばかり感傷的になってしまったようだ。だが、心配いらない。さあ、行こう。皆、お待ちかねだ。今はクイズ対決に集中しなければ。

クローディアス: (ハムレットに向かって)おお、ハムレット、やっと来たか。待っておったぞ。おまえが来ないと、万事始まらないからな。(貴族たちに向かって大きな声で)さて、皆の者、本日の主役、このクマデン王国の王子であり、わが最愛の息子、ハムレットがやってきた。皆、盛大な拍手でむかえてくれ(拍手)。さあ、これでようやく役者がそろった。準備ができ次第始めることとしたいが、ハムレットよ、どうかな。

ハムレット:ええ、いつでも始められます。

クローディアス: それは良かった。(貴族たちに向かって、厳粛な口調で)えー、すでに、皆も知ってのとおり、我が宮廷の2人の若者が仲たがいをしてしまった。私にとっては、どちらも目に入れても痛くないほど、かわいい者たちであり、是が非でも仲なおりしてもらわねばならぬ。そこで、彼らの友情の復活をねがって、本日、わが国の国技とも言えそうな、あの伝説のクイズ対決を開催することとした。お互いに知性の限りをつくして競えば、わだかまりも消え、かつての友情も復活することであろう。

オズリック: ブラボー、 ブラボー!

クローディアス: そして、この私は、我が息子ハムレットの勝利に、特上豚50匹を賭けた。エルシナノ牧場で育った最高級ポークだ。深みのある味わいとフルーティな香りが食欲をそそる。ハムレットが勝利したあかつきには、盛大な焼肉パーティを催して祝うつもりだ。フランベしてもおいしいぞ。

オズリック: フランベだけに、豚ボー、 豚ボー!

クローディアス: (オズリックに向かって)もうよい、オズリックよ。それより、もうすぐおまえの出番だぞ。しっかり準備をしておいておくれよ。

オズリック: もちろんでございます。陛下。

クローディアス: (大きな声で、ハムレットとレアティーズに向かって)さて。それでは、まず2人とも握手をしてくれないか。いやいや、私とではない。2人でするのだ。そう、しっかりとな。うむ、よかろう。ところで、対決に先だってハムレットから一言あると聞いておるが。

ハムレット: (レアティーズに向かって)レアティーズよ、ここに居並ぶ貴族を前にして、君に一言謝罪をしたい。

クローディアス: (わざとらしい口調で)おや、なんとまあ、この場であやまるというのか、立派な心がけだ。最近はSNSやツイッターで謝罪をすませるやからが多いなか、直接あやまるとは、きとくな行為ではないか。さすがは、わが息子。逆に炎上してしまわないよう、しっかり謝って、仲なおりしてくれよ。

ガートルード: (ハムレットに向かって) そうよ、ハムレット、きちんと仲なおりするのよ。

ハムレット: レアティーズよ、君と君のお父上には、本当にすまないことをしてしまった。心からあやまりたい。このところ、私はひどい精神不調にあって、まるで夢遊病者のような状態にあった。そして、自分が何をしているのかすら分からない状態で、誤って君のお父上を刺してしまったのだ。不運がかさなって起きてしまった不幸な事故とはいえ、君の家族の命をうばい、名誉を傷つけてしまったことは、本当に申し訳なく思っている。落ちついたら、心を割って、しっかり説明しよう。約束する。だから、今のところはぜひ、この謝罪を受け入れてほしい。君はりっぱな紳士であって、日頃からとても尊敬してる。必ず分かってくれると信じている。

レアティーズ: (傍白)自分がなにをよく分からない状態にあっただと、ちゃんと歩いて、しゃべって、食って、得意の毒舌を吐いていたのだろう! ますます怒りがこみあげてきた。許せない、絶対に許せない。殺してやる。いますぐ殺したい!  だが、落ちつくんだ、レアティーズ。ここは落ち着いて、筋書どおりに、ことを進めなくてはいけない。我慢だ、我慢。(怒りと興奮を押し殺しながら、ハムレットに向かって)今の立派なお言葉、たしかに受け止めさせていただきました。この私といたしましても、殿下の立派なお人柄への敬愛の念を一層深めた次第でございます。ただ、今はクイズ対決に集中し、万事そのあとで考えさせていただきたいと思います。

ハムレット: ありがとう。君なら必ず分かってくれると信じていた。ところで、レアティーズよ 、どこか具合でもわるいのではないか。顔が真っ赤だぞ。熱でもあるのではないか。かなり疲れているようにみえるが。ちょっと心配だな。

レアティーズ: (傍白)ふざけるなよ! おまえへの怒りをおさえるのに苦労しているんだよ、この大馬鹿野郎め!(ハムレットにむかって)いや、心配ない、大丈夫だ。ありがとう。おたがいに、ベストをつくして、正々堂々がんばろう。

ハムレット: 望むところだ。

ガートルード: 一件落着したわね、ハムレット。そういえば、あなたの方は血色もよくなって、ちょっと太ったかもしれないわね。食欲が回復したおかげね。よかったわ、本当に。私、今日はとても良い気分だわ。(クローディアスに向かって)ねえ、あなたもそうでしょう。

クローディアス: (ガートルードに向かって)も、もちろん、とてもうれしいさ。(傍白)ああ、なにも知らないおまえの笑顔をみていると、胸がはりさけそうだ。しかし、われわれ夫婦の幸せのためには、あいつにはここで死んでもらうしかないのだ。許してくれ。(気をとりなおして、貴族たちに向かって大きな声で)そうだ、大切な乾杯を忘れていた。2人の和解を祝って、まずは国王みずから祝杯をあげることとしたい。今日は特別に、とっておきの30年ものの赤ワインを用意した。そう、ハムレットが生まれた年のワインだ。地下のワインセラーで大切に保管されていたものを、この日のために用意した。あとで皆にもふるまうので、楽しみにしていてほしい。

ガートルード: 今日は本当におめでたい日ですからね。わたしも早く、飲んでみたいですわ。

クローディアス: では、まずは試飲もかねて、私から乾杯しよう。諸君、それではハムレットの勝利を祈って、乾杯! うむ、うまい。素晴らしい香り、天に昇るほどの美味、まさに至福の味だ。ああ、そうだ。良いことを思いついた!このさかづきのなかに、わが王家に代々つたわる貴重な真珠を一粒入れて、さらにめでたい杯としよう。しあわせを呼ぶ幸運の真珠だ。(ワイングラスのなかに真珠を落として、傍白)強力な毒がたっぷり塗られた、危険な真珠でもあるがな。しっかりと仕事をしてくれよ、毒薬ちゃん。(ハムレットに向かって、大きな声で)さあ、息子よ、おまえも、ぜひこの杯で乾杯してくれ。

ハムレット: いえ、今は、結構です。対決が終わってから、ゆっくり味わいます。

クローディアス: そうか、残念だな。(傍白)本当に残念だ。だが、あせりは禁物。落ちついて、つぎのチャンスをまつのだ。こういうときは落ち着きが肝心だ。

ガートルード: だったら、この私が、ハムレットに代わって祝杯をあげましょう。(クローディアスの手からグラスを取る)私、今、とても幸せですし、今日は素晴らしい一日となりそうですからね。

クローディアス: (大きな声で)ガートルード!(小声で)飲むな! 頼むから、飲まないでくれ・・・。

ガートルード: いいえ、いただきますわ。それでは、ハムレットの健康に乾杯!

クローディアス: (小声で)やめろ、やめてくれ・・・。ああ、何ということだ。

ガートルード: 美味しい。でも30年もののワインは、独特の味がしますのね。とても苦くて、なんと言うか、体がしびれるような、今までに飲んだことのない・・・、香りも独特で・・・(倒れ込むように椅子に腰をおとす)。

クローディアス: (小声で)ああ、それは独特なのではない。毒入りなのだ。もう手遅れだ。ガートルード、愛しのガートルード。何ということだ。おまえがいなくては、もはや生きる価値などないではないか。

オズリック: (緊張したおももちで、用意した原稿を棒読みする)えー、それでは、お待ちかねのクイズ対決、「当てて外して、一発逆転、クイズで決闘、あなたがチャンピオン」を始めさせていただきたく思います。さて、このたびの対決の司会進行役は、宮廷貴族としての新人研修もかねまして、不肖、この私、オズリックが担当することとなりました。なにぶん不慣れなものありますので、ぜひ皆様のご指導ご鞭撻をよろしくおねがいもうしあげます。さらに・・・。

ハムレット: (オズリックの言葉を聞いていないかのような様子で)レアティーズよ、やはり顔が赤いぞ。熱があるんじゃないか。クイズ対決は延期にしても良いのだぞ。そうなっても、私はまったく気にしない。だいじょうぶだ。だから遠慮なく・・・。

オズリック: (小声で)え、そんな・・・。

レアティーズ: この期に及んで、まだおれを愚弄ぐろうしようというのか。ええい、もう我慢できない。この剣をくらえ(隠しもっていた短剣でハムレットを切りつける)!今のは父のための復讐、そしてこれはオフィーリアの分だ。(もう一度切りつける。)

ハムレット: 何をするんだ。たった今、仲なおりしたばかりではないか。しかも、隠しもった剣で不意打をするとは、卑劣きわまりない! 見損なったぞ、レアティーズ。その剣をよこせ(レアティーズから剣を奪い取る)。さあ、おまえも同じ一撃を味わうがいい!

オズリック: えー、クイズたい・・・、あの、そろそろ始めたいのですが。

レアティーズ: やめろ、やめるんだ。しまった、切られてしまった。何ということだ。ああ、おれも、おしまいだ(倒れる)。

オズリック: (小声で)クイズ対決・・・、だれも聞いていない・・・。やはり、宮廷での仕事など、私には無理だったのだ。それに、こんなところにいたら、命がいくつあっても足りないような気がする。田舎に帰ろう。私には牛と馬の世話のほうが合っている。血の臭いはいやだ。干し草の匂いがなつかしい。すぐに帰ろう。皆さん、さようなら。(退場)

ガートルード: ああ、ハムレット、ハムレット、目まいがする。

ハムレット: 母上、一体どうしたのですか。大丈夫ですか。

ガートルード: め、目が回って、体もしびれる・・・、気を失ってしまいそう。

クローディアス: (遮るように)心配ない。疲れがたまっていたのだ。このところ心労がかさなっていたからな。すぐに元気になる。(傍白)ああ、ガートルード。ガートルード。私を残して死んでしまうのか。

ハムレット: (ガートルードに駆け寄って)母上、しっかりしてください。どうしたんですか。

ガートルード: ハムレット、ああ、ハムレット。お聞きなさい、ワインに毒が・・・。(クローディアスに向かって)あなた、息子を殺すつもりだったのね。この悪魔、死んでしまえ!

クローディアス: (ガートルードに向かって小声で)いや、君を殺す気はなかったんだ。本当だ、信じてくれ。

ガートルード: ああ、こんな下劣な男を愛していたなんて、なんて愚かな私。毒よ、ハムレット、毒に気をつけて・・・。(死ぬ)。

ハムレット: 母上、しっかりしてください。母上。ああ、何ということだ! 死んでしまった。何てあっけない最期なのだろう。人の命とは、こんなにもはかないものなのか。だが、今、確かに毒と言ったぞ。(貴族たちに向かって大きな声で)皆、これは陰謀だ。犯人はこのなかにいる! 扉に鍵をかけて、一人も部屋から出すんじゃないぞ!

レアティーズ: ハムレット様。お母様は毒殺されたのです。あのワインには毒が入っていたのです。そして、残念ながら、あなた様の命も、残りわずかしかありません。私の剣にも毒が塗ってあったのです。どんな解毒剤も効きません。おなじやいばで傷を受けた、この私の命も、もはや風前のともしびです。最大の悪人、すべての黒幕は、あそこにいるクローディアス。今、すべてが分かりました。ともに死を目前にした今、ハムレット様、お互いに許し合おうではありませんか。ああ(死ぬ)。

ハムレット: なるほど、そうだったのか。まあ良いだろう。さらばだ、レアティーズ。よい旅を! おれに残された時間はわずかなようだが、上等だ。息絶えるまでの時間はおれのものだ。

ホレーシオ: (傍白)ああ、悪い予感が当たってしまった。

ハムレット: クローディアス、この極悪非道の悪人め。罪の重さを思い知るがいい。

クローディアス: 私は無実だ。いったい、どこに証拠があるというのだ。記録にも記憶にもない。こっちに来るな。来るなと言っておるのだ。と、ところで、ハムレットよ、気分はどうだ。悪くないか、めまいはしないか。手足のしびれはないか。気持ちが悪かったら、向こうで横になって休んでいて良いんだぞ。何と言っても、健康が一番だからな。(傍白)ああ、そろそろ毒がきいてきてもいいころなのだが。体質により、効き方に差があるのかもしれん。早く効いてくれ、毒よ、毒薬よ。

ハムレット: 悪いが私はすこぶる元気だ。クローディアスよ、見苦しいぞ。おまえの罪を認めろ。白状するんだ。

クローディアス: おまえおれを殺す気か。(大きな声で)おーい、謀反だぞ。だれかこいつをとらえろ。暴虐無人の大悪人、建国以来の無法者、国王殺しをたくらむ謀反人がここにいる。早く殺せ、殺すんだ。

ハムレット: 国王殺しの謀反人とはおまえのことだ。

クローディアス: おーい、誰かおらぬか。こいつをとらえろ。息の根を止めろ。そしたら、この王国をあげる。約束する。必ずあげる、ぜんぶあげる、絶対にあげる。だから、こいつを殺せ。おい、皆、なぜ国王の命令をきかん。(独白)それにしても、毒薬よ、たのむから早く効くのだ。効いてくれ。

ハムレット: おまえにしたがっていた者たちは、皆、どこかに隠れてしまった。そこら辺に身を潜めているようだ。見すてられたな。さあ、この剣を受けて、母の後を追え(毒が塗られた剣でクローディアスを刺す)。

クローディアス: ああ、やられた。やられてしまった。おれも、おしまいか。だが、痛い、それにしても痛い。もはや生きる気力はない。だが死ぬのもいやなのだ。痛いのはもっといやだ。やめてくれー。

ハムレット: 剣で刺されれば、誰だって痛いさ。お前の犯した罪を認めろ。懺悔するんだ。

クローディアス: 痛い、痛いよー。頼むから人道的にあつかってくれ。ジュネーブ条約を知らんのか。

ハムレット: さんざん、悪事をはたらいておきながら、今さらなにを言う。おまえがしたことを白状するんだ。罪を認めるまで、いたぶりつづけてやるぞ。さあ、懺悔ざんげをしろ!

クローディアス: 痛い、痛い。イテ、イテテテ。

ハムレット: そうか、痛くて懺悔もできないというのか。だったら、痛みどめがわりに、ワインを飲ませてやろう。おまえが調合した毒入りワインだ。そーら飲め、もっと飲め!

クローディアス: やめろ、ああ、やめてくれ、飲みたくない。今日は二日酔いで、胸焼けがするんだ。明日にしてくれくれないか。明日なら大丈夫だ。本当だ。ああ、そうだ、良いことを思いついた! いいか、聞いてくれ、すべてなかったことにするのだ! もういちど、生まれたときからやり直せばよいではないか。それで一件落着だ。それとも、念には念をいれて、生まれてこなかったことにしようか。そうすれば、悩みも苦しみも、何もかもなくなってしまうではないか。人生はまさに苦労ディアスだからな。よし、これできまりだ。万事解決、大団だいだんえんだ!。

ハムレット: この期に及んで、まだわけの分からぬことを並べ立てるか。見苦しいぞ。ちょっとは黙ったらどうだ。

クローディアス: 私は、生まれてこなかったのだ。だから存在していないのだ。無視してくれ。とーめーにんげん!

ハムレット: だったら、痛みも感じないはずだな。さあ、これでどうだ。(クローディアスの首を絞める。)少しはおとなしくしたらどうだ。

クローディアス: いやいや、痛い、痛い! やめてくれ、やだよー、やだよー。死ぬのはやだよー。ああ、やめてくれー、やめてくれー。クッ、苦しい、苦しーディアス、デス。(死ぬ)

ハムレット: やっと死んだか、なさけない奴め。悪党としての品位も自覚もなかった。おれをさんざん苦しめてきたのが、これほどまでにくだらない奴だったとは。復讐というのは、もっとスカッと決着をつけるものだと考えていたが、モヤモヤとした気持ちがのこってしまった。だが、まあ良いだろう。報いはあの世でたっぷり受けるがいいさ。ああ、それにしても、ようやく肩の荷がおりた。もうすぐ人生という重荷からも解放されそうだ。

ホレーシオ: お気を確かに、ハムレットさま。

ハムレット: ああ、ホレーシオ、どんどん意識が遠のいていく。君を親友と見込んで、ぜひ、お願いしたいことがある。死後、私の名誉が傷つくことがないよう、今回のできごとを物語にして、人々に語り継いでほしいのだ。

ホレーシオ: いいえ、私もいっしょに死にとうございます。

ハムレット: 何を言うのだ、君らしくもない。人間は死ぬときは、皆、一人なのだ。たとえ一緒に死んだとしても、結局は一人だけで旅立つしかないのだ。なにより、私の名誉のためにも、ぜひ引き受けてほしい。ああ、それにしても、目が回る。地球が回っているという、あのガリレオという者の主張が、今なら理解できそうだ。しかし、もし、彼が正しいとするならば、天国は、一体どこにあるというのだ。そして私はこれからどこに行くのだ。だが、もはや、そんなことは、どうでもいい。哀れな母上、さようなら。父上、ご満足いただけたでしょうか。私も旅を続けます。たった一人の旅を。前にも後ろにも誰もみえない。なにもみえない。まるで霧のなかにいるようだ。さようなら。すべてのものよ、さようなら(死ぬ)。

ホレーシオ: ああ、満ち足りた表情でお眠りになられている。よい旅となりますよう。ハムレットさまの物語を語り継ぐ・・・。たしかに、生き残ったもののなかで、事の顛末てんまつをすべて知るのは、この私しかいない。この命にかえても、物語を完成させなくてはいけない。しかし、作品を一つ書いたところで、ハムレットさまの物語を語りつくすことなど、私にはとてもできそうにない。だが・・・、しかし、いくつもの作品を書き重ねていけば、いつかハムレットさまの実像に近づくことができるかもしれない。乗りかかった船だ。残された命をささげて、ハムレットさまの物語を、何度でも、何度でも、繰り返し書いていこう。その勇敢さや気高い精神はもちろんのこと、遊び心や毒舌、一言多い性格にいたるまで、そのすべてを描きつくそう。それこそがハムレットさまへの真の弔いとなるのだ。人々に誤解されそうな作品となってしまったら、あらかじめ贋作がんさく銘打めいうってって発表すればいい。そうすれば、立派な名誉が傷つく心配もない。それに、ハムレットさまほど偉大なお方の物語となれば、贋作の一つや二つなくては、さまにならないような気がする。よし、なんだかできそうな気がしてきた。葬儀がおわったら、すぐとりかかろう。(暗転)

おわりに
 つたない作品を最後までお読みいただき、どうもありがとうございます。

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