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『呪いの言葉』とその対処法1

わたしなりの『呪いの言葉』についての認識と、その対処法を記録します。
実際に呪いに囚われている方の、何らかの救いになれば幸いです。

『呪いの言葉』と聞くと、現実としては如何にも怪しい詐偽的な言葉に聞こえ、また物語的には神秘的、悪魔的な感じがします。


わたしは科学的に説明の付く実体を伴うものや、その考え方が比較的好きです。神さまや、悪魔、幽霊、天国、地獄は信じておりません。(信じている方を否定するつもりは決してありません。神にだけ「さま」を付けるのは、慣習的に自然に感じるためそうしています。)
わたしは無宗教と自認していますが、お寺や神社にお参りすることがあります、パワースポットも人混みでなければ行ってもいいです。また宗教的な建築物や宗教絵画には芸術的な関心があります。

長くなりますので先に要点を書きます
・呪いは存在します、日常に溢れています。
・呪いはある程度対処が可能です。対処法は3つあります。
・呪いを理解するのに京極夏彦さんの小説がオススメです。


京極夏彦さんの小説を読む前までは、わたしは『呪い』について否定的でした。というよりも『呪い』の存在を強く認識したことはありませんでした。
むかし「チャングムの誓い(韓国の歴史ドラマ)」で、呪いのお札が登場し、チャングムがテソンカンの屋根裏を探していたシーンを思い出しますが、フィクションとして捉えていましたし、『呪い』の効果を信じておりませんでした。
後に、京極夏彦さんの小説(本当にレンガのように分厚いです)を読んだことで、『呪い』の理解が深まり、『呪い』が実際に作用し影響を及ぼすもの、と考えるようになりました。また、わたし自身も『呪い』に囚われている、囚われる場面は今後もあり得る、と思うようになりました。

■『呪い』、『呪いの言葉』とは
『呪い』とは妬み、嫌味、憎悪、承認欲求、仲間意識、競争意識などの人間の感情ととらえます。
『呪い』と聞くと、わら人形、呪いのお札、呪いノート等の呪いの道具(呪具)が思い浮かびます。
『呪いの言葉』とは、『呪い』の感情から紡ぎだされる「言葉」ととらえます。呪具に刻み込まれたり、音声として伝わります。『呪いの言葉』は呪う人から呪われる人へ、直接的または間接的に伝わります。「間接的に伝わる」とは、噂や集団意識(表情、振る舞い)などで人づてに伝わることがあります。
このテキストでは、『呪いの言葉』=『呪い』と設定し、悪い影響を及ぼすものだけを対象とします。(良い呪いもある、という解釈はこのテキストでは取り扱いません。)
「私は嫌われている」、「私には出来ない」というネガティブな自認も呪いととらえます。

■呪う人(呪者)、呪われる人(被呪者)
呪う側の人を「呪者」、呪われる側の人を「被呪者」と記します。
「呪者」と「被呪者」の組合せが想像しやすいですが、まれに「被呪者」だけ単独で呪いが成立する場合があります。例えば「非難されている」、「認められていない」等の自己発現で自己完結の意識
また「被呪者」が「呪者」を指名する(妄想する)場合もあります。

■呪いの作用
家族や他人と集団行動をする際に、呪いは作用します。
・呪いにより集団としての団結を高める作用がある。例えば仮想敵を作って罵るなどの行為
・呪いにより集団から虐げられる、排除される作用がある。

また個人としても、呪いは作用します。
・自分に掛かった呪いを、他者に転嫁・分散させる作用がある。
・自分に掛かった呪いを成就させる作用がある。
・呪った本人が、逆に呪いに囚われる作用がある。

■呪いは記憶
呪いの言葉を、耳元で又は面と向かって何十回、何百回も浴びせられると、
その情景や、相手の表情・感情、におい、声色などが記憶に焼き付きます。
また、反復を伴わない場合でも、特定の条件において、呪いは強烈に記憶に刻み込まれます。
呪いの言葉は、記憶の中で反芻されることで真実のように感じるようになります。そして呪いの言葉通りの結果となる場合があります。

■自覚と感度
呪者は、呪いの言葉を発するとき、自覚している場合(強弱がある)と無自覚の場合があります。
被呪者は、呪いを受けるとき、自覚する場合(強弱がある)と無自覚の場合があります。
自覚がない場合は、呪者、被呪者に関係なく本人には呪いは発現しません。

■呪者と被呪者の相性
呪者が無自覚で呪いを発し続け、被呪者が呪いを強く自覚する組合せは最悪だと思います。
呪者が呪い続けても、相手がそれを自覚しない場合は、呪者は呪う相手を変える場合があります。

呪いへの対処法
1.自分に掛かっている呪いを変質させる。(解釈を変える)
2.呪いの本質を知る。
3.呪いを感じたら、それ以上近づかない、速やかに逃げる。

■対処法の詳細
1.自分に掛かっている呪いを変質させる。
最初に自らに掛かっている呪いを説明できるようにします、文字に書き起こしても良いでしょう。
呪いの言葉は文章で表現できると思いますので、その内容を5H1Hに分解します。
それ以外の分解方法でも構いません。分解したら、1つ1つの単語を別の単語で表現したり、具体的な説明を加えます。この工程により、自らに掛かっている呪いが何を意味しているのか理解が深まると思います。

続いて、理解を深めた呪いについて、同じような呪いに掛かっている人が、この世の中に存在するか想像します。同じ都道府県には同じような呪いに掛かっている人は何人いると想像しますか?日本国内には何人いると思いますか?隣国の場合はどうですか?米国や欧州、中東、東南アジア、アフリカには同じような人は何人くらいいると思いますか?

続いて、同じような呪いに掛かっている人は、その呪いをどのように認識しているのか想像したり、Googleで検索したりします。私が掛かっている呪いは、非常に特殊な呪いですか?或いは一般的に存在する呪いの一種ですか?

自分の身近な人が、同じような呪いに掛かったら、どのような振る舞いをすると思いますか?

同じような呪いに掛かりながらも、呪いとうまく付き合っている人はいますか?その方と自分自身の違いは何ですか?

わたしに呪いをかけた「呪者」は、私に狙いを定めていたのですか?、あるいは近くにいたから「被呪者」として偶然選ばれたのですか?「被呪者」がわたしでである必要が理由がありますか?

「呪者」が呪われていた可能性はありませんか?わたしは、呪いの連鎖で作用される側のひとりではありませんか?

私が受けた呪いは、私が背負い続ける必要がありますか?

呪いは疾病の一部ですか?あるいは疾病は呪いの一部ですか?

『呪い』は千差万別で一概には言えませんが、「被呪者」がひとりで抱え込む類のものではないと思います。おひとりで抱え込まれている場合には、他者に「別の解釈」を求めてみてはいかがでしょうか。共感されることだけが唯一の救いとは限らないと思います。※「別の解釈」を呪いの言葉として受け取らないように、心構えを怠らないようにしてください。

自分に掛かっている呪いの内容を紐解き、その発生原因を明らかし、呪いをこれまでとは違う解釈で認識出来るようになれば、解決可能な手段が見えてくる可能性があると思います。

2.呪いの本質を知る。
ここまでの内容で説明してきましたが、呪いは他者との関係、あるいは自己認識によるものとご理解いただけたと思います。人間は言葉を発し、他者とコミュニケーションを行う中で、他者より優位に立ちたい、他者と仲良くしたい、自分が一番大事にされたい、認められたい、安心したい(誰かを蹴落とすことで)といった感情が現れることがあります。これらの感情は時として他者を追い込み、傷つけることがあります。これが呪いです。呪う行為を非難するのも一種の呪いとなります。また、自分に都合の良い(理解しやすい)呪いだけを自覚するのではなく、日常に呪いが溢れている、という認識を持つことで、呪いをより客観的に捉え、冷静な判断ができるようになると思います。

3.呪いを感じたら、それ以上近づかない、速やかに逃げる。
敏感な被呪者が意識して鈍感になることは極めて難しいと思います。
したがって、強い呪いを発する呪者の存在を認識し、その矛先が自分に向きそうな気配を感じたら、一目散に逃げることです。矛先が自分に向いていなくても、強い呪いを間接的に受けてしまいそうな悪寒がしたら、速やかにその場を離れるべきです。接点が多ければ多いほど呪いが記憶に刻み込まれ、長い間呪いに悩まされることになります。相手の呪いをコントロールするのは不可能ですので、相手への説得を試みるのではなく、すぐに呪者の前から逃げ出してください。

■おわりに
呪いの対処方法を知っても、これまで長い年月を掛けて受けてきた呪いは記憶にしっかりと刻み込まれています。解釈を変え、呪いの本質を理解しても、フラッシュバックのように突然呪いの場面が蘇ります。現代の科学では脳の記憶の一場面だけを消去することは出来ません。

また、呪いを受けていると自認することで責任を果たしていると自覚したり、呪いの存在を理由に安心感を覚えたり、呪いを受けることで自己の存在を肯定したり、することはあると思います。その場合、『呪い』が一種の『救い』になっているのかもしれませんね。

これまでに受けた『呪い』について解釈を変えて、『呪い』の本質を理解することで、蘇る呪いの記憶や、新たな呪いの言葉に直面した場合に、少しでも冷静に対処し出来るようになればいいなと思います。

以上です






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