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埠頭の荷受人

潮におう築港の運河よ
夏には君の体臭が濃くなる
倉庫脇に咲くアジサイよ
君は枯れると 退化した脳髄にみえる
東京が雨に刺されていたとき
君は肥大した脳髄を雨に輝かせて
私に発信したものだ
思考するのは人間だけに限らない と

瀕死のアジサイよ
私の仕事は荷受人なのだよ
ほら あの埠頭でも同業者たちが
貨物船を待っているだろう
私の受取る積荷は
この岸壁で荷卸しするはずなのに
未だ来ないのだよ
途方もない代物だというので
特殊低床トレーラーや
地球も吊り上げかねない特大クレーンを
あつらえて待っているのに
未だ来ないのだよ
運河に流れてくるものといえば
水面を虹に染める廃油
アメリカの微笑
卵子に出遇えなかった精子

私は分からなくなりそうだ
何を待っているのか
何に待たれているのか
防波堤を疾走する1930年型オートバイ
50年の間 信号は赤だったのか
はじめから所有していないものを
重ねて失うことがあるのなら
出航したはずの船が
永久に出航しないこともあり得る
時間定義の伝統によれば
未来はそのまま過去になる
瀕死のアジサイよ
朽落ちた花弁から
再び芽をふかせられるか

埠頭でたちつくす荷受人たち
あるいは不定冠詞の〈私〉よ
世界はぼくらに唾するほど優しくはなくなった
運河に沿って海へ
逃亡者の漂流する海域へ
かってはカヌーで北回帰線を漕ぎ渡ったものたち
君たちの眼球を真珠に変えて
ガラス瓶につめて流してやろう
藍色にたゆたう時間
遂に現れなかった貨物よ
あすはぼくはいないかもしれない

 (詩集『夕陽と少年と樹木の挿話』第4章「夏を採集する」より)



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