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セノーテ

生贄にされた若い女の骨が
水底に堆積している
そんな泉で泳いだ
仰向けに水面に浮かぶと
高い天井に空いた円い穴から空が見えた
暗い洞窟だった
円い穴から
太陽の光が白いオーロラのように差し込み
水の糸が何十本も滴っていた
陥没した穴に地下水が溜まってできた
聖なる泉セノーテ

穴の周りから
洞窟を見下ろすと
エメラルド色の水面で
救命具をつけた観光客が
アメンボのようにうじゃうじゃ泳いでいた
私もアメンボのひとり
足がつりそうになるまで泳いだ
左手の手首から甲のあたりも
つりそうになった

今でも体が冷えると
左手の甲が痛むことがある
朝がた布団のなかで
足がつりそうになることがある
あの時
手と足が動かなくなって
水底へ沈んでいったかも知れない

生贄にされた若い女の骨が
水底に堆積している
そんな泉で泳いだ
メキシコのチチェン・イツァ
マヤ遺跡
春分と秋分の日には
ピラミッドの階段を
大きな蛇が降りて来るという

 (詩集『月のピラミッド』第2章「異境」)より)


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