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貝殻の物語

砂浜で貝殻を探している少女
足もとには
骨のような白いかけらが
いくつも転がっている
風が吹きすさんでいる
言い損ねた言葉の数を
踏みしめた砂の数に換算する

岩礁に砕かれた波が
風に吹きちぎられ
乳白色の音符となって飛び散る
岩と岩との間に水たまりができ
水たまりと水たまりが水脈をつくり
水脈は時間を遠くに運び
時間は砂にろ過され
濃縮された記憶と
透明な音の雫になる

紀州口熊野周参見浦すさみうらの男たちの
血脈をたどれば
アラフラ海の木曜島で
真珠貝採りをしてきた男がいる
もっと遡れば
犬吠埼沖で船もろとも颱風に流され
カリフォルニア半島のメキシコ領で暮らし
古里ふるさと周参見に帰ってきた船頭がいる
枯木灘の潮風で育った男たちだ

長い海岸線に迷い込み
渥美半島の突端にたどり着いた時
伊良湖岬にある道の駅で
ヤシの実が展示されていた
イネを食べる人びとが
宝貝を求めて
大陸や南の方から海を渡ってきたのだと
ずっと思っていた
そのもっともっと前に
北の方から
凍った陸地を歩いてやって来ていたのか
列島の端
西南の海が見えるまで
歩き続けたのか

波打ち際に残った少女の靴跡は
波にさらわれ
小舟のように漂流する
初めて海を見たとき
心を揺らしたうねりが
風に乗り
貝殻を通って
少女の耳もとで渦巻く

 (詩集『フンボルトペンギンの決意』第3章「記憶の保存場所」より)


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