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植物図鑑

ホット・マンゴー・アップルが
飲みたかったのに
グレープ・フルーツ・ジュースを
注文してしまった
いつになったら
本当に欲しいものが言えるのか

日曜日の理髪店で
『ペニィ・レイン』がラジオから流れていた
一九六七年の冬
一度しか降りなかった駅に降り
雨の日の遊園地の入場券を買う
欅と椋の木の違いも分からずに
よくここまで生きてこられたものだ

イルカの腹のような白い雲が
神戸市西区の仮設住宅の上に浮かんでいた
濃紺のビロードを切り裂いた切れ目から
上弦の月が黄色い光を放っていた
私は 日課のように停留所でバスを待っていた
十六年後の金曜日も

九番線のホームの端に立って
歯ぎしりするように目を閉じて
空を見上げているのは
必ず男でなければならない
三陸海岸沿いの幻の丘陵に建立される
石碑には
海の水で書かれた碑文が刻まれねばならない
たとえ 熱力学の第二法則に抗ってでも
そして
最後にこう記されねばならない
私たちの体もまた粒子から作られていると

ソヨゴ
トベラ
ヤマモモ
檳榔樹びんろうじゅ
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マンゴージュース


 (詩集『夕陽と少年と樹木の挿話』第1章「夕陽と少年と樹木の挿話」)
より


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