未曾有の災害から3年を迎える朝倉の話

こんな光景を、いつぞやテレビなどで見られたでしょうか。
西日本豪雨のちょうど一年前、2017年7月の頭の福岡県朝倉市の写真です。当時は「戦後最大級」の水害とも言われました。東京ドーム8.5杯分の大量の土砂と流木が町に流れ込みました。
また専門家が「10年は土砂が出続ける」と言うように、いまだ露出した山肌が多く、雨が降るたびに川が茶色く増水します。

▲まだ仮工事を進めている状態のところも多く

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<東日本大震災>仮設住宅入居中の死亡数1494人 生活再建が課題

「仮設入居中1494人死亡 プレハブ住宅被災3県調査 実数さらに多く」河北新報 2019年6月17日 https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201906/20190617_73022.html

 先日の河北新報に、東日本大震災で建設された応急仮設住宅入居中に亡くなった方々に関する調査の記事が掲載されました。

・東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島3県で201

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シンプルな生き方を求めている人のために、そして災害から復興のために

旭川駅前にタイニーハウスを作りたい人、集まれ! https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000004.000038640.html @PRTIMES_JPさんから

フクシマからの報告 2019年春    山間部は高線量・海岸部は無人     中心部だけが新築ラッシュ       まるで「復興ショウルーム」のよう

福島第一原発事故で放射能汚染を浴びた福島県の地域はいまどうなっているのだろう。そこに住んでいた人たちはいま、どこで、どうしているのだろう。街は村は、どうなったのだろう。現地を自分の目で見て、当事者たちに会って話を聞く。それを報告・記録していく。それが、私が2011年春からずっと続けている作業である。

 今回も、2019年3月15日〜19日、福島県南相馬市・飯舘村・浪江町などを訪れた。8年間で現地

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切り捨てに抵抗する被災者たち

阪神大震災24年 神戸市役所前集会 借り上げ住宅から住民を追い出すな
1671号, 2019年2月3日

 阪神大震災24年目となる1月17日、兵庫県各地で多くの追悼式が行われた。神戸市役所前では、被災者支援を求める「1・17追悼・連帯・抗議のつどい」が開かれた。震災後、神戸市をはじめ行政は、避難所や仮設住宅から被災者の追い出しを続けており、市役所前にテントやプレハブを建てて抗議・撤回をさせてきた

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原発事故避難者の数を少なく見せる   政府の統計のトリック         これは「復興偽装」ではないのか?

<この記事のまえがき>
 福島第一原発事故8年目の2019年3月10日前後に流れるインターネット上の発言に目を通していたら「政府が発表する原発事故避難者の数は減少している。減少した分は、原発事故前の家に戻った」と本気で信じている言説が多数流れていることに気がついた。

 何度でも繰り返すが、これは誤謬である。原発事故前の家に戻れないのに、避難者のカウントから外された人が多数いる。そして、そうした人

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ヒマな人

「おに」の語源は「おぬ(隠)」が転じたもの。元来は姿の見えないもの、この世ならざるもの。「まめ」は「魔滅(まめ)」。無病息災を祈る意味で豆がまかれ、それを人間が食して鬼退治……。

自然と人間の知恵を集めた暦(太陰暦)、旧正月と二十四節気の第1番目にあたる立春が過ぎました

「どうしてる?」「いつもヒマにしてるよ」

ボクの口ぐせのような挨拶代わりの言葉、ヒマ。先日もホハルのタツシにそう伝え

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災害時のあかりのはなし #4

2016/08/16 @気仙沼 Mさん

お話を聞いた前日は地域の夏祭りの日でした。地域のみなさんの手で夏祭りを再開したいとご準備を進められて、石巻に収蔵頂いていたあかりカフェのキットを地域の方々で運搬、設営してお使いいただきました。その夏まつり主催の気仙沼”小泉Coolなおやじの会”のおひとり、Mさんにお祭り翌日にお話を伺いました。

2012年7月の山田大名でのあかりカフェ(初めての開催)に、

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人と人がつながるお茶の時間

無邪気な子どもたちから「かっくん(筆者)と結婚したい!大好き!」とプロポーズをたくさん受けた2018年のクリスマス(数日後訪ねたら、小学生のお兄ちゃんの方が大人気……そりゃそうだ。やっぱり子どもって無邪気!)。

子どもとはいえ、一体どうして50歳に手が届きそうなぼくにそんな出来事が起こったのでしょう。みなさんは、この〈クリスマスの怪奇現象〉を、どう考える?「おまじないを唱えた」「妖しい煙を焚いた

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フクシマからの報告 2018年春その2 今なお続く政府の初動ミスの後遺症   無意味な封鎖で住民に不必要な苦痛

2018年4月16〜18日、福島第一原発事故のもっとも深刻な汚染を受けた福島県飯舘村を訪れた報告の2回目を書く。前回書ききれなかった部分の補足である。

1年前の2017年3月31日、全村民の強制退去が解除された福島県飯舘村で、たった1か所、解除から取り残された集落がある。「長泥」という。ここには75世帯、268人の村人が暮らしていた。下の地図でいうと。飯舘村の南端に見える赤く塗られた部分だ。

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