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森と雨

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森と雨 了

森と雨 了

 どこに行きたい。とレアンが訊いた。
「森の中」
 と私は答えた。今度の休みにどこに行きたいとレアンが訊くので、私は、
「どこか、遠い森の中」
 と答えたのだった。
「なんでそんなところに?」
 レアンは怪訝そうに訊いた。結局あのあと私とレアンとゲンゴと、むいちゃんまで警察官にこっぴどく説教されて、でも、一応被害者とされた私が被害届を出すつもりがないと言うことを断言したので、更に理不尽な説教を受け

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森と雨 21

森と雨 21

「雨先輩」
 むいちゃんが心配してくれるから泣かずに済んだだけだ。私は悲しくて。どうしてもっと早く会いに行かなかったんだろう。あの森の中でレアンはずっと私を待っていたのに。いや違う。私はずっとレアンを待っていたのに。いや違う。私は、ずっと、自分自身の事を待っていたのに。
 もう一人の自分。私の大好きになったレアン。初めて会った時の笑った顔それだけ。それだけが、堪らなく心の中にあったのに。なぜもっと

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森と雨 20

森と雨 20

「ごめん、迷惑かけちゃったのね。レアンから聞いたの?」
 ゲンゴが頷く。
「お前が突然気絶して全く反応しなくなったって言って、レアンがパニくって先ず俺に電話かけてきたんだ。それで、たまたまむいも一緒にいたからあわてて二人でおまえんちに行ったら、レアンはもうバカで使い物にならねえし、確かにお前は呼んでも殴ってもぴくりともしねえ」
「ちょっと、殴ったの」
「比喩だ。でも、突っ込みが入れられるなら大分ま

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森と雨 18

森と雨 18

「わからないわ」
 正直に答えた。
「不幸を目の当たりにしたからだよ。僕がどんな死に方をしたのか、まだ幼かった君にはインパクト絶大だったみたいだ」
 急にその人の顔が白けた。笑顔が消えて、みるみる不機嫌な顔になっていく。この顔を知っている。私は、その変貌で息がとまりそうになった。
「おにいちゃん?」
「そうかもしれない。本当は違うかもしれない。でも今お前は僕のことが分かった。僕が誰だか、本当に理解

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森と雨 16

「だからだれなの? 私はいまあなたを呼んだんじゃない」
 私を待ってくれていたのは、あなたじゃない。
「もちろん僕じゃない。でも、君を待っていたのは僕だよ」
「ちがうわ。あなたじゃない。私が会いに来たのは、あなたじゃないわ」
 どこに行ってしまったんだろう、もう会えないのだろうか。そう思ったら心細くて涙が出そうになる。
「心配しなくていい。すぐに会えるよ。僕と少し話をしてくれたらね」
「話? 何を

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森と雨 14

森と雨 14

「やっぱりあの兄貴のためなのか」
「言わなくても分かってるなら、いい加減理解して」
「しない。そんなことはしない」
 じゃあどうするの、と言おうとしたとき、
「やっぱりお前はもっと俺のことを知れ!」
 突然体を持ち上げられて、案外力があるのね、と呑気に思っていたらすぐベッドまで運ばれて寝かされた、レアンが私の上に覆いかぶさってくる。同じことをされるのは二度目なので感動も何もない。
「何を知るの? 

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森と雨 13

 ゲンゴと喧嘩別れみたいになってしまってから、仕方なく私は真面目に学校に行くようにした。行ったって誰とも話さないし、教授も別に注意を払ってくれないんだけど、暇だから学校に行った。そしてバイトして真面目に働いた。
 レアンは時々、会いに行ってもいいか、とラインを送ってきた。
「今はそんな気分じゃないわ」
 私はいつもそう返事しているのに、それでもレアンはアクションを止めない。会いに行ってもいいか。本

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森と雨 12

森と雨 12

「飲まないかって言ってきたのはあいつの方なんだけどな。雨。いい加減にしてやれよ。あいつだって消耗している。まあ、そうだな。俺の出る幕じゃないのは確かだ。お前らが付き合おうが別れようが俺には関係ない。でも、俺はレアンという人間を信頼している。信頼している男が消耗している姿は、あまり見たくないもんだ。
 レアンはな、半分鬱になっているぞ」
 婚活がうまくいかなくて、鬱になってしまう人もいるそうだ。そん

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森と雨 11

森と雨 11

「私を見ていればわかると思うんだけど、なんか、どっか頭のねじがとんじゃったような人たちだったのね」
「お前見てても別に分からねえよ」
「ああ。そうか。ゲンゴはバカだから話してもむだだったんだった」
 私は嘆きを表現するために、両手で顔を覆う。
「お前な。いつも思っているんだが人のことをバカにしすぎてるぞ」
「だってみんなバカなんだもの。変なやつばっかりなんだもの。でもとにかくおかしな親だったわ。お

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森と雨 10

森と雨 10

 もう一回読んでよ、とねだったら、ゲンゴはまったくもう、と言って深い息を吐いた。
「お前。なんで呼びつけるのが俺なんだ。レアンを呼んでやれ。あんな奴でこんな俺でももういい加減見てて情けない」
 と言いつつ、気に入っている本らしくて嬉々として朗読しようとする。血のつながった兄妹同士で愛し合ったために島流しになって、結局自殺してしまう二人の物語を。
「だからあんただって、呼ばれてのこのこ来なきゃいいじ

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森と雨 9

 兄が飲酒運転の交通事故で亡くなったとき私は十六歳だった。死ぬ一時間ほど前兄は私をレイプしようとして、そのままいなくなってしまった。この世から、どこにも行けなかったこの世界から。
 その日その瞬間、私は自分の部屋で宿題を片づけようとだらだら机に向かってラジオを聞いていた。突然兄が入ってきた。
「なに」
 死ぬ前の何年か、兄は家にいることが滅多になかった。だれか友達に家に住んでいるのか、その友達と共

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森と雨 8

森と雨 8

「髪、自分で染めたの」
「話反らすなよ。じゃあいいよ。ゲンゴの方がいいんだったらゲンゴと付き合えばいいだろう」
「バカがバカなこと言ってると、バカにしか見えないわよ」
「俺は雨がいつまでも幸せから逃げてるのがいやなんだ」
 レアンが立ち上がってこっちに来るので、私はとっさに鍵だけ持って部屋から逃げ出そうとした。でもレアンは私の髪を掴んで、それから肩を掴んだので私はもう一度レアンに抱きしめられて、今

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森と雨 7

森と雨 7

 むいちゃんが帰る時に、インターホンが鳴って、
「雨、俺」
 とあのくそやろうの声がした。返事をしたのはむいちゃんだった。
「レアン先輩。お疲れ様です」
「後藤ちゃんか…」
 と言ってレアンはむいちゃんに抱き着こうとしたんだけど、むいちゃんのほうがかしこいのですっと体を横に引いて、
「そういうのなしですよ、レアン先輩」
 と言った。
 あーあ、とレアンは情けない溜息をつく。
「だれもかれも俺にやさ

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森と雨 6

森と雨 6

「だって、付き合っているからってゲンゴが私だけ好きじゃないといけないって、決まってるわけじゃないじゃないですか。ゲンゴ先輩だって、雨先輩や他の人のことを魅力的に感じるだろうし。それで私のことが嫌になるんだったら、それだけの関係だったんです。私、自分の付き合っている人が浮気したからって大騒ぎする女にはなりたくないです。浮気される程度の関係だってことだし、そもそも自分は何様? って思うし、それに大事な

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