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「すべての若き野郎ども」 #2000字のドラマ

「恋愛は幸福を殺し、幸福は恋愛を殺す」
ミゲル・デ・ウナムーノ / スペインの哲学者・詩人(1864~1936)


主要登場人物

フレディ佐野(28)ー 初MCの番組に挑む、イケメンのピン芸人。
風吹唯(27)ー  結婚詐欺に遭い、人生に絶望した人気インスタグラマー。
比留間慎二(25)ー  番組制作会社の最下層AD。

都内の生配信用大型スタジオ。
そこではフレディ佐野(28)のMCによる生配信番組『悲恋 de ミリオネア』が始まろうとしていた。

この新番組は、失恋の果てに「人生に疲れた」とSNSに書き込んだ若者を独自のAIでIPアドレスから解析、その発信場所を突き止め、NPO法人の特殊部隊「タスクフォース」を向かわせ、人命保護の名の下に発信者を拘束、半ば強制的にスタジオに連行した後、MCがその悲恋の顛末を聞き出そうという、不謹慎極まる前代未聞の企画だった。

全方位から批判を浴びそうな番組企画だが、制作サイドは批判の矛先を逸らす仕掛けを用意していた。それは、もし発信者(便宜的にゲストと呼称)が率直に顛末を話してくれた場合、スタジオに集められたミリオネアのコメンテーターと視聴者からの電子マネーによる支援を集めて全額を渡し、彼らの立ち直りと再起を促すというものだった。
要は最終的に”人助け”になれば、抽象的な批判は黙殺できるだろうという読みだった。

                 ♦︎

数ヶ月前に漫才コンビを解消し、ピンとして活動していくことになった佐野にとって、これはMCとして初の番組であり、本番直前のスタジオ隅の椅子に陣取った佐野は入念に台本を読み直していた。
その傍らには番組ADの比留間慎二(25)が立ち、佐野の肩を揉んでいた。

佐野と慎二は、それぞれ同郷ということもあり、佐野がバラエティの前説をやっていた駆け出しの頃から親交があり、たまに連れ立って飲みに行く間柄だった。

佐野「(台本から正面のステージに目をやり)俺、この番組で必ずハネっから...」
微かな笑みを浮かべながら、佐野の肩を揉んでいた慎二は、ここしばらくの佐野の労苦や漫才コンビ解散の経緯を思い出し、思わず涙ぐんでしまうのだった。

佐野「(驚いて)ほんと共感力高ぇな、お前ぇは...」
慎二「(袖で涙をぬぐいながら)...僕、あまり自分ってものがねぇんで...」
佐野「(笑って)いや、そういうこっちゃねぇと思うけど」

佐野にからかわれる慎二。
そしてその横を通りがかったアシスタントプロデューサーに呼び止められ、慎二はある役目を仰せ付かる。
それは、既に拘束済みである本番組の目玉ゲスト、セクシー系で人気のインスタグラマーの風吹唯(27)のアテンドであった。

慎二がその特別控室に向かうと、部屋の前に立ち、鼻から血を流した別のADが、ゲストの扱いにくれぐれも気をつけるよう、慎二にアドバイスするのだった。

番組AD「(鼻血を拭きながら)気をつけろよ、あの女、蹴るから...」

恐る恐る特別控室のドアをノックして入室する慎二。
そこにはすべての気力を無くしたような、それでいて規格外の美貌のオーラをまとった風吹唯(27)が拘束衣を着せられ、椅子に深く座ったまま虚空を見つめていた。

                 ♦︎ 

スタジオで番組の生配信が始まる。

セットの中央でピンスポットを浴びながら、口上を読み上げる佐野。
アクリルパネルで仕切られたコメンテーター席には、若きミリオネアたちが並んでいる。
そして中央スクリーンには、SNSに吐き出された痛切なメッセージのが次々と映し出され、それを受けて佐野の口上が続いていく。

佐野「"若者の日常"といえば、どこか聞こえはいいもの。希望に溢れ、無軌道で、瑞々しく、爽やかで、...ですが彼ら、彼女たちにとっての日常は...地獄です。...特に切なる想いが断ち切られた、失恋の後では尚のこと...」

佐野の口上が続く。

佐野「昨夜から今日にかけて、我々はこれらのメッセージを書いた人物を独自のAIで特定、NPO法人の協力のもと、発見・保護し、このスタジオに来てもらいました。憲法で言うところの個人の自由権と真っ向から対立する、この越権とも思える企画が、果たしてどういう結果を生むのか。メディアの悪ふざけなのか、ただの晒し行為なのか、それとも…それは、みなさんご自身の目で判断していただければと思います」

スクリーンには番組のタスクフォースが、最初のゲストを新宿の雑居ビルの狭間で保護する録画で映し出される。その様子を固唾を飲みながら見つめるコメンテーターたち。

佐野「本日、最初のゲストです」

そしてセット後方のドアが開き、さっきの録画に出ていたゲストが車椅子に乗せられ、拘束衣を着けたままベルトコンベアで中央に運び込まれてくる。

緊張感に包まれるスタジオ。
そして、佐野に促され、ぽつりぽつりと悲恋の内容を語りだす最初のゲスト。

生配信画面のコメント欄とTwitterはあっという間に非難のコメントで溢れ、トレンドの上位には「悲恋 deミリオネア」がランクイン。生配信の同時接続数は50万を軽々と越え、更に増え続けていく。
スタジオのサブルームではプロデューサーが「同接50万超え」のサインを佐野に送り、それを確認した佐野は口元に不敵な笑みを浮かべる。

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個人のシリアスな失恋を”餌”とし、生配信番組史上最大のバズを狙いたい制作サイドの狂気、自分の”器”を示すことでさらなる知名度の獲得を狙いたいミリオネアたち、このハイリスキーな番組を完全に仕切ることで、次のステージに上がりたい佐野、そして特別控室では唯の存在感に圧倒された慎二が地蔵のように立ち尽くしていた。

それぞれの欲望と思惑が交差しつつ、こうして『悲恋 de ミリオネア』はスタートしていった。

続く(続くんかい) 
https://note.com/izumiscript/n/n3efd5e6074f8

この曲を聴きながら書きました。

All the Young Dudes 〜すべての若き野郎ども〜
https://www.youtube.com/watch?v=ToXGVcrgNZA

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