カナンの小さな神話3

 生き返りお菓子・その1

 さあさあ子供たち。
 みんな集まったか?
 よしよし、それじゃあムング(神々)の話を始めるとしようか。

 昔々、まだヴラスウルがセモネンドと呼ばれていた頃(※1)、ある密林の近くに一人の若い罠猟師がいた。罠猟師とは、森や水辺に小さな網や罠をしかけて獣や鳥をとる生業のことだ。
 ある日のこと、猟師が罠を調べに行くと、森に張ったルテ網(※2)に、綺麗な五色の小鳥がかかっていた。
 猟師が近づくと、驚いたことに小鳥は人間の言葉で悲しげに訴えた。
「猟師さん、どうか哀れと思って助けてくださいな。お礼によいことをお教えしますから」
 この鳥はきっとムングの変化に違いないぞ……猟師はそう思った。彼はムングを敬っていたから、とりあえずこの不思議な小鳥の話を聞いてやることにしたのだ。すると、小鳥は言った。
「この先に、昔々とある呪人が呪いをかけ、水ではなく上等のパァ(※3)が湧き出ている小さな泉があります。詳しい場所を教えるから、どうか……」
「ああ、いいとも。小鳥さん」
 猟師が放してやると、小鳥は約束通り不思議な泉の場所を教えてくれた。
 猟師はパァが飲めると喜んで、下草をかき分け、密林の奥へと入っていった。教わった通りに進むと、本当に木々に囲まれた小さな泉があった。
 ところが、大喜びで泉の酒をすくって飲もうとした猟師は臭くて顔をしかめた。見れば、泉は糞だらけだ。危うくひどい酒を飲むところだ。
 と、木の上から猿たちの笑い声が響いた。
 さては泉に糞を入れたのはこいつらだな……と、怒った猟師は、米の粉を強い酒で練った団子を仕掛け、団子を食べた猿たちが酔っぱらったところを、あっさり捕まえてしまった。
「よくも俺に糞を飲まそうとしたな!」と、猟師が怒鳴ると、猿たちはキーキー泣いて訴えた(※4)。
「私らじゃありません。この辺で悪戯ばかりしているジャジャダ(※5)がいるんです」
「なんだって? そうか、あいつか!」
 猟師はぽんと膝を叩いた。ジャジャダを装ってあちこちの村に来ては、泥棒をしたり、村娘を手込めにしたりと悪さをしている男だ。
 あいつがこの辺りを根城にしているとは……。
 まてよ、奴が森の中を通るのならこっちのもんだぞ……。
 そう思った猟師は、またまた罠を仕掛けて、今度はそのジャジャダをとっつかまえた。なにしろ、腕のいい罠猟師だったからな。
 猟師がジャジャダを村へ連れて行くと、ひどい目にあっていた村人たちは、村長と相談してそいつを死罪にしてしまった。
 ところが。そこへ突然、王に率いられた兵士がお大勢やってきた。なんとジャジャダを探しに来たのだ。呆れたことに、あいつはこの国の王子だったのさ。変装して国中で悪さをして回っていたんだ。
 村人たちに息子を殺されたと知った王は、王子の死体を前に息巻いた。
「よくもわしの息子を! 貴様らは皆殺しにしてくれるぞ!」
 こんなリュルの弟分みたいな王子を野放しにしておいて随分な言いぐさだが、猟師も村人も困ってしまった。
 すると、そこへ、あの五色の小鳥が飛んできて彼にささやいた。
「お困りのようですね。いいですか、王に三日だけ待つように頼みなさい。大丈夫、いい方法がありますから」
 そこで猟師は王に自分のせいだからと願い出て、なんとか三日の間待ってもらう約束をとりつけた。
 小鳥は、彼に一人でついてくるように言うと、高い岩山へと猟師を案内した。丸一日かかって険しい崖を登り、猟師がやっとのことで頂上に着くと、そこには何故か小さな菓子皿が置いてあった。蓋のついた上等の菓子皿さ。
 蓋を開けると中にはソイカ(※6)がぎっしり詰められている。
 小鳥が言った。
「さあ、お菓子を一つだけとって。一つだけですよ。それを王子の死体に食べさせるのです。それから、この場所は誰にも教えてはいけませんよ。いいですね」
 猟師はソイカを一枚、布袋にしまうと山を下り、急いで村へ戻った。
 彼が王の目の前で王子の口にソイカを押しこむと、不思議なことに王子はバッチリと目を開いて生き返ってしまった。これには、さすがの王も驚くやら喜ぶやらで、村はお咎めなしということになった。
 だが……。
 ラッハ・マク! この続きはまたのお楽しみだ。


(注釈)
※1:神聖期年表参照。当時から数えても300年前くらいか。
※2:大蜘蛛の糸を使って作る、粘ついたカスミ網のこと。
※3:酒。特定の酒ではなく、酒全般を指す言葉。ここから、どの酒を飲む地方でも通じる物語になっていることがわかる。
※4:大昔のこととはいえ、猿が人語を解するかは疑問。密林の蛮族をこう呼んでいたのか?
※5:芸人。道化。話芸や曲芸を生業とする者を指す言葉。ワナグフとほぼ同義の「不逞の輩」の意で使われることもある。
※6:穀物の粉を水牛の乳と砂糖や蜂蜜で練って薄く焼いた菓子。ハンムー南部からヴォジクにかけてで広く食べられている。どちらかというと高級品で、身分の高い人の嗜好品。平民は似た生地を揚げて食べることが多い。




 生き返りお菓子・その2

 さあさあ子供たち。
 みんな集まったか?
 よしよし、それじゃあ、続きを始めるとしようか。

 小鳥がくれた不思議なお菓子のおかげで、村はなんとかお咎めなしになった。
 ところがだ。息子が蘇ったのを見た王様はこう考えたのさ。
 「なんと驚いたお菓子じゃないか。これが沢山あれば、わしの兵士たちはすぐに生き返る無敵の軍隊になるぞ。そうなれば、隣の国を攻め取るのも簡単だ。なんとしてもこのお菓子を手に入れなきゃいかん」とな。
 家来に命じて王子を城へ帰らせた王様は猫なで声を出した。
「お前は三日の猶予をくれとわしに言って出かけた。この菓子を取りに行っていたのだろう。さあ、わしにあのソイカの在処を教えれば褒美に金貨をやるぞ」
「いけません。小鳥は教えてはいけないと言いました。そう約束したのです」
「教えれば、この村をお前に与え、貴人にしてやってもよいのだぞ」
「できません。どうかお許しください」
 若者は頑として王様の誘惑をはねのけた。なにしろ、小鳥が神様の変化だと信じていたからな。
 すると、王様は怒りだした。
「おのれ、野人の分際で! 教えねば、お前の母親を死刑にするぞ!」
 ってな。貴人なんて大概そんなものさ。
 何人かの兵士が、猟師の母を家から引きずり出してくる。父親を亡くした若者にとって、たった一人の家族だ。彼はとうとう観念し、ソイカのあった場所へ案内すると答えてしまった。
 こうして猟師は、王様を連れて山へ向かった。
 兵士が森の道を次々と切り開いて進んだものだから、森の動物は驚いたのなんの。鹿も猿も猪も、みんな遠くへ逃げた。ただ一羽、あの小鳥だけは、梢から梢に飛んで若者を見守っていた。
 夜になって王様たちが寝静まると、小鳥は彼の肩に止まって言った。
「あのソイカは、女神ミトゥンが夫神への贈り物として眷属に作らせたもの。こっそり一枚くらい盗んでも、数を覚えていないからいいけれど、あの王様は全部盗むに決まっています。このままだと貴方は、ラノート神に殺されますよ」
「安心おし、小鳥さん。王様はあれを手に入れたら無用な戦を起こして人々を泣かすもの、初めから渡すつもりはないよ。私はムングを敬い、機嫌を損ねぬよう生きてきたし、これからもそうするさ」
 猟師がどうするつもりかわからず、小鳥は首を傾げた。
 次の日のこと。若者は先に立って岩山を登った。王様や兵士たちも、お菓子欲しさに慣れない岩肌にとりついた。一人ずんずんと登った猟師が、岩山の天辺に近づくと、下の方から王様が怒鳴った。
「菓子はそこにあるのか!?」
「ございますとも、王様。でも、貴方に渡すお菓子はございません」
「なんだと!?」
「ミトゥン神のソイカの秘密は、私たちが死ねば守られますから……」
 彼は静かに微笑むと、自分の足場を崩して岩山から転がり落ちた。がらがらごうと沢山の岩が崩れ、下にいた王様も兵士も落ちて、みんな死んでしまった。
 むろん、猟師も死んじまったさ。だがな、彼の骸には小鳥が舞い降りたんだ。嘴にソイカをくわえてな。
 そして、蘇った彼が見ている前で、小鳥はミトゥン神に姿を変えた。驚く猟師に、女神はにっこり微笑んだ。
「私のために死を恐れなかったそなたに、心ばかりの礼をしましょう」
 彼女はそう言って三枚のソイカを猟師に手渡すと、小さな花びらに姿を変え、風に乗って飛んでいってしまった。
 この罠猟師が、後に“二度蘇ったワニクト”(※1)と呼ばれた英雄となり、国を継いだ性悪王子から民を救うために戦を起こすんだが、それはまあ別の話さね。

 マハ・スラー! お話はおしまい。

(注釈)
※1:南マダニャックは、このワラクトによって興ったとする伝説がある。話に登場する王子は、言うまでもなく北マダニャックの王族。


【あとがき】
 このお話は、18年ほど前に、カナンを舞台にしたPBMを展開していたときに、毎月発行していたゲーム用の冊子に連載していたものです。
 ミトゥン神とラノート神は、カナンのムング(神)の中でも好きな神様たちで、私はよく作品に登場させます。『PATRONE』の世界も、カナンの神々の設定を拝借していて、この二柱の神は何回も出て来ています。

テキストを読んでくださってありがとうございます。 サポートについてですが……。 有料のテキストをご購読頂けるだけで充分ありがたいのです。 ですので、是非そちらをお試しください。よろしくです。 ……とか言って、もしサポート頂けたら、嬉しすぎて小躍りしちゃいますが。