とある消費者Aと企業の攻防戦

実話です。

妻と話して2階に上がらなくても洗濯物が干せるように、また冬場は集熱効果を期待してサンルームを増築した。もうすぐ"2回目"のサンルーム増築工事が終わるところである。

自宅工事で地元ホームセンターを通じてサンルームの増築を行った。

ホームセンターから下請けの協力会社(商社)へ、資材手配を依頼し、そこから孫請け業者として、職人が施工した。

その商社が現場管理を怠り、孫請け業者である職人が施工不良を起こした。
軽微な施工不良ならまだしも、大判の窓ガラスが割れ、窓サッシのレールはひん曲がって可動せず、組み立て時の工具による傷が多数散見された。

挙げ句の果てに、既存の住宅の水切り加工を誤った位置に切り込み、それを指摘するまで、本人は隠蔽していた。

理由を尋ねると①敷地が狭く、②運搬中の破損または納品された時点で壊れていたかも、③隠蔽は職人としてのプライドから行なってしまったなど、理解できないことばかり並べた。

その杜撰な工事を関係者全員で確認するため、元請けのホームセンターと、既存住宅のハウスメーカーを含めて、緊急で全員会議を開催した。

結果
水切りはハウスメーカー独自の商品であり、一部修繕は不可。外壁も工事によって穴だらけ。
つまり、要らないキズをつけられた上に、不良品のサンルームを組み立てられた。

関係会議の末、その商社が持ち、既存のサンルームを解体撤去し、外壁を新たに施工してから、サンルームを新設することになった。

関係者3社いる前での重要な発言(意思決定)であり、契約書を交わさないまでも、念のため音声は録音しておいた。

そして、工事時期は冬季に無理やりやって、また下手な工事されても困るので4月以降に行う事にした。
さらに工事業社はその商社関連業務は避けてもらい、既存住宅を建てた、ハウスメーカー経由の業者に依頼した。

ハウスメーカーを介した施工になるので、当然、ホームセンターを介した施工費よりも高くなる。それを説明した上で実施した。

1月末
参考見積書が出され、当初工事費よりも20万円ほど高くなることがわかった。
関係者含め、費用を負担する商社へ連絡。元々の元請けであるホームセンターからも商社に連絡、確認してもらった。

その後、ハウスメーカーから新しい工事業者を紹介してもらった。どちらにもこれまでの経緯を伝えた。

3月中旬
結局、工事は①既存サンルームの解体、②外壁工事、③サンルームの新設の3つ行う事になった。
③の契約書には、商社が支払う旨がしっかりと記載されている。

問題はここからである。
3/30に①及び②の支払い請求が商社宛に出され、期日ギリギリだったが、ホームセンターからの催促もあり、なんとか支払いが完了した。

その後、工事③が着工する直前になって、商社が「当社は①と②の負担だけの認識だった。③は支払わない」と言い分を撤回してきたのだ。

2日後には、もう工事③が着工するタイミングで言う内容ではない。

そこで関係者を呼び出し、再度打合せを行なった。

●商社所長を含む関係者協議

商社の所長は、「当社は12月にそのような事を言ったかもしれない。だが社内上層部とも確認したが当社の工事③を支払うことはできない。顧問弁護士にも確認したがこれは過剰請求である。これ以上のやり取りは弁護士を通して協議願いたい」


「当社の発言に誤認があった。3ヶ月もあり、関係者からも御社に何度も連絡しており、確認できたはず。実際に、参考見積書を送付したり、この期間中に何度もそのタイミングがあったが、なにをしてたのか」

商社所長
「とにかく当社の結論は、工事③は支払えない。以上」


「こちらの質問に対して答えられないのなら、会話にならないので、責任者を呼んでください」

商社所長
「それはできない」


「あなたが電話できないなら私がかけても良い。電話するまで帰らない」

数時間のやりとりの後、ようやく電話し、翌日、商社から取締役が来る事になった。

●商社取締役との協議

商社取締役
「所長から伝えたとおりである支払えない。これ以上のやり取りは弁護士を通してください」


「御社の社員が誤った報告をし、それをもとに社内協議して出された結論は、誤った結論ではないのか。腐った土壌の上に良い植物は育たない。また交渉する余地があったなかも関わらず、都合の良く解釈して出された結論に納得できるはずがない。せめて説明責任は果たしてほしい」


「こちらから言うことではないし、コチラが金額を釣り上げてると思われたくないのであえて言うが、仮に御社が過剰請求だと主張するなら、理由を添えて、関係者と議論して金額交渉や負担割合などの話し合いができたのではないか」


「2日後に着工するタイミングで身勝手な結論を出して通そうとする常識はずれな対応に不信感しかない。」

商社取締役
「当社の社員が言った、言わないでは関係ない。先程の結論に変わりない。今後は弁護士を通してください」


「社員が嘘をつき、役員までもが嘘を重ねて隠そうとする。御社の社風はわかった。」

●国民消費生活センターへ相談
司法書士会の紹介を受けた。

●司法書士会への相談
訴訟額が140万円までは簡易裁判所の管轄であり、司法書士が動けるのは簡易裁判所まで。それ以上になると弁護士となる。弁護士に依頼すると費用もかかる。

●ここまでの見解
商社は、これを見越し、消費者である私がこれ以上の費用をかけて裁判で争っても互いに費用負担しか残らない状況をつくりたかったのだ。

法廷で争う金額数十万円も、企業なら経費で落とせるが、消費者個人負担となれば多額である。

こうして泣き寝入りされていくのだと理解した。

●近年のサービス
こうした少額の簡易裁判所レベルでの泣き寝入りが問題となり、これを助けるサービスが生まれていた。
敗訴した場合には弁護士費用を支払わなくて良い、勝訴したら訴訟額の50%を支払う程度で済む。

●我が家での対応
家族会議を行い、①、②は商社が負担し、③は我が家で負担することにした。

証拠もあり、法廷で争えば勝てた。
だが、サンルームができたあとの生活はこれから長く続く。

仮に商社が支払ったとしても、役員クラスまで精神が腐れきった誠意のない会社から支払われたお金で建てたサンルームを見て、何度も思い返す暮らしはしたくない。

子どもが成長したときに、胸張って建てたサンルームだと話したいから。

●『論語と算盤』を読んで

ちょうど読んでいた渋沢栄一氏の論語と算盤には、明治維新によって日本企業は成長を遂げたが、経済論理を先行して押し進めたために、企業道徳を見過ごしたまま成長してしまったことが指摘されていた。

公私の働きについて
民間企業が私利に働いているようで、結果的にみんなのためになっていることは公利である。

一方で、行政などが公利であると思って働いても、結果的に一部の人にしか利益をもたらさないのであれば、私利である。

まさに、今回の出来事ではそれを実感できたのだ。どんなテキストよりもリアリティある体験だった。

●それでも人を信頼できるか。
ここで勉強になったのは、人の信頼の上に成り立つものを期待するとき、人をどこまで信頼できるか。

人の心は変わりやすい。
信じていた者に明日は裏切られて殺されるかもしれない。だから自分の都合の良い部下を配下に置いて、権力を誇示した。

かつて新羅の尊徳女王は、これまでの王様は自分が生きている50年の平和を願い、目先の権力に溺れたがそれで一国の主人としてふさわしいのか疑念を持っていた。

そして、50年先、100年先、自分が亡くなったあとの安寧の国を支えていく礎を築くには、人の信頼以外にはない説いていた。

●まちづくりに関わるものとして。
このようなことがあったけど、私は人を信じていきたいし、信じられる人を見定めていきたい。

人を信じることは、数字ではあらわせない。時間を超えた意思決定である。

この一件を通じて、人として学んだことは大きい。

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