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来世では私を鳥にしてください(ショートショート)

※フィクションです。

「自分の体で飛ぶのが夢だった」と男は言った。

死後の世界。絵空事だとばかり思っていたが、そんなものがまことにあったのだ。

何者かが目の前にいた。神なのか、仏なのか、はたまた閻魔大王なのか。ひとつ言えることは、そんな生前の常識ではかれるようなスケールのものではないということだ。きわめて超越的な、なにか。

それがおもむろに口を開き、質問を投げかけた。

「来世はなにとして生まれたいのだ」と。

だから男は言った。「鳥になって大空を飛び回ってみたい。願わくば、透き通ったグレートバリアリーフを上から眺めたい」と。

「来世では私を鳥にしてください」

すると、男の魂は消滅した。もっとも、それを魂と呼ぶのかはわからない。あくまで人間として生きてきた時の範囲の知識でいうならば、だ。

今から鳥に生まれ変わる。それだけは直感でわかった。

目が覚めると、男は空を飛んでいた。やけに湿っぽい風が飛行の邪魔をする。これが潮風なのか。ああ、私はグレートバリアリーフの上を飛んでいるのだ。

はじめて飛ぶ割にはなかなかうまいものだ。我ながら上出来だと男は思った。

潮風が大きく揺れる。塩気をふくんだ風が男にひとつの衝動をもたらした。

しょっぱくて、鉄臭い液体がほしい。なぜだろう、ここには金属など存在しないのに、無性に鉄臭さを体が欲していた。

血だ。そう直感した。前世の記憶は微かに残っていた。あのしょっぱくて鉄臭くて赤い液体を、確かに我々は血と呼んでいた。

すぐ傍にそれを感じた。大空を飛翔する歓びなどとうに忘れている。目の前の血を本能が求めていた。

求めるものがすぐそこにあった。華麗に着陸して陸地を調べてみる。

その瞬間、世界が真っ暗になった。

何も聞こえない。何も見えない。あれほど感じていた鉄臭ささえもぷっつりと消えた。

「痛い。なんで叩くの」

ドライヤーで髪を乾かしている女が言った。

「蚊がとまってたから…ほら、やっぱり」

小さな命が手のひらでつぶれていた。

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