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エメラルド


あたらしい職場で、

「JAMくんは今どき珍しいくらいに純粋で素直な子やね」

と言われた。そもそも、もう「子」って年齢でもないし、これは皮肉の類かもしれない。もう少し臨機応変にだとか言葉の裏を取れと言われたようにも感じてしまう。

そして僕のろくでもない本当の性格を知られるのも怖くなってしまった。本当は純粋なんてことなくて、鬱蒼としたものを常に抱えていて、利己的で、自分勝手で…。いや、自分勝手はある意味「素直」側の性格か。

まあそんな感じで、皮肉とも買い被りとも取れることを言われてしまい、少し自分について考えることになった。

そして、ちょっとした昔話を思い出した。

◇◇◇

2002年にポケットモンスターシリーズの「ルビー・サファイア」が発売された。僕はサンタさんにサファイアをもらった。青いパッケージとカートリッジの色が特徴だ。

その日(その日だったはず)、朝早く仕事に行った父親に電話で「アチャモが進化した」と報告したのを覚えている。前作の「金・銀」をプレイしていた自分にとっては、ポケモンのシステムを理解して要領を掴むのはたやすかった。ゲーム好きだった父親は僕と対になる「ルビー」を買っていた。大人はサンタさんにもらえずに自腹購入で可哀想だなと思った。電話越しの父親の「そうか、そうか」という声は心なしか嬉しそうだった。

そして2年後の2004年「ルビー・サファイア」のマイナーチェンジ版である「エメラルド」が発売された。ストーリーはほぼ同じだけど、追加要素がふんだんに盛り込まれた豪華版だった。父親が仕事終わりに僕に電話してきた。

「お父さんは買うけど、JAMもいるか?」

本当は欲しかった。でも、僕は遠慮して「いらない」と言った。サファイアとほぼ同じなのに、欲しがるのは贅沢だと思ってしまった。お母さんに知られたら怒られる、とも。そして父親の懐事情も子供ながらに心配した。

今思えば素直に「欲しい、買って、ありがとう」と言えばよかった。小遣い制とはいえ、4000円ちょっとのゲームをふたつ買うくらいサラリーマンの父親にとっては大した出費ではなかっただろう。この時の遠慮をたまに思い出して苦い気持ちになる。

両親の顔色をうかがって、物を欲しがらない子供は偉いと勘違いしていた。なんでも買ってもらえるわけじゃないけど、「買ってくれる時」は甘えていいんだと知らなかった。素直にありがとう、嬉しい!でよかったんだ。

父親は1人でエメラルドをプレイしていた。自分がいらないと言ったのだから仕方がないけど、僕は本当は羨ましかった。

◇◇◇

好きな人には好きと言う、嫌なことは嫌と言う、今はそう心がけているし、自分のことをそういう性格だと思う。もしかするとその性格は少年期の体験からきているのかもしれないとふと思った。

父親のことはあまり好きではないが、記憶の中の父親は今より笑っていて、いい人だったように感じる。多少いい感じに置き換わっているとは思うが、記憶の中の父親のことは好きだ。

来週、父親と母親と妹に会いに行こうと思う。

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