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過ちの代償 其の五

※土佐弁に詳しい方にご監修いただけると助かります。「ここがおかしいよ」というのがあったらぜひコメント欄にお書き下さい。

節子

節子と小松家の長男である勇との関係は、どことなくぎくしゃくしていた。
幸子の方はわりとすぐに打ち解けて、節子の事を実の姉のように慕っていたが、勇の方は余所者である節子に向ける苛立ちを隠そうとしなかった。節子が標準語を話すことや、呪術や祭文に興味を持つ事も勇のカンに触るようだった。そのため勇とはあまり口をきくことはなかった。
伯母のすゑはというと、表立って節子に冷たく当たるようなことは無かったものの、やはり微妙に他人行儀だった。和夫が実の息子である勇よりも節子を構うように見えるのも、すゑには面白くなかった。
そんな調子で、いつの間にか節子が村に来てから六年が経過していた。

季節は冬から春に移り変わろうとしていた。
その日、外出先から帰宅した勇は傍目にも感じ取れるほど苛々していた。夕飯もそこそこに、勇は荒々しく音を立てながら自室に籠もった。
「何かあったやろか?」といぶかしがる幸子に、「どうしたんだろうね?」などと答えながら食事を終え、節子は自室に向かった。
学習机に向かい本を読んでいると、唐突に背後の襖が開く音がした。幸子が遊びに来たのだろうか?と思い振り向くと、そこに立っていたのは、勇だった。勇は相変わらず苛々とした空気を放ちながら部屋の中に入って来ると、節子ににじり寄った。

「な……に?」
「おまんはこの村が好きかよ?」
「どしたん、突然。」
「俺はこの村が嫌いだ。伊邪那美流やらいうのも大嫌いだ。おまんは楽しげに見ゆうけどよ。」
「……。」
「俺等が“狗神憑き”じゃ言うて毛嫌いされとんも知っちゅうが?」
「……。」
「おまんのその“自分わが他人事ひとごと”みたいな顔を見ゆうとな、俺はまっこと腹が立つがちや。」

そう言い捨てながら、勇は節子の手首を掴むと強引に引き倒した。 

「……やめて。」

大声を出したかったが、か細い声を絞り出すのがやっとだった。

「穀潰しなら、せめて俺の役に立てよ。」

そう言うと勇はズボンのベルトを外し始めた。

──こんな所を幸子に見られてはいけない。和夫に、すゑに……気付かれてはいけない。

恐怖と混乱の渦中にありながら、節子の理性は妙に冷静に状況を判断していた。
全力で抵抗しても腕力で勇に敵う訳がない。
声を圧し殺し、勇にされるがままになりながら、早く事が終わるのをひたすら願った。
感情が麻痺してしまったのか、涙も出なかった。

その日を最後に、勇は忽然と姿を消した。
失踪する直前、勇は長らく想いを寄せていた女性に交際を迫り、すげなく断られたという話を後に聞いた。その会話の間にも聞き取れる「やっぱり“狗神憑き”やきにゃぁ。」という言葉が、勇の失踪の理由を物語っていた。
あの日以来、節子は笑わなくなった。勇が居なくなったことで、すゑの節子に対する態度は目に見えて冷たくなった。ともすれば塞ぎ込みがちになる節子に、和夫や幸子は「何かあっちゅうがか?」と尋ねた。しかしあのことを話す気にはなれなかった。

その年の秋に差し掛かる頃、節子は村を出る決心を固めた。

つづく


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