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過ちの代償 其の七


四日目


怜は昨夜の金縛り中に見た夢の中でタケシタが持っていた壷の事を考えていた。
恐らくあの女や呪詛に関係するものだと思うけれど……。
また裕太に確認してみなくてはならない。
十時過ぎにホテルからそう遠くない場所にある神社の脇の広場で裕太と落ち合った。
側の売店でソフトクリームを買ってベンチに腰を下ろす。

「ゆうべちょっと気になる夢を見たのですが、裕太さんは、白くてこれくらいの大きさの……」

「このくらい」を両手で示しながら、

「御札の貼られた壷をご実家かどこかで見たことがありますか?」

怜が尋ねた。
壷の大きさは湯呑み程度といったところだ。

「壷?……いや、まったく心当たりがありません。」
「そうですかー。」

早くも手詰まりだ。
 
「あっ、でも、タケシタについての情報が入ったんですよ!聞いてください。」

やや興奮した口調で裕太が話し始めた。

「実は、うちの婆ちゃん……母方の祖母、の母親、つまりひい婆ちゃんは旦那さんと死に別れているんですが、その夫にあたる人の姓が竹下だったらしいんですよ。その後、ひい婆ちゃんの実家に入って旧姓に戻したらしいんで、婆ちゃんの苗字は今は須田なんだけど、子供の頃のごく短い期間、竹下を名乗っていた事があるんだそうです。婆ちゃんぼけちゃったかと思ったけど、昔の事はしっかり覚えているみたいで。」
「そうでしたか!」

これで一つの線が繋がった。朧げな推測に裏付けができたことで、怜のモチベーションも上がる。

「その方とK県の繋がりはあるんでしょうか?」
「それも分かりました。何でもこの人、文筆家だったらしくて。K県にも若い頃取材旅行に行ってたって話です。殆ど縁が無いとは言え、僕も今の今まで全く知りませんでした。」
「そうなんですね。恐らくその時に水田新地に寄ったんでしょうね。そこで、あの女と接触した……と。」
「うわぁ、繋がった。すげぇ!」

裕太はいたく興奮した様子で話しながら、溶けかかったソフトクリームを慌てて舐めた。

節子

節子が赤線で働き始めてから、いつの間にか二年の時が流れていた。
今の暮らしから抜け出したいという思いは常にありながら、他に行くところもなければ金を稼ぐ手段も知らない。
どんよりとした鈍色にくすんだ毎日の中、あちこちの神社に出向いて願掛けをするのが節子の一縷の心の支えだった。街の喧騒は節子の神経を酷く擦り減らすので、神社の静謐な空間で過ごすのが安らぎになっていた。
今日は仕事休みの日だ。どこかに出掛けよう。
電車に乗り込み適当な駅で降りると、地図を片手に周辺の神社を探す。そうしてまだ行ったことのない場所に行くのもちょっとした楽しみだった。

鳥居をくぐり、まずは手水で手と口を清める。ひやりとした水の感触が心地よい。
初夏の日差しから逃れるように木陰を探して一息つく。ふと顔を上げると、拝殿の側で何やら一心不乱に手帳に書き込む男性の姿が目に止まった。

──何しているんだろう?

何となく気になって、拝殿に向かいがてら、節子はちらりと横目で男性を観察した。
端正な顔立ちをしている。何を書いているのかは分からないが、手帳にはみっちりと文字が書き込まれていた。
節子は男性の横を通り過ぎ、拝殿の前に立った。お賽銭を投げ入れて二礼し、柏手を打つ。

──どうか、今の暮らしから抜け出せますように。

深々と頭を下げると、節子はくるりと踵を返した。例の男性はまだ何やら書いている。節子のうちに少しだけ悪戯心のようなものが湧いた。

「何を書いてらっしゃるんですか?」
節子は男性に話しかけた。男性は突然の声に驚いたように顔を上げた。

「あ、どうも。いえ、少し……メモを取っているんです。」
「へぇ?」
「今度の作品に使えるかと思って。」
「作品?」
「一応物書きなもので。」
「そうなんですか。お賢くていらっしゃるんですね。」
「いえ、しがない貧乏作家ですよ。」
「どんな作品を書いていらっしゃるの?」
「そうだなぁ。伝奇物って分かりますか?古い因習に囚われた村での怪奇事件とか、そんなものをこれから書こうと思っているんです。」
「……それなら、私の子供の頃の体験なんていい材料になるかもしれないわ。」

こうして節子は竹下博と出会った。

つづく


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