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神経科学的に適切なアンガーマネジメントのすゝめ

皆さん、怒ってますか?
私はちょうど先週、数年ぶりに激怒しました。(後述)

さて怒った時のお供、アンガーマネジメント、つまり6秒間の深呼吸するだけで怒りがおさまるというのは、多くの場面で有効とされています。

一方でドアを力いっぱい閉めたり、壁を殴ったりといった、物に当たる行為は怒りを増幅させると言われています。
それはなぜなのか、そしてアンガーマネジメントに有効性はあるのかについて、神経科学の観点から紐解いていきましょう。

怒りはなぜ起こるか

感情の構造を説明する心理学の理論はいくつかあり、代表的なものは基本感情説と次元説です。

基本感情説というのは喜び、怒り、恐れ、悲しみなどの有限個の基本的な感情が、感情の基本単位として生まれた時から存在しているというものです。

一方で、Russellが唱えた次元説は、感情を単純なカテゴリーではなく、快・不快、覚醒・非覚醒の2つ軸からなる平面上で表現できるという理論です。次元説では怒りは不快・覚醒の組み合わせであり、恐怖や警戒が隣接する感情としてプロットされています。

なお、こうした理論は厳密には客観的にものではなく、神経基盤に基づくものではないことに注意が必要ですが、日常的な体感とはよく合致します。

覚醒と怒りの親和性は別の側面からも言及されています。また、Zillmanは覚醒が高まると、攻撃的な思考や行動に焦点を当てやすくなると述べ、脅威を前にした時に怒りが湧き上がると説明します。たとえば隣の部屋がうるさいのは安眠に対する脅威ですし、ナメられれるのはプライドに対する脅威なので腹が立つわけです。

覚醒度が高くても快側の刺激ならワクワク感や期待感になり脅威がないため怒りはわかないですし、不快な刺激でも覚醒度が低ければ気落ち、退屈、疲れ、悲しみとなり、脅威とは感じにくいため怒りには繋がりません。

怒りはどのように生まれるのか

それではここからは主観ではなく、より客観的に怒りはどのように起こるのかみていきましょう。なぜ脅威を前にすると怒りの感情が湧き上がるのでしょうか。それを理解するためには扁桃体がキーワードになります。

扁桃体は、側頭葉の内側、海馬のやや内前方に左右対称に位置する、長さでは15~20mm程度のアーモンド(扁桃)型の器官です。大脳辺縁系と呼ばれる脳の領域の一部で、感情と記憶に関与しています。

赤色部分が扁桃体 画像は「BodyParts3D」により生成
© The Database Center for Life Science licensed under CC Attribution-Share Alike 2.1 Japan

感情における扁桃体の役割を最初に発見したのはLeDouxでした。LeDouxは、扁桃体が視覚や聴覚などの情報から脅威を検知し、怒りや恐怖などの感情を発生させ、前頭前野が理性を司り、感情を抑制したり、適切な行動を選択したりすることを明らかにしました。

前頭葉の前頭前野はヒトで最も発達している脳の部位であり、理性や分別のある行動に必要です。前頭前野は社会で生活する上でなくてはならない部位で、実際に前頭前野の機能不全は様々な問題を起こします。

たとえば前頭葉が萎縮する病気(前頭側頭型認知症)では万引きをしたり些細なことで怒鳴ったり暴力を振るうようになります。また扁桃体の成熟は10台中盤で完成するのに対し、前頭葉機能の成熟は20歳前後になるため、ティーンエイジャーは扁桃体の生み出す感情を抑制できず、反抗期やイライラの原因になると考えられています。

ライオンと話し合いの余地はないけど

しかしこの素晴らしい前頭葉には一つ弱点があります。それは反応が遅いことです。というより、扁桃体の生み出す感情が早すぎるのです。感情は、生存や繁殖などの生物学的目的を果たすために進化してきたとLeDouxは説きます。

たとえば、平原でライオンを目にしたとき、ライオンの像が網膜に届き、視細胞から視神経を経由して視床に信号が送られます。視床は中継地点で、ここから後頭葉の視覚野に送られるとライオンの輪郭や動き、色などを理解する処理が行われ、我々にはライオンがそこにいることがわかるわけです。

同時に視床は扁桃体の中心核にも信号を送ります。中心核は身体反応を調整する司令塔となり、様々な身体的反応の引き金となります。中心核から中脳の水道周囲灰白質(PAG: periaqueductal gray)に信号を送ります。背側のPAGに信号が届くと攻撃、防御、威嚇行動などのために交感神経を活性化させ、血圧と心拍を上昇させます。一方で腹側PAGへの刺激は身がすくむ反応を起こします。中心核から延髄と橋への信号でも血圧や心拍の上昇がおき、また他の部位への信号は送られる部位に応じて表情やホルモン量を変化させます。

このように扁桃体は脅威に対する体の反応を、理性を司る新皮質を介さずに調整しています。つまりライオンを認識することと、ライオンに対し、戦うか逃げるかに備えた体の反応は別経路であり、この一連の身体的反応は、ライオンを認識しなくても、あるいは認識する前に起こり得るということです。

つまり、ライオンに出会った時、「このライオンに話が通じるか」「空腹か満腹か」など理性的に考えていれば食われてしまいます。瞬時に湧き上がった恐怖に突き動かされ、悲鳴を上げて逃げた方が生存確率は上がります。もしかしたら逃げる必要はなかったかもしれない、しかし、時間を要する合理的な判断は一旦脇に押しやり、感情のまますぐに動くのが生き残る上で正解です。

怒りも恐怖と同様で、脅威を前にした時、扁桃体で一瞬のうちに沸き起こります。そして怒りにはその脅威を排除するか脅威から逃げるため、一旦は理性を押しのける特権が与えられています。体の中で非常アラートがあがり、大慌てで体は臨戦態勢に入ります。体中の筋肉に血液を送り、血液に酸素を行き渡らせるため、脈と血圧と呼吸数を上げようとし、それを可能にするためにアドレナリンが放出されます。

これは生存戦略としてとても理にかなったものですが、これを読んでいる人の周辺10mにはライオンはいないはずです。(ライオンがいるのにスマホ開いてるのはスマホ依存症だと思うので専門家にご相談ください、ライオンから逃げ切れたら、ですが。)ライオンのいない生活になっても扁桃体は律儀に働いてくれるので、命の脅威じゃなくても些細な脅威に非常アラートは毎月、毎週、もしかたら毎日なりっぱなしなってしまいます。

そうなると体に負担が蓄積していきます。そのため、アラートの誤作動に対してちゃんとアラートを止める必要が出てきます。これがアンガーマネジメントの必要性です。

泣くから悲しい、は神経科学的に本当か?

吊り橋効果という言葉はご存知ですか。1974年、カナダの心理学者であるダットンとアロンは、吊り橋と安全な歩道の両方に魅力的な女性を配置して、被験者の男性から女性へのアンケート調査を依頼しました。その結果吊り橋で調査を行った男性は、安全な歩道で調査を行った男性よりも、女性への好意や恋愛感情を抱く割合が高かったと報告しました。

そのため、心拍数の増加など、興奮状態にあるときに感じる感情を恋愛感情と勘違いしてしまうと解釈されがちです。よし、では次のデートは吊り橋にしようと思った読者の方々、お待ちください。これは正確な理解ではありません。もう一度読んでみましょう。

吊り橋と安全な歩道の両方に魅力的な女性を配置して、被験者の男性から女性へのアンケート調査を依頼しました。

相手への魅力がなければ、吊り橋効果は起こらないですし、実際、魅力的でない異性を配置した追試では吊り橋効果は起きませんでした。ひどい実験ですね。

しかし、重要なことが一つあります。まず感情があって、その感情によって心拍や声色といった体の出力が決まるという一方通行ではない、ということがこの実験では示されました。そしてこの20年後、より一般化された仮説として神経科学者のダマシオはソマティックマーカー仮説を発表しました。

たとえば実際に自分が脅威にさらされなくても、毒グモを思い浮かべたら鳥肌が立ったり、緊張した出来事を思い浮かべると手に汗を握る、というように情動に結びついた体の反応をソマティック反応と呼びます。

ソマティックマーカー仮説とは、脳は脅威そのものを認識するだけでなく、脅威によって引き起こされたソマティック反応もまたモニタリングして、その結果からソマティック反応を引き起こした対象の価値を評価している、というものです。

これは単なる机上の空論ではなく、脳(腹内側前頭前野)の損傷によりソマティック反応が阻害された患者では、直感的な判断ができなくなるという症例からも裏付けられています。

居酒屋のトイレに貼られがちなポエムとして、悲しいから泣くのではない、泣くから悲しいのだ、というものがあります。これは神経科学的には若干眉唾ではありますが、少なくとも「泣く」という身体の反応から、泣く原因となった物事を脳は悲しい出来事だと認識して、さらに悲しくなるという意味で「泣くからより一層悲しくなる」とは言えそうです。

神経科学的に適切なアンガーマネジメント

ソマティックマーカー仮説は、怒りにも当てはめることができます。冷や汗や心拍、血圧は自分でコントロールできません。しかし怒りの表出時に一つだけコントロールできるものがあります。そう、呼吸です。呼吸は無意識にもするし、意識的にすることもできます。いわば、無意識と意識の接点です。

扁桃体が活性化して怒りが湧くと、アドレナリンが出て呼吸数が上がると説明しました。何も考えず怒りに身を任せていればそうなりますが、呼吸数や呼吸の型を自分で調整したらどうなるでしょう。先ほど紹介したソマティックマーカー仮説と同様に、脳は「今は呼吸が落ち着いている、つまり怒っていないんだ」と考えます。

そして最初に述べたように扁桃体は一種の非常ベルの働きがあるのでとても起動が早いですが、前頭葉はそれよりも遅く働きます。そのため、理想的なアンガーマネジメントは「前頭葉機能が起動するための時間の猶予を与え、その間にゆっくり深呼吸をする」といったものになります。

そのため「6秒間の深呼吸」というのは神経科学的な理屈にかなったやり方ですが、世間ではなぜか6秒の方が注目されており、怒りに目を向けたまま6秒たっても結局怒りは鎮まりません。毒グモの例と同じく、怒りについては思い浮かべるだけで、怒りから目をそらすといわれても難しいので、呼吸そのもの(胸郭の動きや空気の流れ)に注目することが推奨されています。

そしてここまでくれば、なぜ物にあたるのが良くないかもおわかりですね。物が壊れるからではありません。形あるものはいつか壊れる。諸行無常。物を壊したり壁を殴るために筋力がいります。筋肉に酸素を送るために心臓も肺もフル稼働です。まさに戦闘中と同じソマティックマーカーが脳に届けば、脳は「お、今はバトってるな。ということはブチギレてるんだな、よっしゃ怒りの火に油を注いだろ」と認識します。そしてますます怒りのボルテージが上がり、ヒートアップしてしまいます。

今日は怒りの原因、役割、そしてその抑え方を扱いました。呼吸についてはマインドフルネスにおいても重要な役割があるのでまた取り上げていこうと思います。

参考文献

Russell, J. A., & Barrett, L. Feldman (1999). Core affect, prototypical emotional episodes, and other things called emotion: Dissecting the elephant. Journal of Personality and Social Psychology, 76(5), 805-819.

Zillmann D. Cognition-excitation interdependencies in aggressive behavior. Aggress Behav. 1988;14(1):51-64.

LeDoux JE. The emotional brain: The mysterious underpinnings of emotional life(Simon and Schuster,1996)

恐怖の哲学 ホラーで人間を読む (NHK出版新書) 戸田山 和久 

おまけ

ちなみに先週激怒していたのは三井住友カードについてです。
一定期間内に一定額使ったらポイントプレゼントというキャンペーンがあったので、ちょうどその額になる見込みで使っていました。ところがちょうど満額となる期限最終日の決済が、購入は済んでるのになかなか通らず、日が変わったあとクレカ会社に届いたためキャンペーン対象外になったものでした。アンガーマネジメントがなかったら壁に穴を開けていたと思いますが、アンガーをマネージしてことなきを得ました。アンガーマネジメント、私の好きな言葉です。嫌いな言葉は三井住友カードです。でも結果的にこの記事の執筆に昇華できたからOKです。OKなわけねぇだろ張り倒すぞ
#あとで消す #絶対消さねえ


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