見出し画像

知っているようで知らない「世界のケーブルテレビ」

みなさん、こんにちは。
あしたへつなぐ研究所 所長の田口です。

当研究所は、「ケーブルテレビの視点から世界を見る」を特色のひとつとしています。そこで、知っているようで知らない「世界のケーブルテレビ」について、今回から数回に分けて、日米欧での比較をしながら解説していきたいと思います。


ケーブルテレビとは?

まずは、ケーブルテレビについて簡単に触れておきます。

ケーブルテレビは、地上波テレビ放送の電波が届きにくい(関東なら東京タワーから距離的に遠い、または距離は近いが窪地や山影になるような)地域で共聴施設として始まりました。電波が強い地点で良好な放送波を受信し、有線(光ファイバや同軸ケーブル)で放送信号を配信する役割です。都会でも高層ビルや高速道路が建設されると、その影になるエリアでは電波が受けにくくなったり、ビルで反射した電波の影響でゴースト※が出るため、都市部でも共聴施設が普及しました。
(※ゴースト:直接受信した電波とビル等で反射して届いた電波が重なり、テレビの画面が多重に見える現象。テレビ放送がアナログだった時代に発生した。詳しく知りたい方はこちら

図1 共同受信施設の例
出典:総務省(テレビ・ラジオの共同受信施設について)

このように、ケーブルテレビは共聴施設をルーツに持つため、自宅のアンテナでテレビの電波が良好に受信できるエリアでは、ケーブルテレビが無い場合もあるわけです。

有線伝送に利用される同軸ケーブルは、地上波テレビ放送だけではなく他の放送番組も伝送することが可能です。帯域という呼び方をするのですが、地上波テレビ放送以外の帯域を利用して、スポーツや映画の番組を有料で流すビジネスが始まります。これがいわゆる多チャンネル放送です。

図2 ケーブルテレビが使用している周波数

当初は片方向の放送波だけが流されていましたが、技術の進歩を受け双方向で信号が伝送できるようになり、電話や当時黎明期だったインターネットのサービスも開始されました。こうして多チャンネルとインターネットという、現在のケーブルテレビサービスの柱が整っていったのです。

地域密着は歴史的な経緯から

インターネットが当たり前の世代の読者の方には想像もつかないと思いますが、1980年代当初は、一般家庭で視聴できる映像は地上波放送局から一方的に送られてくるテレビ放送しかなく、家庭から発信できるのは音声の電話だけという時代でした。やがて、当時の電電公社(現NTT)がINSというデータ通信サービスを始め、「ニューメディア」という言葉が使われ始めます。今から見れば古き時代のサービスですが、「ニューメディア」は新しい時代を拓く技術として、大きな期待を集めました。

ケーブルテレビもその一翼を担う事業として注目されます。事業を始めるには当時の郵政省(現総務省)の許可が必要で、地域毎に地元の有力企業や自治体が出資し、主に行政区単位で会社が設立されました。ケーブルテレビには、地上波テレビ放送のほか、独自に制作した番組としてコミュニティチャンネルがあります。大きな資金力もなくサービスエリアが行政区ですので、地元のニュースや自治体情報が主な番組として放送されます。NHKや県全体を放送エリアとする地上波(ローカル)民放と違い、地元の情報を提供するメディア、地域に密着したケーブルテレビ「局」として独自のポジションを持ち成長してきました。

ケーブルテレビ事業の先進国であったアメリカでは、小さなケーブルテレビ会社を複数所有して規模の経済を活かす効率的な運営が始まっており、MSO(Multiple System Operator)と呼ばれていました。これにならった形で日本でも規制緩和が進み、複数のケーブル局を所有することが可能となります。日本版のMSOの誕生です。

J:COMはその代表的な存在で、日本で最大のMSOとなりました。もちろん、行政区内だけでサービスを継続するケーブルテレビ事業者もおり、日本全体では大小合わせて464のケーブルテレビ事業者がいると言われています。(出典:総務省 デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会資料

アメリカのケーブルテレビ事情

ケーブルテレビ先進国、アメリカではどうなっているでしょうか。
制度などの歴史的経緯は省略しますが、日本と大きく違う点があります。差異について簡単にお話しします。

日本では、法規制により放送区域内で自局の放送波ができる限り多くの人に受信できるように求められており、地上波放送局は中継局と呼ばれる放送施設(送信アンテナ)を数多く建設する必要があります。深い山間部でもない限り地上波テレビが受信できるのはこのためで、総務省の資料によれば、中継局は、全国で大小合わせて12,000超もあります。47都道府県ですから、大雑把に言って各県に250以上の施設が設置されているということですね。(出典:総務省 デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会

他方、アメリカは国土が広大で人口も日本の倍以上ですが、全国規模の地上波テレビはいわゆる3大ネットワーク(NBC、CBS、ABC)またはFOXを加えた4大ネットワークであり、数では日本より少ないのです。また、日本のようなあまねく受信といった規制もないので都市部を離れ郊外に出れば、テレビが映らないようなエリアが全土にあります。

ちなみに、これはテレビだけの話ではなく、携帯電話でもサービスエリア外(圏外)の地域が結構あります。初めてアメリカの郊外などを旅して驚いた方もいらっしゃるのではないでしょうか。人口が少ない地域にテレビや携帯電話のインフラを整備するには費用も掛かり、このコストは利用料の一部や税金などから充当されるので、最終的にはユーザや国民の負担となります。整備されないことを当然(仕方ない)と受け止めて生活するアメリカ人と、どこでも利用できることを求める日本人では、サービスに対する国民の意識も違うと言えるでしょう。

アメリカの郊外のイメージ(出典:イラストAC素材)

全国ネットワークのテレビ局の数が日本より少ないといっても、みなさんご承知の通りアメリカではハリウッドを筆頭として、さまざまなコンテンツが日々制作されています。映画館での鑑賞ももちろんですが、ケーブルテレビや衛星放送を通じて多くのコンテンツが有料で視聴されています。近年はNetflixのようなOTTも選択肢のひとつになっています。

アメリカ人はテレビ好きとも言われますが、ケーブルテレビや衛星放送などの加入率が高いのも特徴です。かつては80%以上の世帯がケーブルテレビや衛星放送などの有料放送に加入していたこともあり、アメリカ人にとって魅力あるコンテンツは有料で見るものという意識が根底にあるように思われます。日本では地上波テレビ局が多くの魅力あるコンテンツを制作し、それが無料で視聴できる環境にあることが決定的に違う点かもしれません。

ちなみにアメリカで最大のケーブルテレビ会社(MSO)はCOMCASTで、全米の多くの都市でサービスを提供しています。アメリカだけではなく世界最大のケーブルテレビ会社でもあり、同時にインターネットサービスでもアメリカ最大。さらには地上波テレビ放送のNBCや、映画のユニバーサルまで傘下に持つ巨大企業です。次回以降ではCOMCASTのインターネットや映像サービスの展開なども紹介していきたいと思います。

欧州のケーブルテレビ事情

最後に欧州を見てみましょう。
自分で”日米欧の比較”と書いておきながらなんですが、日米は国、欧州は地域ですよね。EUとしてまとまってはいるものの、個々の国を見れば違う点もあります。今回は全体像を理解していただくためにざっくりした話に留めます。

日本、アメリカと欧州の大きな違いは何か。それは、言語や民族が違う多くの国が陸地で国境を接して存在しているということです。確かにアメリカには出身も言語も多様な国民が生活していますが、直接国境を接するのはカナダ、メキシコなど限られています。日本は島国で直接陸地が接している国はありません。

なぜ地理的な話から入るかと言えば、国が違えば言語も違い文化も考え方も違います。欧州がEUとして統合される前から放送はありましたので、各国それぞれ事業者がいて、発展の歴史も異なります。

例えば、地上波テレビ放送の電波は国境で止まってくれませんから、隣国へも放送波が流れていきます。日本でもAMラジオなら(特に夜間には)中国や韓国の放送を聞くことができます。隣国の異なる言語や文化の番組をどう規制するかは政治にとっても大きなテーマでした。このため、欧州では放送波に限らず隣国との電波の調整が欠かせなかったのです。

1980年代に衛星放送が始まり、欧州全土でテレビ放送が可能となると、国境を超えて視聴できる衛星放送をどう規制するかが一層大きなテーマとなりました。その経緯は割愛致しますが、放送に限らず、欧州はEUとして統合の道を歩む過程で各国が利害を持つ課題を調整して現在の姿を実現したわけで、関係者の膨大な努力には頭が下がる思いです。

欧州のケーブルテレビ事業者について簡単に触れておきましょう。

欧州で最大のケーブル事業者はLiberty Global(リバティグローバル)グループで、イギリス、オランダ、ベルギー、スイスなどで事業を展開しています。日本やアメリカと違って興味深いのは、リバティグローバルは、大手携帯電話会社と組んで事業を展開している点で、オランダではVodafoneとVodafone Ziggoを、イギリスではO2とVirgin Mediaを展開しています。

リバティグローバルは、かつて独自に固定インターネットサービスと放送サービスを展開していましたが、固定と携帯の融合が不可欠との考えからFMC(Fixed Mobile Convergence)を大きな戦略に掲げ、大手携帯会社との資本統合等を進めて現在の姿になっています。リバティグローバルについても、次回以降で触れていきます。

まとめ

今回はケーブルテレビの成り立ちから、日米欧のケーブルテレビについてご紹介しました。最後に、有料放送加入率の比較を示したいと思います。

最近はOTTなど配信事業者の伸びが著しく、有料放送加入率は減少してきていますが、下図に示すように、今でもアメリカや欧州は50%近くあり、約18%※の日本とはかなり様相が違っていますが、この辺りも次回以降触れながら、固定ブロードバンドサービス、映像サービスに焦点をあてて解説していきたいと思います。
※ケーブルテレビ多チャンネル+スカパーのため一定数の重複があります。(出典:衛星放送協会 有料・多チャンネル放送契約数をベースに試算)

図3 各国の有料放送普及率推移比較

(注)
文中敬称略。理解しやすさを優先しているので、厳密にいえば適切とは言えない用語の使用法もあります。

記事のご利用について:当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、JCOM株式会社及びグループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!