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【400字の独りごと】氷柱と蜜柑

 氷柱と蜜柑


 2011年、豪雪と共に迎えた新年は近年記憶にないほど厳しい寒さで、軒先に連なる見事な氷柱つららが冬の弱々しい夕日に照らされている。
 キンと冷えた空気の中、ほんのりオレンジ色に染まった氷柱を部屋の窓から何することもなく眺めていると、ふいに蜜柑みかんの香りが鼻先を掠めた気がした。
 幼い頃過ごした生家は昭和の典型的な日本家屋で、冬になると家じゅう底冷えがしていた。毎年冬になると祖母は蜜柑を段ボールごと買い込み、天然冷蔵庫と化した廊下の隅に置いていた。
 ストーブの効いた暖かい祖母の部屋で一緒にテレビの時代劇を観ながら、こたつの上の蜜柑がなくなると廊下に出、籐で編んだカゴに冷えた蜜柑を山盛りに積んで引き返し、いくつも甘い房を頬ばった。時おり顔をのぞかす母親に「食べすぎよ」と何度たしなめられただろう。
 そんな光景が氷柱にいざなわれて甦り、再現しようにも今では役者が揃わない甘い記憶に、胸が少し痛んだ。

(2011年1月)

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