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日本の"自分で始めた女たち"#5 久保月さん 「香川県という土地が、次の世代につながっていくような面白い土地にしたい。おもっしょいことしたいやん。」

久保 月さん(会社経営) 第1回(全4回シリーズ)

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久保 月さん プロフィール
香川・高松生まれ。文化服装学院スタイリスト科卒業。2002年に東京から香川に戻り、デザイン会社株式会社tao.を立ち上げる。デザインワークで忙しい日々、仕事で香川漆器の作家の器と出会い、清水買いしたことから、讃岐の伝統工芸の美しさと、それに反しておかれた現状の厳しさを知り、雑誌IKUNASを創刊。デザイナーの目を通して語られる地域の伝統工芸の美しさや、かわいい色をまとったいまの暮らしになじむ讃岐漆器はたちまち人気になり、デザイン×伝統工芸のものづくりのスタートとなった。伝統工芸のみならず、2018年から「食」分野の仕事も始める。
現在はIKUNASギャラリーを讃岐おもちゃ美術館内で展開。2017年からは空き家リノベーションを行う「アキリノ」事業をスタート。

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クライアントの取締役会で吊るし上げになると覚悟した日、
私は久保さんに電話した

 
会社員だった私が久保さんに初めて会ったのはもう20年ほど前。当時、デザインの仕事をお願いすると、多忙のはずのご本人がデザインし、撮影立ち会いにまで来ることにびっくりしていました。
2011年ごろのことです。なかなかうまく進まない仕事があり、その決着をつける意図で、クライアントさんの取締役会で、私が理事長の前で糾弾されるという場に呼ばれたことがありました。
一緒に仕事をしていた営業担当はすべてを私に任せたい、つまり押し付けたいもよう。「上長なのに守ってくれないのか」と驚き、怒りながら、私は腹をくくりました。「分かりました。あなたはどうぞ私のスカートの陰に隠れていればいい」。そして電話を取り、当時デザインをお願いしていた久保さんに状況を説明し、「久保さんは社外で全く関係ないけど、一緒に来てほしい。現状を理解してもらいたいのもあるけど、本音は、、、、とっても怖いから隣にいてもらえませんか」とお願いしたのです。
果たして、久保さんは遠路来てくれました。取締役会では責められる私の隣に座り、私も反論するのを見ていたと思います。最後、理事長が「あなただけの非ではない、当方のせいでもあることがわかった」と言ってようやく終了。膠着していた仕事が前に進むことになり、私の仕事人生のヤマを、久保さんは一緒に登って、降りてくれました。
 
久保さんがやっていることは県内だけではなく国内外で評判になっているのに、ご自身はメディアに出て多くを語ることをしません。でも仕事は確実に広がり、進化しています。あれもこれもIKUNASが関わっていると私たちが気づいたとき、久保さんは別の、さらに新しいことに取り組んでいるのです。
会うととっても楽しく話が面白い。でも人前ではあまり自分語りをしない。地方創生系の人たちがさまざまなメディアで取り上げられ語っているのを見るにつけ、久保さんの静かさが気になっていました。それってなんか意図ありますよね?
デザイナーとか伝統工芸のヒトではない、「事業家」としての久保さんに話を聞いてみたいと、私は電話を取りました。
 
「前に出ない」話から、転換期だという事業の話まで、久保さんの頭の中にある経営のいまを、4回シリーズでお届けします。
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中村 久保さんって自分のやっていることを公の場に出て語ったりしませんよね。出ないのにはきっと理由があるんだろうなと思っていました。
 
久保さん メンドクサイから(笑)。いやそれは冗談だけど、自分が主役じゃなくてもいいから・・・。人が前に出て、私はそれをキラキラさせる。スタイリストもデザイナーもそうでしょ?
自分でマイク持って「私の何かを聞いて!」「私を応援して!」という人が前に出るべきだと思うけど、私は黒子として、私の意図が含まれたこの媒体こそが前に行ってほしい。自分ではなくて、IKUNASがステージに上がればいいと思っています。私たちはデザイン会社で、そこにいる私たちがやりたいことが、IKUNASの活動なんです。

株式会社tao.さんのオフィスの入り口(中村撮影)


中村
 初めて会った時には久保さん1人だったけど、すぐ人が増えましたよね?
 
久保さん 1人でもよかったんだけど、リスクがあるなかで人を雇用して、自分のやりたいことを展開したい、と思ってしまったんですね。スキルを持っている人が一緒にいたら「もっとこんなことができるよね」って。そうなると一段階上を目指すようになり、一生懸命やるよね。
 
中村 最初の1人目の社員はどうやって雇ったんですか?
 
久保さん 紹介です。当時仕事をしていた出版会社の営業さんが私の忙しさを見かねて、デザインアシスタントさんを紹介してくれました。その人が2人目を連れて来た。会社を始めて1年目、自分のマンションで3つの机を並べて仕事していました。
 
自分の給料より人が育つことを優先させた。
そのほうが、もっと楽しいことができる。

 
中村 人が入ってきたら、その人の食い扶持を稼がないといけないですよね?
 
久保さん それはね、私のお金を渡すの。私はお給料なくてもいい、「For You」の気持ちで、「あなたのスキルが上がってくれればこんな仕事ができるよね。まぁ楽しい」。楽しい楽しいと言っていたら仕事が寄って来た。
来た仕事は基本的に断らないでやっていました。当時はどんどん仕事していたし、「こんな仕事したい」って言っていたら仕事がきた。営業をした記憶はないんです。
でも今は、営業に行ったほうがいいと思っている。自分の付加価値を上げたい時ってあるじゃないですか。背伸びしたプレゼンテーションをしないとやりたい仕事への近道がなかったりする時。仕事が来るのを待っているよりは自分で仕掛けるほうが楽しい。
最近はものづくりとは全く違う不動産業界に行こうとしています。もう、ドキドキしますよ。
 
中村 不動産の話が出たけど、tao.さんの変遷は、まずデザイン会社を始めて、その後、雑誌「IKUNAS」を創刊して・・・

IKUNASの最新号、テーマは「さぬきの石」。
香川の石から生まれたモノたちと一緒に、讃岐おもちゃ美術館にて。(写真提供:IKUNAS)


久保さん
 雑誌創刊が2006年。2008年にはここ花園町に移って、IKUNASで紹介した伝統工芸のショップ「IKUNASg」を始めました。場所ができたら県内外からの視察がいっぱい来るようになり、行政からのお仕事も増えた。香川の伝統工芸とものづくりをどうするかという分野に、私たちも声を出すようになりました。
株式会社tao.としてやっているデザインに、香川の伝統工芸を紹介する出版とお店、それに伴って商品開発をやる仕事が並行していったんですよ。そうすると人が増えていくわけ。スキルある人間が育ってくれたらいいと旗振り役を誰かに任せて、私は黒子のように引いていくと、経営的な視点も出て来る。「収益はどうなんだ?」と。
 IKUNASの活動はやり続けないといけないものであることは分かっていた。やり続けるためにもう一つ収益になるものをつくろう、IKUNASのコンセプトとリンクするものはないか・・・と考えて2017年に始めたのが、空き家をリノベーションする「アキリノ」なんです。

アキリノは住まいにまつわるさまざまなお悩みを解決するプラットフォーム。不動産、建築、エクステリア、インテリア、法律や保険などさまざまなジャンルが、「住まい」という視点で集まる。
「あき家とリノベ、ときどきリフォーム」と題された「アキリノ」最新号(写真提供:久保さん)

「飽き性ゆえの多角経営」って書いといてください(笑)。
でも足元はブラさない。

 
久保さん IKUNASは、伝統工芸の職人さんたち、例えば欄間をつくっているおじさんに、(欄間の技術を使った箸置きなどの)小さいものを作ってもらうのが面白い!とやり始めたんですけど、徐々に彼らの状況は大変なんだな、というのを理解し始めたんですね。もともと彼らがやっていた大きな仕事をこの先どう作っていくか、という課題があるわけです。
アキリノは、伝統工芸の課題解決の一つの手。「伝統工芸のある暮らしをどうやって作っていくか」というのが起点です。リノベーションで古民家を対象にしているのはなぜかというと、古いお家には古い手仕事がたくさんあるんですよ。
 
中村 すべてつながってくるんですね。伝統工芸とか、手仕事、讃岐のものづくりというものからは離れていない。
 
久保さん 離れていない。伝統工芸の職人の手仕事をどう楽しむか。暮らしづくりはアキリノ。ものづくりの応援がIKUNAS。足元は動いていないですね。
ただ、収支を考えないといけないので、事業体系をしっかりして採算が合うようにしないとはいけないよね。
いまね、私、経営が楽しくなってきたの。大変だけどね。数字を動かすとどうなるのか、このロジックだったらこうなるのかっていうのが、すっごく、楽しいの。
もともと数字を見たりさわるのが好きなんです。請求書の中でいろんな遊び方ができるのが好きだし、見積りも、自分と電卓と紙だけ(笑)。これは平面的な話だけど、組織経営になると、数字が目に見える形で立体になるのよ。
 
中村 へーっ!そうなると事業も1個だけではなくて、複数あると面白いですよね?
 
久保さん そう、TVのチャンネルをいろいろ見ている感覚というか。自分が意図していないところで成果があると「おー、よくやったなぁ」ってなるし、ここは期待したけどそれほどでもない場合は、次こうやってみようかと目を掛けないといけないし。
数字は結果論で、過程をどうやって楽しんでいくか、というのが、いま私が「経営、面白いな」って思うところです。

事務所で久保さんを撮影したいとお願いすると「おー、いいよ、いいよ!」と自然体。
照れも気負いもない姿に(被写体としてはかなり珍しい。モデルさんなどプロならまだしも)、
等身大の女性リーダーってこういう感じかなと思う。(中村撮影)


中村
 過程というと?
 
久保さん チーム作りです。ここ数年で仕事の拠点が一気に増えたんですよね、花園町(デザイン部門)と、大工町(讃岐おもちゃ美術館 ショップ、カフェ)、亀水町(IKUNASギャラリー、カフェ、民泊、アキリノ)。始める時には悩まなかったんだけど、始めてから悩んだ。人に泣かされ、人に助けられ・・・という1年でした。そこで私の中の何かが開花したの。「私ってこれ、楽しんでるよね?」。
 
中村 大変だった話、話せる範囲で聞かせてください。
 
久保さん 結局コミュニケーションの話になるんですけど、1拠点だけのときには一国の主みたいなもので、スタッフともコミュニケーションがとりやすかった。しゃべらなくても表情で分かるし、気に掛けることができました。
離れた拠点ができて人を雇用し、「はじめまして」の人たちが入社してきた。「会社としてこの時はこうする」という考え方がないまま、ゆるい状態でスタートしてしまったんですね。マネージャーの役割も立ててない状態で、必要になったらその都度整えながらやっていました。
でもそれが、今までおつきあいのあった作り手さんやお客さまにとっては「IKUNASはアットホームな感じだったのに、新しい拠点の雰囲気はスタイリッシュなの?それとも冷たいの?」という感じになってしまった。
讃岐おもちゃ美術館のショップ・カフェの1年目は「自分の店」ではなかったなと思うんです。商店街という大きな取り組みの中で、讃岐おもちゃ美術館という企業と一緒にやっていく。どこか遠慮していたんだよね。それが結果よくなかった。
2期目に入る今年は「私たちらしくさせてください」と言って、組み立てしているところです。私の思いも伝わっていたと思っていたけど、伝わり切れていなかったところもあり、ミーティングを重ねています。
去年は本当に人に勉強させてもらった。苦労もあるけど、苦労と思ってないところもある。人から見ると「大変ですね」って言われますが、大変なら大変で次どうするか。失敗したらしたで、次はどのポジションに持って行くか。そうなるから、何したって楽しい。しんどいのも楽しいんです。
 
(第2回につづきます。次回は9月8日(金)予定)

 


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