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日本の自分で「始めた」女たち#4 住野真紀子さん/後編 「自分で始めるっていうことは、自分で意見を言わないといけない、ということです」

住野真紀子さん
(アートディレクター・グラフィックデザイナー・イラストレーター)
前編はこちら
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住野真紀子さんプロフィール
香川・高松で「住野真紀子デザイン室」を主宰。
WEB制作会社、デザイン会社を経て、2012年に独立。デザインのみならず、企業のブランドコンセプトづくりやイラスト、空間デザイン(インスタレーション)など幅広くデザインやアート業務に携わる。
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中村 同業者とのつながりって、住野さんにとっては重要ですか?

 住野さん 同業者のつきあいはないから・・・みんな私のこと知らんのとちがう?
同業者のつきあいって、企業とマッチングしたり、同業者で仕事を回せる利点もあるので、それはひとつのやり方なんだろうなと思います。
ただ私にとっては、クライアントさんの案件ひとつがすごく大切。クライアントさんは最高の状態でこの人(デザイナー)に仕事を仕上げてほしいと思っているだろうし、「この人がダメだから別のこの人はどうですか」っていう話がほしいわけじゃない。一番大切なのはここだと思うんですよ。
つながりで仕事を回すことは私にとっては全然必要じゃないし、そこまで思っていただけるんだったら「待っていただいたら」と思う。実際に待ってくださるし・・・。私のお客さんはみんな私にやってほしいと思っているし、私がダメだから他の人に仕事を回したと聞いたら怒ると思います。
それに、デザインの話を他の人と話しても、なんちゃ面白くないんよ。「このデザインが素敵」とか。

 中村 面白くないよな!(わかります!) 広告の話も面白くない。でも、この前、住野さんたちと行った旅行でデザインの話をするのは面白かった。

住野さん 話していたのは、なんでこのデザイン作ってるんだろうな、ということじゃないですか。売れるか売れないか、なんでこのデザインがいま受け入れられるのか、これがなぜ存在するのか。見た目がどうとかいう話じゃないし、技術の話でもない。
私デザイナーと話していて、「あの人のデザインのセンスが」ってなっても、全っ然、面白くない。

 中村 それは面白くないし、気持ち悪い。そこに新しい情報があるんかって思いませんか。

住野さん その業界内での新しい情報って、一般の人には関係ないことですよね。情報を知っていても、デザインの能力に関係あるか、クライアントさんが幸せになるかって言ったら、関係ないと思う。それよりもっと別の角度から社会を見ている人と話すほうが面白いんじゃないかと思うんです。

『GARDENS LIFE3』の出版を記念して開催されたPINK PARTY。
著者の宮本里美さん(左から1人目)のスピーチの中で、制作チームも紹介された.。
左から2人目が住野さん。右端が中村。全体のクリエイティブディレクションを行った
Dream Network Activityの柳沢さん、川井さんとともに。(撮影:近藤拓海さん)


中村 独立して、これは面白いと思った仕事はどんなものでしたか?徳島県の祖谷地区の観光プロモーションで、平家の末裔の方のビデオを作ったりされてましたよね。

住野さん そう、あの時は絵コンテも描いて、映画を撮る方にカメラをお願いして、宿や弁当の手配まで全部して。カメラアシスタントもインタビューもやりました。
祖谷の博物館のビデオで、平家の子孫の方に出ていただいたんです。その方は今まで何度もお願いされてきたんですけど、絶対に人前に出たくないと全部断っていらっしゃった。私、お手紙を書きましたよ。そうしたら、その時は珍しく受けてくださったの。
いろんな仕事をしてきたんですけど、クライアントさんとはつきあったら長いんです。離れたクライアントさんもいないし・・・仕事の頻度は変わるんですけど。クライアントさんに関してはよく「ラッキーだ」と言われるんですが、私がずっと濃い仕事をしているのを知っていた人が、濃い仕事を任せてくれました。

中村 それはすごいな。でも住野さんを知っていると、そうだろうなとも思います。

値段は、お客さんの会社の人数で決める

中村 自分の価格ってどうやって決めていますか?私たちの仕事って企画という目に見えないものもあるから、値付けが難しい時もあると思うんです。

住野さん 提示した金額に対して、何でもかんでも「高い」と言う人もいれば、「こういう理由で自分には高い」と理由を言ってくれる人がいますよね。理由を言ってくれるのは当然いい。自分もその人ためにどうしようかと考えられますから。意味もなく値下げを要求してくる人は、こちらも理解できないですよ。
値段の決め方ってカンタンな話で、その人の売り上げ規模なんです。お客さんの会社が1人でやっているならロゴはこの金額で、2人以上で人を雇ってやっているならこのぐらいで、10人以上だったらこれぐらい、って。

中村 なにそれ!そんな値付けの仕方、聞いたことない。

住野さん 独立した最初の時からそうしています。
要するに、その企業がどうやって売り上げを得ているかを考えるんです。すると、人が多いってことは事業が広がっていて、ロゴはこう使われて、こんなデザインが必要だろうな・・・って。会社が10人以上の規模になったら、ロゴの仕事も、それだけでは終わらない。そう考えると人数って分かりやすいんです。
逆に、依頼された会社の売り上げの建て付けが分からないと、値段提示って難しいです。

中村 人数って、誰にとっても分かりやすい、意外な視点やなぁ・・・。
では、住野さんがビジネスを始めて得た最大の教訓はなんですか?

住野さん 「ふつうであること」だと思う。
自分で始めるっていうことは、自分で意見を言わないといけないということです。クライアントさんが自分のアイデアをおっしゃって、自分には全然いいと思えないとき、「ああ、いいですね」で済ませることはできるけど、このまま進んだらその人が結局ソンをする。イカンと思うときは、早めに、自分が悪者になってもいいから、最終的にその人が利益を得られるように言いづらいことを言わないといけない。これは誰でもそうだと思います、デザイナーだからとかじゃなくて。
客観的に意見を言ってほしいから呼ばれているわけですよね。デザインは二の次、三の次で、それよりも「話しやすい」とか「率直に言ってくれる」と思ってもらっている。それが、私が「使い捨てされない」ところ。Yさんから学んだことなんです。

住野さんがデザインしたうどんのパッケージ。単にデザインの見た目がかわいいだけじゃない。
売り場に置いた時の利便性、箱を開けた人が嬉しくなるしかけ、
コストも考えたトータルな提案で、企業のブランディングに貢献している。

誰かに頼らないといけない人はやめたほうがいい

中村 ビジネスを始める人に、これは最初に考えておいたほうがいいよということはありますか?

住野さん 自分自身がラッキーのかたまりでできているだけだし、ここまできたのもまぐれだと思っているから・・・。
でも、能力が低い人はしないほうがいいと思う。誰かに頼らないといけないんだったらやめたほうがいい。誰かに頼るっていうのは、「あの人がいなかったら困る」と言う人。そんな人はやめたほうがいい。仕事の仲間が変わったとしてもやっていかないといけないから。
だから、人の好き嫌いばかり言ってる人は難しいですよね。いろんな人がいるから、楽しいと思えなかったりすることもあるし、許して進めていくことも出てくる。どんなことも楽しいと思える人じゃないと。

あとは、ええカッコしないことですね。起業してすぐにいいクルマに乗ろうとか、株式会社にしようとか、体裁を整えるんじゃなくて。それより人に喜ばれようとすることが大事。仕事を頼んでくる人は、ええカッコなんて求めてなくて、ええ仕事してほしいと思っているから。

中村 そりゃそうだ。

住野さん 私、すごく大切なことは「決めつけない」ことだと思っています。私は理詰めにしないし、決めつけない。その人が逃げ込めるところ、勝ち誇れるところを残すようにしているんです。意見は言いますよ。でも最終的にその人が決めたらいい。こっちが勝ち誇っていいことなんてひとつもない。神様じゃないし、いつ正しいか・正しくないかが変わるか分かりませんから。

中村 では、住野さんにとって「成功」って何ですか?

住野さん 短いスパンで言えば、締め切りが終わること。
長いスパンで言えば、ビジネスとしてお金がまわって、ある程度好きなことができて、喜んでもらえること。それが一日でも長く続くこと。
デザインじゃなくてもいいけど、喜んでもらえること。仕事はそのためにしています。喜んでもらえることがないと面白くない。「仕事」という名のもと、喜んでもらえることをしている。

中村 住野さん、よく「喜んでもらう」って言っていますよね。

住野さん 小さい頃からそうだと思うんです。今も「楽しかったわ」と言われたら、すべてが報われて終わり(笑)。
小学生の頃、それを実感したことがあったの。友達と一緒にファンシーショップに行った時、当時みんな大好きだったキャラクターの、すごくかわいいものさしがあった。でも1つしかなくて、私も欲しかったんだけど、ほしいほしいと言って聞かない子にゆずったんです。でもよほど悔しかったんだろうな、家に帰って母に泣きながら訴えた。そうしたら「それ、ええことやから、一生覚えときなさい」と言われたんです。「それはつらかったなぁ」と返してくると思ったのに「これはいいことだ」と。
自分が我慢してでも人に譲ることが大切なんだということをその時に学びました。母はよくそういうことを言う、当時も今もサービス精神旺盛な人なんです。

住野さんの描いた水辺の動植物の原画。
環境学習の教材としてリーフレットになり、図書館や学校などにも配布されている。

自分で「最高!」って思えないとお金はもらえない

中村 才能についても聞いていい?デザインって、才能があるかないかっていう話がいつも付いて回りますよね。

住野さん 自分で才能があると思ったことなんてないです。好きだからやってるだけ。
デザイン会社時代、私、社長のYさんのゴミ箱を見てたんです。どんなデザインを採用したのかは形になるのでわかる。でも、その過程で、どんなデザインに自分でダメ出しして捨てたのかを知りたかった。事務所のゴミを出しながら「こんなデザインしてたんだ」「このデザインは捨てたんだ」と、デザインする過程や判断を学んできました。そのYさんですら「みんな才能なんかない」って言っていた。
だから、才能はないので、どれだけ努力できるか、どれだけ自分にノルマを課せるか・・・じゃないかしら。私も自分にストレスかけて、プレッシャーをかけてということをずっとしてきました。才能のあるなしに関係なく、それができるかどうかだと思うんです。

中村 本づくりをしていたとき、住野さんがあげてきたデザインを見て、「なにこれ、最っ高やな!!!」と思いました。「こうきたか!」って。

住野さん 自分で「最高!」って思えないとお金はもらえない。商業デザインは条件があるから、クライアントさんの目的に叶うデザインができるか。しょうもないデザインを見たら「こんなん、やめたらええ」って思う。
挫折もあったほうがいいと思うんですよ。私も高校生の時、ピカソが13歳で描いたデッサンを見て、「死んだ」と思った。13歳でこんなん描くんなら自分は終わったなと。才能がある人は数パーセント。残りの人は才能があるかもしれないし、ただ好きなだけかもしれないけど、それを伸ばすのは自分。

中村 この先はどうなる?

住野さん 将来は自分の好きなことをして生きていきたいというのはあります。作家志向はないけど、最終的は作家になりたい。本当になんのしがらみもなく、自分の好きなことをして。
でも私、世知辛い世界が好きだし、煩悩にまみれた世界が好きですけど(笑)。だってみんな、目先のことによろめいたり、ウソついたり、するじゃないですか。ご都合主義とか。
ハイブランドだけがいいわけじゃないし、ハイソな生活が好きと思っているわけじゃない。ゆめタウンも好きだし、マルナカも好きだし(注:ローカルなショッピングセンターとスーパー)。
なまなましい世界を愛しているし、何もかもが面白いなって思って見ているんです。商業デザイナーは何を見ても勉強だと思うんです。生きてるだけでいろいろ見れますから。

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おわりに

住野さん、最初に書いたとおりダメなものはダメってハッキリ言うんですけど、それもそうだなと聞きたくなるのは、この人は私のために言ってくれているのだと分かるから。
みっともなくも無様にいろいろやってしまっている人間というものを、「まあええんちゃう、私もそんなところがありますし・・・」と、愛すべき存在として理解してくれているのを感じるから、アドバイスも否定されたと思わず「やっぱり考え直してみよう」と受け止められるのだろうと思います。「なまなましいものが好き。何もかもが面白いと思って見ている」という言葉に、話が面白い住野さんらしいなと思うと同時に、いつも感じる住野さんの包容力や優しい視線はここから来ているのかと、ちょっと謎が解けたような気持ちになりました。

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