見出し画像

日本の自分で「始めた」女たち#4 住野真紀子さん/前編「クライアントさんの影武者になることが、デザイナーの一番大切な仕事」

住野真紀子さん
(アートディレクター・グラフィックデザイナー・イラストレーター)
 
――
住野真紀子さんプロフィール
香川・高松で「住野真紀子デザイン室」を主宰。
WEB制作会社、デザイン会社を経て、2012年に独立。デザインのみならず、企業のブランドコンセプトづくりやイラスト、空間デザイン(インスタレーション)など幅広くデザインやアート業務に携わる。
――
 
私が知っている住野真紀子さんのこと
 
このインタビューを住野さんにお願いし、公開前の第1回目の原稿を「こんな感じ」と送った時、住野さんは、これで本当にいいの?とLINEをくれました。
当初、私は本家本元の『自分で「始めた」女たち』の本のフォーマットを踏襲して、原稿を1問1答式で作っていました。聞き手・書き手は表に出ません。でも住野さんは「新しい挑戦ならもっと自分を出したほうがいい。なぜこの人をインタビューに選んだのかとか、あると思うの」。
ここでやり直すべきか?フォーマットから外れることや、取材者に約束した公開日も迫っていることが気になりました。どうしたものか・・・。考えた私は、やり直そうと思ったのです。
書き方にフォーマットがあるとラクです。でも、挑戦ではない。自分を全面に出して書くのは、黒子に徹する広告ライターではご法度です。やったことがないし不安です。でも別に誰かに言われたわけじゃないから、自分を縛っているのは自分だけ。
インタビューをした方に連絡を取って変更の許しをいただき、私がその人をインタビューしようと思った理由や、インタビュー時のやり取りも入れて、取材対象者の声や雰囲気が伝わるように最初から書き直しました。それが第1回になっています。
 
これが私の知っている住野さんです。いつもスパッと本質を突いた指摘をする。「ダメよ、これじゃあ」と気づかせてくれる。
住野さんはグラフィックデザイナー・アートディレクターとして、企業のロゴや、ショップデザイン(メニュー、カードからサインまでトータルにデザインする)、パッケージ、広告、本、イラスト、空間デザインまで、「デザイン」というフィールドで幅広く仕事をしています。ビジネスの相談にも乗れる、稀有なデザイナーさんです。
住野さんのすごさは、「こうきたか!!」という期待以上の驚きがあるデザイン。ここまで写真を自由自在に扱える人はいないと思うほどのビジュアルセンス。繊細な鉛筆の線から生まれる植物や動物の絵。打てば響く、理解力と咀嚼力の高さ。熱く、優しい目で人を見ているところ。
そんな住野さんが話す言葉に、私はいつもハッとしてきました。
住野さんのインタビューを前編・後編に分けてお送りします。
 
ーー
 
中村 住野さんと話していていつもすごいなと思うのは、自分の言葉でスパッと、本質を突く発言をするところなんです。昨年一緒に仕事した本づくりで、写真を選ぶときも、なぜこの写真を選んでいるか、なぜこの写真を選んでいないのか、いつも言葉にして伝えてましたよね。それってどこから来るんだろう?

住野さん デザイナーになりたての頃、勤めていた会社に男性のデザイナーさんが訪ねて来て、社長と「自分のデザインを客観視するのは難しい」と話していたことがあったんです。
私は横で聞いていて、すでに何を言っているのか分からなかったんですけど・・・。デザインを始めたばかりで、まずは自分の思うデザインを自分で作ることが大事な段階だったから。
不意に、「住野さんはどうしているの」と聞かれたんですよ。「客観視するってなに?何をおっしゃっているの?」って、その時は答えられなかったんです。逆に、その方にどうしているんですかと聞いたら「一晩置いて考える」。一瞬、他人の目になって考えるようにしていると。
その時は「ふーん、大変」と思ったんだけど、それがずっと頭に残っていて。

人がデザインを見る時、プロが作ったどうかなんて関係ない


住野さん デザインって独りよがりになったらダメだし、商業デザインは共感を得てなんぼのもの、というところがあるでしょう。共感を得るために「一般的な目線で見る」「いつも初見の気持ちで見る」、そうしないとクライアントさんや一般的な消費者がデザインを見た時の印象が分からない。
 
人がデザインを見る時に、デザイナーやプロが作ったどうかなんて、関係ないですよね。誰もが一般の目で見るわけだから分かりやすくないといけない。私も一般人の立場で見て伝わるものを考えるんです。それをずっとやっているから、端的に話すというクセはあるのかもしれないです。
 
中村 写真選びも、その場でハッキリと判断するじゃないですか。瞬時で判断しないといけないとき、住野さんみたいにジャッジの軸がはっきりとあるデザイナーさんって、実はあんまり会ったことがないんですよ。

住野さんがデザインした本『GARDENS LIFE』シリーズ(著者 宮本里美/ 発行 GARDENS)
『GARDENS LIFE3』が昨年11月に発売された。

住野さん 「すっごいはっきり言うね」と言われたことがあります。お施主さんに「それはしないほうがいい」「それはうまくいきます」と言った時に、一緒に仕事をしている人から。
私は結果の予測がついているけど、お施主さんは分からないから聞いているわけですよね。仕事で一番大切なことは、クライアントさんの影武者になること、力になることでしょう。クライアントさんって早く安心して他のことを考えたいんだと思うんです。自分の希望を伝えて、この人だったら何とかしてくれそうと思ったら、他のことができる。不安なままだと他のことができないですよ。
なので意見はハッキリといます。だけど、もっとこう言ったほうがよかったかな、などは考えます。「もっとその人の意見が入り込むスキを作っておくべきだったかな…」とか。
 
中村 住野さんってスパッと言うんだけど、言葉遣いがとてもきれいなんですよね。私それにもハッとするんです。小さいころは何になりたかったんですか?
 
住野さん 画家になりたい、絵描きになりたい。
小さいころ、神戸でギャラリーをしていた大叔母がプレゼントをくれたことがあって、それが、うさぎの形をしたブローチだったの。大叔母がデザインして縫ったもので、めっちゃかわいいんです。世の中にこんなことできる人がいるのかってびっくりした。母も服を縫ってくれていたけど自分でデザインしているわけではない。でも大叔母はオリジナル。それが衝撃で。
幼稚園の時にも、大叔母がイラストやデザインを手がけた折り紙の本を送ってくれたことがあって、自分の中で最大の折り紙ブームが来たんだけど(笑)、その時も、私の血のつながっている人がこんな本を作ったなんてすごいと感激しました。

私も絵を描くのが好きだったので、小中学校へは美術の時間を楽しみに行くような子でした。中学生になったら、先生に言われた課題をただこなすのは面白くないので、課題を全部、点描で描いたりして。自分がさらに楽しむためにやっていたんです。
私が行っていたのはヤンキー中学だったので(笑)、その中で成績もよかった。ある日美術の先生が「住野、おまえ成績はどうか」と聞いてきたので、「勉強できるで私」と答えたら、先生が「いい方法がある。美術系の高校に推薦できるかもしれん。前例はないんやけど」。受験しなくてよくて、絵が死ぬほど描ける、そんな学校があるなんて知らなかった。もうそれしかないと。
 
中村 前例ないところで入ったんや。才能があったんですね。
 
住野さん 才能あるとかないとか関係なしに、好きなん(笑)。
高校に入学したら、最初はどんぐりの背比べなんだけど、すぐに差がつくんですよ。すごくうまい子は本当にうまいの。そんな環境で、私は毎日が楽しくて楽しくて仕方なかった。
卒業後は美大に行きました。でも大学で、芸術家の意味がよくわからなかったんです。作家活動するとか、個展、グループ展をするとか・・・。課題は楽しくできるんです。でも自発的にものを作りたいとか、社会に響くことを大々的に発表したいなんて思わなかった。私、たぶん作家に向いていないって思ったんですよね。「君は面白いから僕のゼミに入らないか」と言ってくれた教授もいたんですけど、なんかしっくりこないなぁって。4年間過ごして香川に帰って来て、あわてて就職しました。

絵を描くのは好き。でもそれで食べていけるか?


住野さん 私にとっては、仕事でごはんを食べるということはすごく大切だったんです。絵を描くのは好き。でも作家活動では仕事にならない。だったらイラストレーターは?デザイナーは?って。その時は、デザイナーはハードルが高かったんですけど。
イラストは描ける。でも自分が売れるイラストレーターになれるかどうかは全然分からないと思っていました。絵が上手な人は世の中にいっぱいいる。
まずは自分の武器をつくるためにWEBの勉強をしようと思って、最初はWEB会社に行きました。
途中でイラストの仕事を単発で受けたりもしていたけど、なんか違う。こんなに中途半端な状態だったら使い捨てにされると思ったんですよ。たとえばケーキ描いてくださいと言われて描くと、「ありがとう」と言われて、いくばくかのギャラをもらう。その後、仕事が来るかは分からない。だからいつも仕事をくれる相手を探さないといけない。そんな相手に巡り合うためには、作家活動をして個展をして・・・って話になる。
 
中村 そこに戻って来るんですね。
 
住野さん それは私が思っている道と違うんじゃないかと。じゃあ、イラストを発注するのは誰なんだ、発注する人の気持ちが分かれば仕事もコントロールできると考えました。発注するのは、デザイナーとかアートディレクターと呼ばれる人だなと。そんな時に、のちに入社することになるデザイン会社の社長に出会ったんです。
 
中村 (仮にYさんとしておきますね)
 
住野さん Yさんは物事の芯をつかんで、クライアントさんの心もつかんでいる。仕事のすべてをコントロールしているんです。まだ誰にも見えていないクライアントさんの将来の姿もつかんでいるから、クライアントさんもずっとYさんと一緒に仕事したくなる。
私もYさんみたいに物事の芯をつかむデザイナーになったら、自分のイラストも生きるかもしれない、と思いました。だからデザイナーになりたいと思ってなったわけじゃないんです。自分のイラストを生かすために、デザインの考えも持っておきたいと思ってデザイナーになったんです。

聞いてよかったアドバイス「目先のことばかり考えるな」

中村 そのデザイン会社を経て2012年に独立されたんですけど、独立した時にこんなアドバイスを聞いておいてよかった、逆に、こんなアドバイスは聞かなくてよかったというのはありますか?
 
住野さん 聞いてよかったアドバイスは・・・それもYさんからです。
Yさんの会社に入るか入らないかのとき、「きみだったらロゴデザインをいくらでする?」と聞かれたことがありました。このぐらいかなと思う金額を答えたら、「すぐやめろ」って。「僕だったらゼロもうひとつ付ける。そんな仕事はすぐにやめろ」。
その時はびっくりしたんだけど、のちのち、本当にそうだったなって思います。目先の仕事を掴むようなことをするのではなく、人の心を掴むようになれと。
私たちの仕事って、人にお金を払ってもらって、自分たちなりの表現をするわけじゃないですか。もちろん相手の幸せを考えるんですけど、私たちもチャレンジさせてもらえる。そんな大切な仕事なのに、目先のことばかり考えるなということは、聞いててよかったアドバイスだったと思います。
 
逆に聞かなくてよかったアドバイスは「何でもかんでもするな」。
私の肩書はデザイナーですけど、絵も描くでしょ。「イラストは他の人に頼んだら?器用貧乏になるよ」と言われたこともありますが、好きでやっていることだから。好きなことをやっているせいでたくさん仕事がこなせなかったとしても、それは仕方ないと思います。
だって、デザインに特化してお金儲けしたいとか思っていないもの。ビジネスとしてすごく成功させたいと思っているんだったら別だけど、私、そうじゃないんですよね。いかに自分が楽しく仕事できて、それがいかにクライアントさんのお役に立てるかということで仕事を選んでいるから。ストレスもありますけど、やりたいことをやっているから徹夜もできるし、お客さんに思ったことも言えると思うんですよね。
 
中村 今はデザインの仕事だけじゃなくて、クライアントさんへのアドバイスをしたりとか、頼まれることが広がってきているって言っていましたよね。
 
住野さん そうなんですよ。「デザイナー」「イラストレーター」という肩書があるけど、やっているのは、どうすればお客さんのビジネスがうまくいくか、どうしたらこの人の社会的な立ち位置が向上するかを考えることだから。そのツールがデザインなだけ。
いろいろできると頼られるものだし、頼られたときに出し惜しみしたって意味がない。「ケチやな」と思われるだけですよ。出し惜しみする人は出すものがないのかもしれません。できる人って「いいよいいよ」って感じじゃないですか。
だから「出し惜しみしたほうがいい」という人のアドバイスは全く聞かない。だってそんなに計算したところで、計算づくで行くことなんてないから。人生ってそんな“返済計画”みたいなもんじゃない。思い通りに行かず、いきなりコロナになったりするんだから。それより目の前の声をかけてくれた人に「ありがとう」と思っているほうがいいです。

ひとこと、ふたこと足すことで、仕事を増やしてきた

住野さん 独立したての頃は名刺ひとつお願いされるのも助かりました。名刺って、名刺つくるだけで終わらないんです。ロゴやイメージカラーがあるし、なぜ名刺が必要なのかをお聞きすると、実は今度こんな展示会があって、とか、新しい店舗を出すのでとりあえず先に名刺だけでも、なんて理由がある。だったら「お店のマークって決まっていますか?」ってなりますよね。

四国・高松で大人気のお菓子屋さん「ボンボニエール」のデザインも住野さんが手掛けている。
写真は2023年2月の岡山店オープンの際にデザインした商品パッケージ。

その時、駆け出しだからドキドキしてたし、自分に実力があるか分からず自信もなかったけど、私は「名刺だけがほしい」という話で終わらせなかったんです。自分からぐいぐい行くわけじゃないけど、話をしてみたら「マークって、住野さん、できるん?」。
私に何ができるか、みんな知らない。「作ってもらえる?」「できるできる」ということがちょっとずつ増えて行きました。そうするとできあがったものを見て、別の人が「これ誰が作ったの?」となって、仕事が広がっていきました。私自身が営業に行ったことは1回もないんです。
小さな仕事に、ひとこと、ふたこと足すことで、仕事を増やしてきました。でもこれは私がひとりだからできたことだと思う。もしスタッフを2~3人抱えていたら、薄利多売でもいいからコンスタントにしっかりお金が入ってくるような流れを作らないといけなかったと思うんです。ひとりで食べていけるぐらいなら何とでもなるから、むちゃくちゃイヤな仕事をしなくても済んできました。
 
中村 最近デザイン会社の方と話していると、あんなに実力もあったのに今は・・・と思うところも結構あります。
 
住野さん 時代の変化がすごすぎるじゃないですか。先は読めなかったと思うし、どんなに努力していても誰もインスタが出てくるとか思ってなかったし・・・。昔はこれをやっていたら一生安泰と思っていられるような仕事があったと思う。
今って特にデザインの能力は高くなくてもいいんですよ。ホントに。大手のブランドもものすごく単純なロゴに替えてるでしょう。ユニバーサルデザインとか視認性とか、ちっちゃい画面でいかに見やすいかになっている。デザインも、小さい画面でどれだけさっさと情報を入れられるかどうかにかかってきているから、自分の技術を捨ててでもその方向に転換できなかったら、仕事するのは難しいんだろうな。
でもそういう人たちって本当に能力高いから、好きなことをしたらいいんちゃうかな、と思います。「自分の本当に好きなこのパンのためにやる」とか。だって丁寧なものづくりが好きな人っているから。アナログな方向で、小さい、高いけど、そういうことをしてもいいのじゃないかなと思います。
 
後編に続きます)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?