見出し画像

寺山修司『ローラ』における多重フレームとは?

 私はこの『ローラ』という映画についてはリアルタイムで接しておらず、同時代で観てはいない。ではなぜこの作品を知ったのかというと、それは大学時代、学習会のような場で先輩から話を聞いたからだ。

 その安全地帯の玉置浩二にも似た、カッコをつけた先輩はこの『ローラ』について下記のように説明した。

「画面の中の女たちが観客を煽る。しばらくすると観客が画面の中に入っていき、女たちに襲われて服を脱がされる。そして男は脱がされた服を抱えてほうほうの体で画面から去っていく」

ざっとこのような感じであった。これはまさに、『キートンの探偵学入門』とそっくりの構造であろう。私も映画の中の観客が画面の女たちを見ており、その中の一人が画面に入っていくのだろうと考えていた。

 だが、現実にはこの作品はそのようなものではなかった。寺山修司没後十年記念か何かで映像作品がいくつか渋谷で上映されたので、私は先輩の話を聞いてから気になっていたこの作品を実際に観てみたのだ。そして私の予想は完全に覆されることになる。

不気味な音楽に続いて、三人の顔を白塗りにした、SMの女王様さながらの黒い衣装をつけた女がスクリーンに現れた。そして観客を煽っていく。

 しばらくするとスクリーンにピーナッツが投げ込まれる。「おっ、ピーナッツ」「150円」などと女たちが反応するのであるが、ここで驚くべきことが判明した。

ピーナッツは、予想したような観客席が映っているフレームから女たちが映っているフレームに向けて投げられるのではない。私が座っている劇場の前の方の席から、現実の観客が女たちのフレームへ投げるのだ。つまり、観客席が映っているフレームなどはない。

 そして、現実の劇場の席から一人の観客が立ち上がり、スクリーンに入っていった。どうやら特殊なスクリーンで、白い細いゴムを縦糸のように張った構造になっているようだ。

したがって、観客がスクリーンの後ろに抜けるとあたかもスクリーンに入ったような映像がタイミングよく始まるという仕掛けだ。スクリーン上で服を脱がされると、おそらく観客役の俳優はスクリーンの後ろで服を脱いでスクリーンから出てきて劇場を後にした。

 観客もそのあたりのことがわかっているのか、裸の俳優がスクリーンから出てくると拍手で迎えていた。まさか、俳優が劇場にまぎれているとは。

 後に、この俳優さんは『ローラ』が上演されるたびに何十年も「出演」し続けており、その俳優さんのインタビューが載っている雑誌の記事を見かけた覚えがある。

 この状況は、『キートンの探偵学入門』より一歩進んだ「現実からスクリーンに入り込む」という構造となっており、いわば演劇と映画の融合と呼べるであろう。

 ただしこれ、男性と女性を逆にしたら大問題になると思われる。そうしたジェンダー的な問題も含んだ作品であろう。