見出し画像

マルクス資本論入門の快作〜『超訳・資本論』

言っちゃ悪いが、まず著者の経歴が怪しさ全開だった。

ゲームクリエイター出身の投資家。
2013年には韓国のセキュリティソリューション企業、株式会社アンラボの大株主のひとりだった。
KAIST(旧称・国立韓国科学技術院)大学院卒(工学修士)。
「Kingdom Under Fire」シリーズなどのゲームの企画・プログラミングに参加。
様々なプロジェクトの経験から、組織作り・リーダーシップを研究するようになり、ビジネス・リーダーシップ関連の著作を多数執筆。
主な著書に『超訳 孫子の兵法』『超訳 君主論―マキャベリに学ぶ帝王学―』『超訳 論語―孔子に学ぶ処世術―』『超訳 アランの幸福論』(いずれも彩図社刊)などがある。

全然哲学/経済学畑の専門家じゃなさそうなのと、扱うテーマもバラバラ。聞いたことのない版元。それにくわえて本書副題も「お金を知れば人生が変わる」とかなりスピリチュアルな空気感が漂っている。

あんまり食指動かんな〜と思いつつ、でもAmazonAudible版がありスキマ時間に聴けるし、レビュー評価もひたすらに高い。距離を取りたくなる気持ちをぐっとこらえて読んでみたら、結果としては意外にもすっごくいい本だった。そういえば、「超訳」と付くもので当たりを引いたこと、意外に多いんだった。


マルクス『資本論』の要点が端的に押さえられていて、よくまとまっている。完全に素人読者に向けられた本なので前提知識はほとんどいらず、最低限の内容が懇切丁寧に噛み砕かれて書かれている。

裏を返せば、原典から捨てるところのフォーカスがよく効いている。端から『資本論』第1巻のみが対象と宣言しているし、経済学の複雑な論理に立ち入ることを巧妙に(?)避けている。ゆえに、わりにコンパクトな一冊として成立している。

出てくる例もいちいちわかりやすく、経済に疎い読者でも余裕で通読できる。ところどころで差し込まれるTipsコーナーは、本筋の流れの補足説明のために関連するトピックを拾って説明していく。流れのなかで古典派からの経済学の簡単な流れや労働価値説の概観がつかめるのはよい。


『資本論』は経済学・哲学の古典ではあるが、さまざまな学問分野に強い影響を与えている。具体的で緻密な価値と労働の分析を通じて、社会が成り立つ根底にまで切り込む力強さがある。

マルクスの眼差しは、ケア労働やギグワーク、ブルシット・ジョブ、ベーシックインカム、資本主義の行く末、果ては仮想通貨のなんたるかに至るまでの現代経済の重要トピックを壮大な視野に収めている。ゆえに現代の読み手にとってものほほんと素通りしてよい書物ではない。

ただ、もとよりとてもムツカシイことで有名な本。重厚で難渋な原典に当たるヒマと気力に満ちている読者は少なく、ポップな装いと堅実な中身で気軽にその入り口を叩かせてくれる本書は貴重な存在である。


惜しむらくは、特に疎外論あたりの哲学的な読み解きが手薄な点である。マルクスの全思想を貫く中心的な問いとしての『資本論』、社会や貨幣との関わりのなかで人間が外化=疎外されていく構造をあばき出すものとしての『資本論』。『経済学・哲学草稿』『ドイツ・イデオロギー』『経済学批判』の系譜に連なるそれは、現代から顧みたときにいわゆる「マル経」的文脈よりも遥かに多くの意義をはらんでいるはずである。そこを迂回せず、平易な語り口で整理していくことは可能だったように思う。

それに、『資本論』は経済学の学的枠組みそのものの根源的な批判の書であったはずだが、その側面は本書には上手く盛り込まれてはいない。ともすれば経済学入門書として読めてしまう印象もあって、読み手は注意が必要だろう。


とはいっても、なお本書への賭けはかなり分の良い賭けである。『資本論』にまだ入門していない読者は、本書から始められるラッキーな人たちだ。


頂いたサポートは、今後紹介する本の購入代金と、記事作成のやる気のガソリンとして使わせていただきます。