景気の動向に合わせて新卒採用人数を変更するという愚策

リクルートワークス研究所による市場調査で、2021年度の新卒採用は売り手市場が続くものの、景気の減速を鑑みて大企業を中心に採用人数を減らす傾向が強まっているとのニュースがあった。

ここで改めて新卒採用のコンセプトを考えてみたい。そうすると、景気動向に合わせて新卒採用の人数を変更する、という事が如何に愚策であるかが明確になる。

■新卒採用のコンセプト

新卒採用のコンセプトは各社様々だろうが、大きな枠組みで下記の事が言える。

①将来の幹部候補生を採用する
②5~10年の単位で長期的に育て、会社の中核的な労働力を担う存在にする
③能力だけでは語れない「企業文化」を継承する人材を確保する
④(一部の分野において)最先端の専門性の高い研究や開発等を行っていた人材を確保する

もう賢明な読者はお気づきだろう。
上記の中で直近1~2年以内に高いパフォーマンスを発揮すると見込む人材は④だけである。この分野は基本的に高度人材なので絶対数は少なく、希少価値が高いので、景気に関係なく採用すべき存在だ。

それ以外の①~③は全て中長期戦略である。少なく見積もって3年、通常で考えれば5年以上かかってようやく戦力化するのが一般的だ。このサイクルは短くなっているとは聞いているが、単に経営側の要求が拙速になっただけで実際に戦力化に成功した例はあまり聞いていない。テクノロジーの進化は早く、変化も激しい時代だが、人間の学習能力や適応能力がここ数年で著しく変わる訳ではない。少なくとも誰もが通ってきたプロセスである社会人1年生~3年生は、色んな経験と失敗をたくさんして、そこから学習する中で一人前になっていく期間だ。一部、初年度からトップ営業になるような逸材も存在するが、新卒の中でも1人か2人という特殊ケースであり、それこそ景気とは何の関係もない話だ。

それ以外の「普通」の「優秀な」新卒社員は少なくとも3年以上かけて一人前の従業員へと成長していく。人間の成熟には概ねそれぐらいの時間がかかるものだ。一方、3年という期間は現在の経済においては非常に長い。中期経営計画が一巡する期間である。恐らく現在において3年前に建てた中期経営計画を、骨子は別として細部まで変更していない企業など存在しないのではないか。それくらい3年後の市場の流れを読むことは難しいし、多くのアナリストが失敗している。

なのに、なぜ企業は景気が良くなると新卒採用を増やし、景気が悪くなると採用を減らすのか。彼ら、彼女らが実質的に戦力化するのは次の中期経営計画にも拘らずだ。数年後、大量採用して人員投入した部署の市場情勢が後退したら、どうするつもりなのだろうか。また、大量に採用された新卒社員は、現場や人事部の丁寧なケアが細部まで行き届かず、一定数以上が辞めてしまう可能性が高い。仮に今から10年間景気が良かったとしても、その後に大きな不況が来たらどうするつもりなのか。バブル期入社の失策を再び繰り返すつもりなのだろうか。

■新卒採用のセオリーはシンプル

新卒採用で必ず守るべきセオリーはとてもシンプルである。

①景気の波に左右されず、一定数を必ず毎年採用する。
例えば組織の維持に最低限必要な人数として一定の幅で固定する。特に景気の悪い時にも歯を食いしばって一定数採用する。これをやらなかったが故に現在、大企業で40歳前後の管理職候補者が不足している。

②質に一切妥協せず、企業文化と本人の価値観の調和について厳格に判断する。
単に優秀な人材を採用するならば、既に成長し終えた中途採用の方が早く、早期に結果を出せる。新卒採用は短期的なパフォーマンスよりも中長期的な組織の屋台骨を支える存在として活躍する必要がある存在だ。その為には、長期的就労と価値観の継承が欠かせない。

③現場の受け入れ態勢や研修制度を整備し、採用後の定期的なケアを徹底する。
新卒採用においては最初に配属される職場とその上司、同僚がとても重要になる。そこでしっかり新卒社員が根を張り、組織になじむまで丁寧なフォローをしつつ、説明責任を果たしていく必要性がある。この部分を丁寧にやる事でその後の伸びが全く異なるだろう。


■急な人員獲得ニーズの高まりへの対処方法

では、景気拡大に伴って現場から人員獲得の需要が多くなった場合、人事部はどうすればよいのか。以下の施策で対応するのがよりクレバーだ。

①スキルや経験のある即戦力の中途採用を行う
戦略展開に伴って人数不足が顕著になっている状態においては、新卒スタッフの育成は現場にとって大きな負担になる。新卒社員も「足手まとい感」を感じてしまい馴染みにくいリスクがある。それよりも実務経験者を中途採用した方が早いし成果にも近道だ。ここではいわゆる第二新卒は採用しない。即戦力がポイントだ。無論、一人ひとりの採用選考プロセスをしっかり見ていく事は当然だが、新卒ほど厳密な価値観のすり合わせは必要ない。中途社員は転職経験がある為、自社の状況が変化し、自分の活躍の場がなくなったと判断した場合、自ら再び転職する可能性がある。そしてそれでよい。新陳代謝が一定程度生まれる場を確保しておくのも良い。
なお、第二新卒に触れておくと、第二新卒の採用目的は一つ。新卒社員の欠員補充もしくは採用不足分の補填だ。それ以外の目的は基本的にないといって良い。

②BPOや外部のコンサルタントを活用する
現在、この世界にはたくさんのアウトソーサーが存在する。コールセンターに始まり、情報システム分野、財務経理、社会保険事務、営業代行まである。また、外部のコンサルタントをプロジェクト単位で契約し、活躍してもらう事も出来る。一般的に期限の決まっているものでスペシャリスト的な活躍をする人材が欲しい時にはコンサルタント契約が適している。(例:IPO準備等)

③派遣社員を活用する
今までも行われていたが、少なくとも入社したばかりの新卒社員よりもビジネス経験の豊かな派遣スタッフの方が即戦力として高い能力を誇る。厳密に契約期間が定められている為、状況により柔軟な体制変更することも可能だ。

④基幹業務システムの導入や更新、ITツールの活用、RPAの導入による自動化推進等
人材戦術に追われている現場では、とにかく人が欲しい、という要望を貰う事も多いが、実は様々なテクノロジーで解消できる問題も存在する。厳密に現場での課題の要件定義をしていけば、正社員採用をしなければならないとは限らない状況も十分想定できるだろう。

⑤ジョイントベンチャーで他社と協働体制を組む
新しい技術を必要としたり、異なるセグメントの市場へ参入をしたりする場合、新規採用よりもパートナー企業とジョイントベンチャーを立ち上げた方がスピード感が早い可能性がある。ノウハウの共有構造や協業体制の構築など、戦略段階におけるミスコミュニケーションさえなくせれば、パートナー企業にとってもメリットがあり、自社もリソースを補充しつつ新しい分野に打って出る事が出来る。これを企業の中で新規部署立ち上げから始めたら時間がかなりかかってしまうだろう。ジョイントベンチャーの立上げ支援に外部のコンサルタントを上手く活用できれば、より効果的だ。

⑥企業合併(買収)を行う
日本企業は総じてこの戦略を取らない傾向があるが、非常に有効だ。一般的に50名以上の新規採用をしようと計画するならば、企業買収の方が早い。同業他社で自社よりやや企業規模が小さいところ、特定の地方において強い基盤を持つ地元密着型企業、最先端のテクノロジーを開発しているスタートアップなどはとても相性が良い。この時、合併をどのように行うかは重要だが、戦略にとって変えるとよい。ジョイントベンチャー的に用いるならば持ち株の一部交換で良い。完全に取り込みたいならば、数年かけて吸収しても良いだろう。イノベーションを意図する場合、あえて買収先の経営体制を維持し、自由にやらせる事で成果を得られる場合もある。優秀なITエンジニアを大量に欲しい場合も、会社ごと買ってしまった方が早い。


■日本企業の人材戦略と新卒採用

日本企業における新卒採用はかなり普遍性が低下したとはいえ、未だに根強い。何故だろうか。それは育成された新卒社員が総じて優秀だからだ。各期の上位2割の新卒出身者は、その企業の文化に馴染み、方針に従いつつ、実務で高い実績を上げている。そうでなければ、これだけ中途採用が一般化した現代において、未だに新卒採用に拘る大企業が多い理由が見つからない。これは長年特定の文脈を共有しているから出来る事であり、どんなに優秀でも中途採用された人にはとても出来ない芸当だ。新卒採用には、確かに意味(有意性)がある。

以上の事を鑑みるに、日本の大企業の経営者層が如何に中長期の人事戦略の中で採用を捉えていないかが良くわかる。新卒社員を単なる「作業者」と捉えているのだ。その考え方は、一人一人の社員を大切に扱おうとする視点からおのずと遠ざかる。それが現在のハラスメントや残業問題が常態化する温床となっている。やがてそれらは企業を窮地に追い込むだろう。

結論として、景気の波に左右されて大幅に採用を増やしたり、減らしたりする会社の経営陣に人事戦略はない、と断言して相違ないだろう。戦略なき人事の末路は推して知るべしだ。

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