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【大阪・釜ヶ崎】監視カメラ弾圧裁判で住民側が逆転無罪 正当防衛認められる

編集部 かわすみ かずみ

 2023年7月3日、大阪府庁正門前に「釜ヶ崎監視カメラ弾圧裁判」の元被告人や支援者ら15人が集まった。13時半頃から正門前には警備員4~5人が立ちはだかり、庁舎入口付近には大阪府職員数人が出迎えた。警備員を従えながら、対応したのは庁舎管理課の職員だ。
 元被告人らは、①吉村知事は公的に元被告人らに謝罪すること、②あいりん総合センター(大阪市西成区)前の団結小屋近くに設置された監視カメラを撤去すること、という要求を掲げた。
 これに対し庁舎管理課の職員は「今日は意見を聞くだけで回答はできません」と前置きし、広報広聴課の担当者を呼んできた。担当者は「のちほど回答します」と言って帰っていった。
 要請行動参加者らは「いつ回答するのか? 誰に回答するのか?」「吉村知事はここ(庁舎内)にいるはずだ! なぜ出てこないのか?」などと聞いたが、知事へのアポイントメントがなければ会うことはできない、と素っ気ない対応だった。

大阪府庁前での要請行動(府職員が入り口付近に数人見える)

「あいりんセンターのシャッターを閉めさせるな!」

 始まりは、あいりん総合センターの強制閉鎖だった。2019年3月31日、大阪府職員、警察署員らが強制的に同センターのシャッターを閉めようとした。
 これに反対する野宿者や支援者が地域内外からセンターに数百人集まり、抵抗した。シャッターの下に荷物を置いたり、寝転んだりすることで物理的に閉められないようにして、全員で「シャッター閉めるな!」「センター続けろ!」とコールしながらその場を占拠。シャッターの下に車を置いて抵抗する者もあった。この日、定刻の18時を過ぎてもシャッターを閉めることはできなかった。
 あいりん総合センターは、1970年、日雇い労働者のために建てられた総合施設だった。地下1階にはシャワールーム、1階には労働者の寄せ場や売店、上階には大阪社会医療センター附属病院と市営住宅もあった。センターの中で過ごしたことがある野宿者に聞くと、多くの日雇い労働者で賑わっていたそうだ。大阪府は、そんな日雇い労働者のための施設から当事者を追い出そうとしたのである。
 3月31日の閉鎖阻止から、野宿者たちは束の間の自由を味わった。閉まりかけたシャッターの内側で、上映会や炊き出しも行った。韓国からバンドが来て、演奏したこともあった。4月24日、200人を超える警察官、機動隊などが、野宿者らの荷物を乱雑に放り出した。シャッターを閉じられないように置いていた車も強制撤去され、シャッターは閉じられた。
 センター前に今も「団結小屋」がある。竹で組まれた骨組みにビニールシートを張った小さな空間には、炊き出しの道具や食料などが並ぶ。団結小屋の周りには「野宿者を追い出すな!」などと書かれた布が貼られていた。センター内にあったこの小屋も、センター閉鎖後、外に出された。水も電気もない場所で、毎週月曜日に炊き出しや集会を開き、みんなで寄り添いながら生きてきた。


1.団結小屋をカメラで監視
軽微な罪状で逮捕勾留

 西成には、推定50カ所以上に監視カメラが設置されているという。
 19年4月26日、センターの近くで放火事件が起こった。事件後の5月30日、西成労働福祉センター駐車場を監視していたカメラが、突然、団結小屋の方に向けられた。現場を見ていた関係者によると、工事関係者と府職員数名がやってきて、無断で向きを変えていったという。
 団結小屋メンバーらは脚立を伸ばし、団結小屋の向かいにある柱の地上から4㍍の高さまで登って、カメラにゴム手袋をかぶせた。下ではしごを支える人や、近くで見守る人もいた。6月4日、手袋が取り外されているのを見つけたため、再度ビニール袋を被せた。だが、それも大阪府によって外された。その後は監視カメラが団結小屋を向いた状態が続いた。
 11月6日、監視カメラに手袋を被せたことが「威力業務妨害である」として、Iさん、Hさん、Kさん、Mさんの4人が逮捕された。威力業務妨害とは、暴力などの手段で業務を妨害する行為をいう。警察はこれを根拠に団結小屋や被疑者宅を家宅捜索した。

団結小屋への家宅捜索の様子

 Hさん宅では、朝7時に家のチャイムがなり、7人の大柄な捜査員が入ってきた。捜査員が捜索令状を読み上げ、家中を捜索。パソコン、書類など17点を押収し、その場でHさんは逮捕された。
 パートナーのAさんはチャイムが鳴ったとき、すぐに警察だと気づき、何の罪状なのか、と考えを巡らせた。
 検察は裁判所に勾留請求を出したが、裁判所は軽微な犯罪で勾留の必要はない、として却下し、2日後に4人は釈放された。その後、検察庁や西成署から再三呼び出しがあったが、Iさん、Hさんは出頭しなかった。
 3月4日、2度目の逮捕。6月4日にカメラにビニール袋をかぶせたとされる4人(Iさん、Hさん、Cさん、Nさん)は大阪拘置所に送致された。Cさんは通りがかりに脚立を押さえただけだった。
 今回も勾留請求は却下され、4人は2日で釈放された。だが、5日に検察が4人を起訴したことから、長い裁判闘争が繰り広げられる。一審前に公判前整理手続きが非公開で約10回行われた。これに参加したHさんは、「弁護側の証人申請などはほとんど通らなかった」と証言する。


法廷の証言で警察のうそが判明

 検察側の証人として、4月26日のこの事件を捜査した西成署の木原巡査部長、大阪府商工労働部労働環境課参事の芝博基氏なども法廷で証言した。
 木原氏は弁護側の尋問により、当日の朝礼で監視カメラの向きを変える話があったことや、以前から団結小屋などの活動家の人定が行われていたことを証言した。
 放火事件を捜査した巡査部長への尋問では、医療センター付近の敷地近くの監視カメラに放火犯の姿が写っていたにも関わらず、捜査していないことも分かった。「団結小屋前の監視カメラの設置は、防犯や不法投棄の監視だ」との警察の主張は崩れ去った。
 検察側は5月31日にゴム手袋をかぶせたとされるKさん、Mさんも証人として出廷させた。Kさんは裁判開始後から行方不明だったが、証言の前日にパチンコ店で見つかり、警察官に無理矢理車に乗せられて宿泊所に軟禁され、証言の予行演習を夜遅くまでさせられたという。
 また、Mさんも検察庁で証言の予行演習をさせられたという。Mさんは検察側の証人として出廷するまでの間、心理的に不安定になったそうだ。しかし証言台では、被告人側に知っている顔があったことで、穏やかに話せていた。逆に検察側の尋問では、極度に緊張した様子が見られた。


高裁で逆転 無罪を勝ち取る

 この裁判の争点は、①監視カメラに手袋を被せることは威力業務妨害に当たるか?②団結小屋を監視することは業務なのか?③被告人の行為は正当防衛に当たるか?④公訴棄却すべきなのか?の4点だった。
 一審では、検察側の求刑が全面的に採用され、被告人は罰金刑つきの有罪となった。これを不服とした被告人は、4人のうち3人が控訴。控訴審は一回結審で、充分な審理がなされないことに不安もあり、被告側には「負けるのではないか」という思いがつきまとった。
 だが二審では、被告人側が主張した正当防衛が認められ、逆転無罪となった。元被告人のHさんは今の心境について、「28日の水曜日、『検察は上告しない方針』と代理人から聞いて、ようやく喜びを感じられました。今度は被告ではないが(仲間が大阪府と闘っている)センター追い出し訴訟を全力で応援します」と答えた。
 大阪府商工労働部は、検察側の上告断念後、翌日には監視カメラの向きを戻しに来た。団結小屋からその様子を見ていた男性は、「工事作業者1人と若手の府職員数人が来て作業していた。こちらには何のあいさつもなかった」と証言する。


2.建前と中身が違う西成特区構想
西成区特有の課題は未解決

 2013年、第2次安倍政権が掲げた「国家戦略特別区域構想」。首相官邸ホームページでは、「世界で1番ビジネスしやすい環境」を作ることを目的に、地域や分野を限定して大胆な規制緩和や税制優遇を行った。
 第1次区域指定(14年5月)には、東京圏、福岡市とともに、関西圏(大阪府・兵庫県・京都府)が決定した。第2次区域指定(15年8月)には、茨城県つくば市、大阪市が「スーパーシティ型国家戦略特別区域」に認定されている。
 スーパーシティ型とは、指定地域がIT先進地域として機能しながら、経済発展するモデル地区となるものだ。
 大阪市は同時期に「西成特区構想」を立ち上げた。西成区役所はこの構想について、「西成区に存在する多様な課題を解決するために、教育、子育て支援、環境改善、治安、住宅など、各種の支援や優遇措置」を行うと説明している。この構想については、12年から有識者会議が始まっているが、その内容は同区の観光都市化に向けたものだ。西成区の説明と実際の内容は食い違っている。


子どもサポート人数不足のまま

 この構想の主な政策は、薬物の取り締まりと監視カメラの増設(6台から36台)だ。
 西成区の不登校児やその恐れのある小学生に対する「子ども生活学びサポート」では、各学校にサポーター1人を配置し、朝、子どもたちに電話をかけたり、登校のサポートを行うなどの支援を行っている。だが、元教員によると、各校に不登校気味の子どもは複数いて、1人では手が回らず、教頭や担任が駆り出されることが多いのが実情だという。
 現在西成区では、星野リゾートが大型ホテルを建設し、万博、カジノの客を待ち構える。これまでドヤ(簡易宿泊所)だった場所には、外国人向けのホテルが立ち並ぶ。だが区の観光都市化は、こうした西成区特有の問題の解決とは関連がない。
 万博やカジノ、リニアまでくっつけて大きなビジネスをしたい大阪府市は、そこに住む人々の思いも暮らしも顧みることはない。
 2020年4月、大阪府の吉村知事は、センター周辺の野宿者20人以上にセンターを立ち退くよう仮処分申請と訴状を提出した。一審では野宿者らが敗訴したものの、「行政代執行は緊急性がない」と却下された。野宿者たちは今も、この裁判を闘い続けている。西成区が言う「西成区特有の課題解決」とは何だったのか? 誰の心にも響かない空虚な言葉だけが、西成区のホームページにちりばめられている。

万博を前に今年完成した星野リゾートのホテル

(人民新聞 7月20日号より)

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