謎グルメ 幽霊ラーメンの真実

高瀬甚太

 グルメではないが、私は安くて美味しいものを食べることができれば喜んで行く。それがどれだけ遠く離れた場所であってもまったく厭わない。その時もそうだった。
 「美味しいラーメン店があるぞ」
 と情報を受けたのは、友人のY新聞記者の坂口均からだった。単純に美味しいだけであればそれほど食指は働かないが、「ちょっと変わったラーメン店だ」となれば、話は別だ。
 「どんなふうに変わっているんだ?」
 と尋ねると、坂口は、
 「幽霊が出るんだ」
 という。私は思わず笑った。いや、大笑いした。
 「幽霊が出るって、昼間から出るのか」
 と笑いながら聞いた。冗談だと思ったのだ。すると坂口はムッとした顔をして、
 「信用していないだろ。でも、行ったらびっくりする。本当に幽霊が出るんだ」
 と青ざめた顔で話す
 坂口の話によれば、そのラーメン店は、午後10時に開店して午前6時に閉店するのだという。夜中に開くラーメン店というのも変わっていたが、幽霊が出ると言うのは眉唾ではないか、坂口に問いただしたが、坂口は、行ってみたらわかるを繰り返すばかりで、まともに答えようとしなかった。
 好奇心旺盛な私は、早速そのラーメン店に出かけることにした。場所は奈良と京都の中間にあり、こんなところに店が――? と思わせるような辺鄙な山の中にあった。
 車で行くしか方法がなく、しかも午後10時以降だ。街灯がほとんどない暗い山道を走るうちに、問題のラーメン店の灯りが見えてきた。
 大きな提灯が見え、その提灯に筆文字で『夜泣きソバ』と記されている。二階建ての家屋の一階がラーメン店になっていて、夜中にも関わらず、人は入っているようで、駐車場に数台の車が停まっていた。
 駐車場に車を停め、暖簾をくぐって店の中に入ると、20席ほどある席の半分ほどが埋まっていた。若い客がほとんどで、私のような年齢の客は皆無だった。
 家屋はそれほど新しいとはいえなかったが、店内は改装したのか真新しいテーブルや椅子、壁面がきれいに整理されていた。
 ラーメン店にもさまざまな種類があって、醤油やとんこつ、味噌などそれぞれの店によって特徴があるのだが、この店のラーメンは、夜泣きソバと餃子、それにご飯しかメニューがなかった。
 「いらっしゃい」
 テーブルに座ると、店主らしき老人がグラスに入った水を持って近づいてきた。
 「夜泣きソバをお願いします」
 注文を告げると、主人はそそくさと厨房へ急いだ。どうやらこの店は老人が一人で切り盛りしているようだった。
 一人減り、二人減り、最後に客が私一人になった。折から降り始めた雨で、客が途絶えたようで、ラーメンを私のテーブルに置くと、老人はタバコを手に一服吸い始めた。
 この店の夜泣きソバは、昔、屋台でよく食べた夜泣きソバとずいぶん様子が違っていた。煮干しと他の何かを混合させているのか、おつゆのダシが味わい深く、麺は手延べの細麺を使っていて、かつて食べたどのラーメンよりも美味しく思えた。
 「ご主人、おつゆのダシは、何を使用しているんですか。ベースは煮干しじゃないかと思うんですが」
 タバコを吸っている老人に尋ねると、老人は笑って、
 「煮干しを使っているのがよくわかったね。でも後は秘密じゃ」
 と言って、タバコの火を灰皿でもみ消した。
 「この麺もいいですね。ほどよく腰があって、口の中に入った感触が実にいい。こんなに美味しいラーメンを食べたのは久しぶりです」
 私の言葉に気をよくしたのか、老人は私の近くに席を移すと、
 「この雨じゃ、今日はもう客は来ないだろう。どうだね。よかったら餃子を食べてみるかね。褒めてもらったからサービスじゃ」
 と言って厨房に戻った。
 激しい雨音が大地を揺るがしていた。その音が店の中にまで響く。老人が、今日は客が来ないと言ったのもわかる気がした。
 「これがわしの店の餃子じゃ」
 厨房から戻ってきた老人が餃子を載せた皿をテーブルに置いた。こんがりと焼けた餃子は見るからに美味しそうで、一口食したところで、私は思わずため息を洩らして絶句した。
 「何ですか、この美味しさは!」
 筆舌に尽くしがたい味わいが口の中に残った。皮のパリパリした感覚と、中身の柔らかなぎっしり感、ニラとニンニクと豚肉のミンチが奇妙なコントラストを示して口の中で微妙に調和する――。
 老人が笑った。味によほどの自信を持っていたのだろう。私の驚嘆ぶりに満足し、さらに親しく話しかけてきた。
 「この店の異名を知っているかね?」
 坂口から聞いた、幽霊ラーメンの言葉が思い出されたが、あえてその言葉を口にせず、老人に聞いた。
 「いえ、知りませんが……、なんでしょう?」
 「幽霊ラーメンじゃよ」
 私は驚いて、同じ言葉を繰り返した。
 「幽霊ラーメン? どうしてですか」
 老人は、新しいタバコに火を点けて、口に入れると、煙を勢いよく吐き出した。
 「昔、この建物の建っている辺りは墓地じゃった。その頃の道は、山すそを這うようにして曲がりくねった道であったから不便で、車が通れないほどの細い道だった。そこでこの地域の住民が県に働きかけて道を作り変えることになったのが四十年前のことじゃ。元々、墓地だったこの場所に道が通ることになり、墓地を別の場所に移転した。
 道ができてしばらくして、この辺りでいろんな噂が出没するようになった。あんたも一度ぐらいは耳にしたことがあるじゃろう。タクシーがこの場所で客を乗せて、山を下りたところで後部座席を見ると誰も乗っていなかった。ハッと思い座席を見ると、座席がびしょびしょに濡れていた……。そういった話が真偽は別にして多数語られるようになって、この場所に家があった藤本家は幽霊の弊害に悩まされるようになった」
 「幽霊の弊害に悩まされるというのはどういうことですか」
 老人は、私の疑問に笑って答えた。
 「藤本家は、元々この山地一帯の地主で、別の場所に家を建てていたのだが、道ができて、便利だからと言うのでこの場所に引っ越して来た。問題は、さまざまな幽霊の噂に呼応するようにして、藤本家にも幽霊が出没するようになったことだ。藤本家は、祖父母、両親、息子一人の五人家族だったのじゃが、父親の方が引っ越して間もなくノイローゼにかかってしまい重度の精神病と診断された。この父親はほどなく自殺を図り亡くなっている。母親もまた精神疾患を起こし、入院し、病死している。祖父母も同様に、同じ時期に精神疾患が原因で命を絶っている。遺されたのは息子一人だ。家族がすべて同時期に精神疾患を患い亡くなった、その原因を一人生き残った二十歳になったばかりの息子が知っているのではないか。そう思った新聞記者が、この地にやって来て、息子に取材をした。
 しかし、その記者も翌日、谷川で水死体となって発見され、人々は幽霊に殺されたのではないかと噂した。
 警察は最初、息子を疑い、尋問した。だが、息子は、記者は夜中に幽霊を見ると言って、外に出てそのまま帰って来なかったと説明した。
 息子を犯人と決め付ける確たる証拠もなく、殺人に至る動機も見つけられなかった警察は息子をあきらめ、事件は迷宮入りした」
 老人は淡々とした表情で語り続けた。雨足はなおも鋭く大地を貫いている。その音が鼓膜を刺激する。
 「ちょっとよろしいですか。その家というのはすなわちこの店で、遺された息子というのがあなたではありませんか?」
 私の問いに老人は小さな笑みを湛えて答えた。
 「そうです。この家が問題の場所です。そして、あなたの推測通り、息子というのが私です」
 そう答えた後、老人は私に聞いた。
 「あんたは幽霊を信じるかね?」
 幽霊の存在については賛否両論、さまざまな意見がある。この世の中に存在するはずのない幽霊のようなものを目撃すると、人によっては、その時の現象によって精神を破壊されるものもいると聞く。墓地の跡に建てられたこの家に幽霊が存在したとしても決しておかしくないだろう。そう思ったが、老人の質問にはあえて答えず、逆に私が老人に質問した。
 「ご主人は、家族の方や記者が幽霊にとり憑かれて精神が冒され、命を失ったとお考えですか」
 老人は、自分の問いに私が答えを示さないことに苛立った表情を浮かべながらも、素直に答えた。
 「そうとしか考えられんじゃろうが……」
 私は老人に自論を述べた。
 「霊がとり憑いて、精神を破壊したり、命を奪うなどということは、通常は考えられないことです。幽霊が出る場合は普通、何かを訴えたい、といった目的がある場合が多く、めったやたらと出現するわけではありません。もし、ご家族の死因が幽霊にあるのなら、よほど強い何かがこの家に存在するということです。お心当たりはありませんか?」
 老人は私の問いには答えず、逆に聞き返してきた。
 「じゃあ、あんたも幽霊の存在は信じておるんじゃな」
 私は、素直に思うところのことを老人に述べた。
 「この世の中、目に見えるものだけが真実ではありません。また人間の叡智を超えたものが数多く存在することも確かです。信じる、信じないではなく、幽霊のような、死を認知できない、あるいはこの世に心を残したまま亡くなった、浮遊する魂が存在したとしても決して不思議なことではないと私は思っています」
 「ほぉ……。長い間、この地にいるが、そうした話を聞くのは初めてのことじゃ」
 「しかし、私は、ご家族と記者の人が精神を病み、亡くなった原因が幽霊だけにあるとは、思えないんです。ご主人の知っている範囲で結構ですが、この家で、あるいはこの辺りで、昔、何か、大きな事件が起こっていませんか」
 老人は、深く腕組みをして目を瞑った。
 「幽霊が出没するということで一時期話題になったことがある程度で、別に大きな事件などない。しごく平和な土地じゃよ。この周辺は」
 私の思考をはぐらかすようにして老人が答えた。
 「ここは、墓地の跡地であり、山の中の一軒家です。一見、幽霊が出てもおかしくない環境ですが、環境がそうだからといって、必ずしも幽霊が出没するわけではありません。極端に恐怖心の強い人や幽霊の存在を信じない人は、ちょっとした作為を弄することで、簡単に幽霊と見間違い、錯覚してパニック状態に陥ってしまいます」
 一つの考えを述べただけであったが、老人はそれが気に入らなかったようだ。鋭い目で私を見て言った。
 「じゃあ何かね。わしが幽霊を作りだして、家族の精神を荒廃させ、記者もまたそうしたというのかね」
 そこまでのことを考えていなかった私は驚き、慌てて前言を撤回した。
 「断言しているわけではありません。可能性を話しているだけのことです。ただ、もし、ご主人が家族や記者を幽霊パニックに陥れたとしても、私にはご主人がなぜそういったことをしなければならないのか、その理由がまるでわかりません」
 老人は吸いかけたタバコを灰皿でもみ消し、新しいタバコに火を点けた。どういうわけか、老人はひどく動揺していた。
 先ほどからの雨はさらに激しくなり、鋭い雨音が大地を打ち付け、雨の止む気配がない。
 その時、稲光がして、辺りが一瞬、昼間のように明るくなった。数秒後、ゴロゴロと雷の音がすさまじい勢いで鳴り響き、ドーンと近い場所に雷が落ちたような気がした。
 その衝撃で電気が消えた。停電だ。まったくの暗闇になり、目の前にいるはずの老人の姿を見つけることができない。
 電気が消えたその瞬間、私は、信じられないものを目にした。老人が座っているだろう場所の背後に白い浮遊物が浮かんでいたのだ。それは、ふわふわと浮遊し、やがてある場所まで来るとピタリと停止した。
 それを見て、私は老人に言った。私には単なる浮遊物にしか見えないが、もしかしたら老人にはそれが何であるか、はっきりと見えているのでは、そう思ったからだ。
 「ご主人、あなたがどこにおられるかわかりませんが、後ろを振り返って見ていただけませんか」
 しばらくして、老人の絶叫する声が部屋中に響いた――。
 
 幽霊は、見る人によって姿が違って見えると聞いたことがある。私の見たものと老人の見たものとでは同じものでもずいぶん違っていたのだろう。老人の驚きは驚くという言葉では表現できないほどのすさまじいものだった。
電気が復旧し、部屋が明るくなった時、私の足音にへばりついて震える老人を見て、私は驚きを隠せなかった。
 「大丈夫ですか?」
 老人の肩に手をやると、老人は口から泡のようなものを噴出して私に言った。
 「あんたの言う通りじゃ。すべてわしの仕業じゃ……」
 そう口走ると、老人は私の前にひれ伏して肩を震わせた。
 一瞬、何が起こったのか理解できずにいた。しかし、老人は、私がすべてを知っていると誤解したようだ。あきらめたような表情で、訥々と語り始めた。
 
 ――四十年前、わしは家族と反発して、孤立しておった。一時は家を出て独立を試みたが、どこへ行っても長続きせず、家に帰ってブラブラしていた。そんな時じゃ、この場所へ引っ越すことになったのは……。
 引っ越してしばらくして、今日のように雨の降る夜、一人の訪問者があった。その男は、車がエンストして動けない、一晩の宿をお願いできないかと、ずぶ濡れになった体でわしたちに言った。荷物はボストンバッグ一つで、大人しそうな男だったから、親切心で泊めることにした。
 わしの旧い服を着替えに渡し、ご飯を食べさせ、風呂に入れた。不思議に思ったのは、その間、男がボストンバッグを始終手にしていたことだった。男が風呂に入った隙に、わしは男のボストンバッグの中を覗いた。何と、バッグの中には札束がぎっしり詰まっていた。驚いたわしは、家族にそのことを話した。
 この日、京都市内で銀行強盗があったことを知っていた両親は、男が強盗の一味ではないかと疑った。
 当時、わしの家は、父親が株で大損し、その借財のために困窮していた。土地を担保に金を借りればいいのだが、祖父が猛反対してギクシャクする中で、借金の請求だけが押し寄せていた。
 そういった事情があったから、訪問者の持っている金は魅力的だった。最初に言い出したのは父親だった。どうせ盗んだ金だ。奪われたとしても文句は言えないだろう。そう言って、父は訪問者が風呂へ入った隙を狙って、ボストンバッグの金を風呂敷に包み換え、空になったバッグの中に雑誌や紙を詰め込んだ。
 訪問者の男は風呂から上がると、すぐにバッグを点検し、金がなくなっていることに気が付いた。
 「すぐに金を返せ。そうしないと皆殺しにする」
 男の怒りはすさまじかった。家にあった刺身包丁を手にして私たちを脅した。
 だが、一度手にした金をたやすく返す父や祖父ではなかった。脅されながらも屈することなく、男に飛びかかると、わしも含めて三人で男を抑え込んだ。
 「おまえら、このままで済むと思うなよ」
 抑え込んだ男を黙らせようとした父が、男の手から奪い取った包丁で、誤って男を刺した。男は大量の血を流し、しばらくして絶命した。
 家族全員で、床下に穴を掘り、男の死体をそこへ埋めた。男の乗って来た車は、バラバラに解体して遠く離れた場所に捨て、わからないようにした。
 これで何もかもうまく行くはずだった。
 男のバッグに入っていた金額は当時の金額で五千万円と高額なものだった。父親はこのお金をすべて返済に充てると言い出した。これに反対したのが祖父母だ。わしも反対した。家族同士、三つ巴の醜い争いの中でわしはあることを思いついた。それが、この頃、この地域で噂になっていた幽霊騒動だ。
 殺した男の衣服を利用して、父親と祖父を脅かし、金から手を引かせ、独り占めしようと考えたんじゃ。加熱する幽霊報道で、父親も祖父も過敏になっていたところがあった。
 夜中、寝静まった頃を見計らって、わしは、殺した男の衣服を着て、父親の部屋の前に立った。顔を帽子で隠し、わからないようにして立っていると、気配を感じたのだろう、母親が起きて来てドアを開けた。わしを見た母親は、ギャーッと大声を上げ、父親を起こして、「殺した男が!」と絶叫した。
 わしは、父親が起きる前に急いで姿を消した。
 この効果は絶大だった。母親から、殺した男の幽霊が出たと聞いて、最初は笑っていた父も、それが二日三日と続くと完全に顔色を失くした。
 男を殺した張本人である父は、ほどなくノイローゼ状態になり、精神に障害を起こして首を吊って亡くなった。母親も同様にノイローゼとなり、父親を追うようにして亡くなってしまった。祖父母も時間の問題だった。わしは、祖母だけは死なせずに済むようにしたいと思っていたが、同じようにノイローゼになった祖父を追って、祖母もこの世を去った。
 これでお金がわしのものになり、万々歳のはずだったが、邪魔者が現れた。新聞記者が訪ねてきて、「本当に幽霊が出るのかどうか、確かめさせてくれ」と言う。
 断ったが、彼はしつこかった。仕方なく家に泊めたが、彼はその時、見てはならないものを見てしまった。
 殺した男の衣服に入っていた免許証を、わしとしたことが捨てずに机の上に置いてあったんじゃ。記者はそれを見て、わしに尋ねた。
 「この免許証は、銀行強盗を働いた塚本という男のものではないですか? それがどうしてここに……」
 記者は、仕事柄、行方不明になっている銀行強盗を働いた塚本のことをよく知っていた。仲間の一人が捕まったというニュースはわしも読んでいた。その一人が金は塚本が持っていると供述したことから警察は塚本を全国に指名手配していた。
 仕方なく、わしは、塚本という男が銀行強盗のあった日、大雨の中、この家にやって来て、泊めてくれと言ったと話した。それを聞いた記者は、ビッグニュースだと喜んで、社に報告するから電話を貸してほしいと言った。どうしようもなくなったわしは、電話をかけようとする記者の口をふさぎ、気絶させて谷川へ運ぶと、そのまま冷たい川の中に放り込んだ。
 記者がわしの家を訪ねることを、新聞社の誰も知っていなかった。秘密裏にわしの家を訪れたようで、それがわしには幸いした。幽霊騒動で話題になっていた時期ということもあって、警察は、記者が幽霊を見て、驚いて谷川に転落したのでは、と推理した。一度だけわしの元にも警察がやって来たが、わしは、そんな人は来ていません、としらを切った。すべてが自分の思い通りに行くように思っていたわしは、お金を持ってどこか遠くへ行くことを考えた。しかし、それを実行できなかった。家の下に死体が埋まっていることがばれれば、すべてが水の泡になる。そのためにも家を離れることはできない。わしは、床下に死体を埋めたまま、この家で暮らすしかなかった。
元々、料理が好きだったわしは、この地でラーメン屋を始めようと思いついた。この地域が幽霊の出没で話題になっていたことを狙って、夜中しか開かないラーメン屋を開いた。これが思いのほか人気になり、「幽霊ラーメン」と別名で呼ばれて店は繁盛した。
 四十年前と同様に、この辺りは幽霊の噂の絶えないところだった。わしは、幽霊など信じていなかったし、出会ったこともなかった。幽霊を見るのは気の弱いやつらだけだ。そう豪語していた――。
 
 老人の語りに誇張はなかった。すべてを吐き出したのだろう。老人は肩を落とし、そのまま寝入ってしまった。そして、そのまま起きることはなかった。
 その後、幽霊ラーメンが人の口に上ることはなかった。だが、たとえ幽霊でもいい。もう一度、あのラーメンを食べさせてほしい。そう思う人が多かったようで、夜中に廃屋を訪れる人の姿が後を絶たなかった。実は、私もそのうちの一人だった。時折、誘われるようにして幽霊ラーメンの廃屋を訪れることがあった。残念ながら、その後、幽霊ラーメンを食したことはなかったが……。
〈了〉

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