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【書肆じんたろ店主の毒になる話】ウイグル問題、ぐるぐるぐるぐる!

最近、北京オリンピック・パラリンピックをボイコットするかしないか、ヨーロッパや日本を巻き込んだ論争になっている。

えらいこっちゃ。
過去にはモスクワオリンピックで、ソ連がアフガニスタンに侵攻してそれに抗議するため、日本もボイコットした。
今度は、中国がどっかに攻め込んだりしたわけではない。
でも、ウイグルの人権問題とか。
で、ウイグルって何?
というのが日本に住む国民の多くの印象なのではないか?

だいたいウイグルがどこにあるのか知らない。この地図の赤線のところです。

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そこで、書肆じんたろ店主が読んだ4冊で、ウイグル問題を解説したい。

なんで中国政府はウイグルでテロ対策を名目にするのか?

今、在中国日本国大使館のホームページにこういう地元情報がある。

新疆ウイグル自治区
レベル1:十分注意してください。(継続)
ア 新疆ウイグル自治区では,2009年に区都ウルムチ等で発生した暴動により多数の死傷者を出しました。その後も,同自治区のカシュガル地区やホータン地区で無差別殺傷事件等が発生しており,2014年にはウルムチ市の駅前や市場(バザール)付近での無差別殺傷事件で多数の死傷者が出たほか,2015年にはアクス地区においてテロ集団による炭鉱襲撃により多数の死傷者が出ています。すべての事件が報道されていない可能性もあり,また,今後も不測の事態が発生する可能性は排除できないことから,引き続き注意を払う必要があります。

2015年に出版された金順姫『 ルポ 隠された中国』平凡社新書でこのあたりのことが書かれている。

この本の29ページに2014年までの事件が年表になっている。

・2009年のウルムチの大規模騒乱で197人死亡し、1700人以上負傷した
・2013年3月に武装グループが警察署を襲撃し、24人死亡した
・2013年10月に天安門前に車両が突入して炎上し、3人死亡した
・2014年3月に昆明駅で無差別切りつけにより31人死亡した
・2014年4月にウルムチ南駅で爆発で1人死亡した
・2014年5月にウルムチの朝市に車両が突入し爆発、39人死亡
・2014年7月ヤルカンド県で武装グループが元政府庁舎を襲撃し、37人死亡

これらの事件では容疑者がその場で何十人も射殺されている。そのほぼ大半がウイグル人。

中国はこれらを「東トルキスタン・イスラム運動」などの分裂勢力によるテロに対するものだと報道している。
テロ対策を強める一方で、ウイグルを少数民族として、就職難や教育格差を解消するため、貧困層が多い地区で高校無料化を実施したり、資源開発では地元企業の参入を増やすなどの方法もとっているらしい。
しかし、こういうアメとムチ政策でもウイグルの反発は収まらない。

この本の著者は、朝日新聞上海市局長として中国各地を取材していた。
他にもキリスト教の教会から十字架を外していること、農村の貧困を見捨てていることなどがルポされている。
しかし、取材している範囲は中国政府の制限内だというところが朝日新聞社の限界かもしれない。
中国政府がウイグルという少数民族が多数派の自治区で、イスラム教を抑圧しているのはこの本でも伝わってくる。イスラム原理主義の団体があるのも事実なのだろう。その詳細はこの本ではわからないが、報道に多いジェノサイドという表現が醸し出すイメージと、実際のウイグル抑圧は少し違うように思う。

中国政府によるウイグル人の民族浄化なのか?

ジェノサイド、民族浄化(エスニック・クレンジング)とニュースの見出しでウイグルの事態が報道されたりする。
ジェノサイド、民族浄化いうとナチスによるユダヤ人へのガス室送りやフセインのイラクによるクルド人居住地域への空爆やサリン兵器の使用などを想起する。

しかし、今回の中国政府によるウイグル人弾圧はちょっと方法が違うようだ。
ウイグルで起きていることを日本で知るのに一番いいのはこの本だろう。

福島香織『ウイグル人に何が起きているのか 民族迫害の起源と現在』PHP新書

著者の福島香織氏は、取材規制の強まる中、2013年12月起きた警官と住民の衝突でウイグル人14人が亡くなったコナンシャハルにも取材に行き、ウパールでは現地警察官とも観光客を装って話をしている。そこで出会った警察官は西安出身でウイグルの女性と結婚したこと、ウイグル人すべてをテロリストとして扱っているわけではないことがわかる。ジェノサイド報道とは異なるウイグルの日常もある。

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しかし、ウイグル自治区には監視カメラが多数設置され、便民警察ステーションといわれる交番のようなところがコンビニの数以上に設置されている。
逮捕され、「収容所」に入れられているウイグル人は100~200万人と言われている。ただこれは単に逮捕され、一時収監されただけの者も含まれているようだ。しかし、ウイグル人は1100万人なので10分の1以上が何らかの理由で身体の自由を奪われたことがあるとも言える。
収容所には「再教育施設」も含まれる。再教育施設は推計で1300カ所以上あるとウォール・ストリート・ジャーナルで報道された。
中国政府は、テロ防止の目的で次々と条例やガイドラインを実施している。
2016年には反テロリズム法弁法、2017年には「脱過激化条例」を施行した。しかし、これらはウイグル人の中国同化政策の一環だと言われている。
条例で禁じているのは「過激思想の宣伝・散布」もあるが、「他民族、他の宗教への信仰を持つ人間との交流や共同生活に対する干渉」「ハラル概念の拡大」などもある。
この条例では、自分がベールを被ったり、他人に被らせたりすることも過激化の象徴で禁止すべきものとされている。
さらに凄いのが「社会信用システム」と呼ばれる行動記録のスコア化。AIやITとインターネットをつなぎ監視網を構築した。そこではウイグル人であるだけでマイナス10ポイントとなるとか。
DNAや光彩も登録させている。こうなるとプライバシーの侵害以上の問題があるだろう。
ウイグルで拘束されているのは、大学教授や出版関係者、資産家なども多い。知識人の影響力を弱めることや資産の没収が目的ではないかと思われる。

今、ウイグルはどうなっているのか?

2019年までの状況はわかるが、今ウイグルはどうなっているのか?
中国政府による取材規制が強いので、なかなか実態がわからない。
そんななかで、『ウイグル人に何が起きているのか 民族迫害の起源と現在』の著者である福島香織氏が2021年の8月に『ウイグル・香港を殺すもの - ジェノサイド国家中国 』ワニブックスPLUS新書を出版している。

福島氏が1999年に初めて著者がウイグルを旅行で訪れたときには、漢族をほとんど見かけなかったらしい。しかし、今ウイグルの住民は、漢族:ウイグル人で3:7くらいになっているとか。
中国政府による漢族とウイグル人の融和政策が進んでいるということだ。パレスチナへのユダヤ人入植みたいなものだろう。

最近ではハイテクによる監視社会化は進んでいるようだ。2019年には中国国内で2億台あったものが、2022年には6億台になるらしい。
中国政府はウイグル人にスマホに追尾機能がついた監視アプリをインストールすることを強制した。
新疆ウイグル自治区への警官の増員、便民警務ステーションも増設した。その結果、新疆の犯罪逮捕数は約2200万人の人口に対して22.8万人で全国一となった。ウイグルの人口は中国全土の1.5%だが逮捕者の割合は全国の21%を占める。

取材が困難な再教育施設の実態だが、奇跡的に生還したカザフスタン人のオムル・ベカリ氏の証言も載っている。約8か月拘束され、暴力を伴う厳しい尋問を受けた。収監中に亡くなった拘束者も目撃している。カザフスタンからの出張中に拘束され、8か月も自由を奪われた。アムネスティへの妻の働きかけなどがあり、解放された。これが国内者だったらどうなるのだろうか。

最後に、在日ウイグル人のムカダンス氏との対談がある。日本でのウイグル研究の少なさ、日本人研究者のスタンスなどが問題にされている。中国との関係が悪化すると研究が続けられなくなるので沈黙するとか。

しかし、この本、習近平がいかに無能であるとかなど、伝聞、噂などの情報から書いている部分も多い。この本の信憑性を高めるためにも、そこは要らなかったと思う。

どうして中国政府はウイグル人を弾圧するのか?

では、どうしてそこまで中国政府はそこまでウイグル人を監視し、再教育しようとするのだろうか。

このことを理解する上では習近平の中国、いや中国共産党の政策を知る必要があるというのを教えてくれるのが橋爪大三郎・中田考『中国共産党帝国とウイグル』集英社新書だ。

橋爪大三郎は親中国派の研究者であると中田考氏が言っている。確かに奥さんが中国人であり、この対談でもわかるようにムチャクチャ中国の現在と歴史に詳しい。有名な社会学者だと思っていたが、この対談では中国共産党を社会学的に分析している。
対談相手の中田考氏は、日本のムスリム教徒としてイスラム世界に詳しい。ISに渡航する若者を援助したことで逮捕されたりしているが、イスラムの教えからすると当然のことをしたと思っているだけ。
ウイグル問題を中国現代史とイスラムの視点から知るという意味ではこの対談はおもしろい。
中田氏がイスラム国にいたとき、トルコ経由で中国から来ていたウイグル人に会ったことを話している。こういう情報を知ると、東トルキスタンの独立運動としてイスラム原理主義で活動しているウイグル人が存在することも不思議ではない。ウイグルは民族的、宗教的には漢族の中華帝国よりオスマントルコ帝国の方に近いのだろう。
中国政府に政治的に弾圧されているウイグル人のことは最近日本でも知られるようになったが、日本の研究者でも2000年代から『中国を追われたウイグル人-亡命者が語る政治弾圧』文春新書を2007年に出版するなど積極的に関わっていた水谷尚子准教授(明治大学)などもいるらしい。日本人のウイグル研究者のなかで声を上げている数少ない研究者の一人だ。これも中田氏の語っていることだが。

橋爪大三郎氏は、中国共産党を分析するには新たな概念が必要であると言っている。
どうしてか?
中国共産党は社会科学的にも「ほとんど唯一の事例で、他に類例がない」かららしい。
マルクス・レーニン主義、共産主義を標榜しているが、実態として中国共産党はそのどちらからも逸脱している。それは文化大革命を経て、鄧小平が登場してきた頃からだろう。
階級闘争があり、日本帝国主義に支配され、その結果、中国共産党はその抵抗運動から生まれた。指導者は毛沢東だった。資本主義と闘うため、資本主義に毒された動きを走資派としてレッテルを貼った。文化大革命で若者や知識人を農村で農作業をさせたり、資本主義との闘いの名目で中国社会を変えようと政治闘争を行った。それで、数千万人が死亡した。その後、鄧小平による「開放」政策という資本主義化が導入された。これは遅れた社会主義中国には資本主義の部分導入による生産力の向上が必要だという理屈だった。
今中国の国民には土地の所有権はないが、使用権が40年か70年ほどある。これはこの国家に私的所有権があるのかないのかマルクス・レーニン主義的には議論のあるところだろう。それを議論してもあんまり意味はないが。
その後、江沢民の時代では、三つの代表論「中国共産党は、先進的生産力、先進的文化、広範な国民の根本的な利益を代表する」という理論になった。
中国には憲法があるが、中国共産党はそこに規定されているわけではない。
大日本帝国憲法上の天皇の存在と中国共産党は社会学的には近いと思われるが、天皇は国家の機関として憲法に書かれていたが、中国共産党は憲法ができる前から存在していた存在なのだ。憲法には規定されていない。しかし、実質的には中国共産党が中華人民共和国という国家を作っている。
その結果こういうことになる。

この世界、社会(資本主義システム社会)は階級闘争によってできている。階級闘争は人類史を貫く普遍的な法則である。ただ、この法則は覆い隠されていて、普通、認識できない。この真理を認識したのは共産主義者だけである。まず、カール・マルクスが認識し、エンゲルスが認識し、レーニンが認識し、スターリンが認識した。彼らが本を書き、その本を読んで勉強した共産党の知識人や官僚たちが認識している。共産党に属さない人たちは認識していない。階級意識があるのは共産党に属している人たちだけだから。中国共産党は階級闘争の革命に勝利したから正しい。それは科学的社会主義に基づいた政党だからである。科学は正しい。だから中国共産党は間違わない。

こういう考えで、中国共産党と国家が運営されていた。
しかし、文化大革命で政治闘争があり、思想改造などの名目で約5000万人の人々が命を失った。
鄧小平が登場して、文化大革命の間違いを認めた。
しかし、このとき、四人組が悪かった。共産党のなかで間違った人がいた。毛沢東は30%だけ間違った。70%は正しかった。だから毛沢東路線は引き続き共産党の指導理論である。これからはそれを含めた鄧小平の理論で行こうということになった。
その後、中国は飛躍的に生産力を向上させた。鄧小平理論は正しいということになる。
江沢民の時代になると、マルクス・レーニン主義や毛沢東理論は実質的には必要なくなっている。ただ、国家の上に中国共産党の支配がないと10億人を超える人口の国を運営できない。だから中国共産党によるイデオロギー支配が必要になってくる。
その結果、中国的ナショナリズムが押し出されてくる。
中国は85~90%が漢民族であるが、残りは回族、チベット族、モンゴル族、満州族、ミャオ族、ウイグル人などの少数民族がいる。
中国共産党がナショナリズムの政党になればなるほど、この多民族国家をまとめる正当性がなくなってくる。他民族にはそれぞれ言語も持っている民族が多い。チベット族やウイグル人はそれぞれチベット仏教やイスラム教を信仰している。
一帯一路を政策に掲げ、中華帝国を目指す習近平の時代になるとウルトラナショナリズムの中国共産党になる。習近平は、自らを核心として、毛沢東、鄧小平の次の偉大な指導者としてのカリスマ化、ブランディングを行っている。
だから、中華帝国を一体として実現するために、ウイグルではテロ対策という名目でイスラム教を迫害し、民族融合の名目で民族を浄化する必要が出てくる。

では、習近平の「中国の夢」はどこから来るのか?
中国の夢=中国が世界のリーダーにならないといけないという考え方。
中国文明は優れていたのに、近代化にうまく成功しなかった。日本なんかは攻め込んでさんざん悪いことをした。自分たちが悪くない、悪いのは他国なのだという考え。今は、生産力も向上し、中国が世界で一番だと認めさせる立場になった。それでウルトラナショナリズムの中国共産党になる。

イスラム原理主義のテロ対策の名目でウイグル人をAIやITと結びついた監視カメラで管理するのは明らかに行き過ぎている。再教育施設を作り、そこに人口の10分の1を収容したりするのは、かつて文化大革命のときに思想改造を行っていたことと変わりない。
しかし、それは習近平の中国共産党のウルトラナショナリズム政策と結びついている。
これを止めされるのは容易ではないだろう。

中国がソ連の成功は国家として生産力を向上させたことだと理解している。だから国家が経済に介入してきた。しかし、その限界がわかり、鄧小平以降は資本主義を導入した。今、国家所有の企業は半分以下に減っている。
そして中国はソ連の失敗をペレストロイカにより市民に情報を公開したことだと思っている。だから、徹底的に情報を管理する。
民族自決についてソ連は一時認めた。独立した国も多い。中国も趙紫陽のときに自治を認める方向に傾いたこともあった。
しかし、それを認めるとチベット自治区も内モンゴルもと雪崩のように独立して、中華帝国が維持できない恐れがある。だから一帯一路、中国の夢の路線を歩む。

中国に欧米や日本の「人権」概念はない。ヨーロッパ発祥の人権は、もともと人類に普遍的に与えられている概念としての権利と考えられている。しかし、中国では、中国共産党が国家を通じて国民に与える権利としての「人権」なのだ。

この違いは大きい。中国共産党は生きている時代認識が違うのだ。

日本はウイグル問題にどう対処すべきなのか?

ウイグル人の「人権」が犯されている。
それは事実だろう。しかし、それはイラクによるクルド人の民族浄化やソ連のアフガニスタン侵攻のような軍事上の問題でもない。
そのときに、北京オリンピック・パラリンピックをボイコットすべきなのだろうか?
日本とウイグルとの直接の関係は、ウイグルからの留学生の家族が再教育施設に収容されたり、元留学生がそこで命を落としたりしていることだろう。

ウイグルの問題を対中国の政治問題にしたがる主張も目立っている。

今こそ、力こぶを見せるべきだろう外交である。

しかし、その前に中国政府に対して、ウイグルの今の実態を知らせる要求をすべきだろう。実態がどうなのか? それを共通認識にすることから始めるべきだ。
それすら内政問題として中国政府が拒否するなら、世界共通の概念になっている平和の祭典である「オリンピック・パラリンピック」を北京で開催すべきではないだろう。

日本がもし中国政府に求めるとしたら、まず取材の自由化ではないだろうか。これは国内メディアだけでなく、外国メディアにも認めるべきだ。
その上で、日本国民に問いかければよい。この事実をみてどう思うのかと。
この地でオリンピック・パラリンピックを開催すべきなのかを。

そのためにも、まず、このことを一番知っている日本のウイグル研究者が声を上げるべきだろう。

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