見出し画像

バベルの塔をぶっこわせ

2泊3日でロシアの極東、ウラジオストクをともだちと二人でおとずれました。
成田からのフライト時間ははおどろきの2時間半。大阪より近い。

1日め
空港では時間通りにチェックインしたのにともだちとは座席が離れてしまった。シベリア航空は手強いとのうわさはほんとうかもしれない。おなじ飛行機にはシニアの日本人ツアー客がいっぱいいてにぎやかだった。

となりの席はツアーの参加者だという60代くらいの女性で、どんなツアーなんですかと聞いたら「カムチャッカ半島のめずらしい高山植物をみに行くの!」とウキウキ話してくれた。カムチャッカ半島の高山植物だなんて、のんびりした印象のシニアたちとは裏腹にけっこう高度なツアーなのではないだろうか…。

女性はわたしのことをすくなくとも4、5歳は若く見積もっていたようで、ホテルは取ったのとか夜は出歩かないほうがいいわよとか冷房寒くない?とかいろいろ気にかけてくれた。すこしおせっかいだったが気のいいひとで、フライトのあいだじゅうおしゃべりをして過ごした。機内食のサンドウィッチを「意外とおいしいわね!」と何度もいうのがおかしくて、途中でコーヒーを吹き出してしまった。

ウラジオストクは22℃と思ったよりあたたかくて、用心してストールやセーターなんか持ってきたことはばかげていた。空港につくと、事前に頼んでいたホテルまでの送迎スタッフが出迎えてくれた。スタッフというからピーター・陳みたいなエージェントを想像していたのだが、今回はマルクくんという、なんと20歳の大学生だった。話を聞くと夏休みのアルバイトにこの仕事を選んだそうで、大学では日本語を勉強しているという。ひょろりと背が高くてハンサムで、流暢ではないが一生懸命日本語を話してくれる姿がかわいい。すっかり油断して送迎車までたどりつくと、中からスキンヘッドにサングラスをかけたロシア版のブルース・ウィリスみたいな運転手が出てきてちょっとびっくりしてしまったのだが、彼は途中でレートのよい両替所に寄ってくれたりして親切だった。

ホテルは部屋からアムール湾が一望できることのほかはけっこうぼろくて、浴室はバスタブがなく、アメニティと呼ぶべきものはタオルを除いてなにひとつなかったし、廊下にはラッセンみたいなうさんくさい海洋動物の絵が延々と飾ってあってなんだかシュールだった。

ウラジオストクの日の入りはおどろくほど遅く、21時を過ぎてもまだ明るい。この日はホテル近くのレストランでボルシチや、ペリメニという水餃子のような料理をたべ、海岸沿いの遊歩道をさんぽした。週末の夜らしくあやしげな屋台やアイスクリームワゴンや大道芸人でにぎわっていて、観光客も多くいた。屋台のひとつがやけに行列していて、なにかと思ってのぞいてみたら中華のテイクアウトだった。そこにいる人ほとんどが、海外ドラマや映画なんかでよく見る、台形の箱をつついて中華麺をすすっている。わたしもともだちもその光景に惹かれてしまったのだが、ついさっき食事をとったばかりなのでやめておいた。あれは夜中の、えもいわれぬ空腹のときにたべるのが正解なのだと思う。

あしたは中心街に行ってみようねと言って眠りにつく。床や壁が薄くて、夜中じゅうどこかの客室のダンス&ミュージックを爆音で聞かされたおかげで3度も目がさめたが…。

2日め
朝からとても晴れていて暑かった。あまりにくっきりとした青空で「絵じゃん」と言ってわらったが、半袖のシャツを一枚も持ってこなかったことを後悔する。カモメの鳴き声で早くに目がさめたけれど(キュルキュルというのどかなものでなく、ギャーッというヒチコック的なそれ)、日没がおそいのをいいことに、午前中は10時ごろまでホテルにいた。

↑歴史的建造物のボリショイ・グム

ウラジオストク市内はすべて徒歩で移動できる。もちろんバスなどを使ってもよかったのだが、なにせ看板からなにから街じゅうキリル文字だらけで、これはほんとうに何が書いてあるのかまったく見当もつかないのでやめておいた。考えてみれば、英語圏と中華圏以外の場所を訪れるのはほとんど初めてだった。歩いている途中でロシア人のおばあさんに何か話しかけられたが、何を言っているのかわからなくて無視してしまった。ニコニコ笑っていたので好意的な何かだとは思うが、わからなくて申し訳ないと思う。おなじ人間なのに意思疎通がまったくできないというのは、つくづくふしぎなことだ。

午前中は行きたかったボリショイ・グム(百貨店)や中央広場のマーケットをめぐって、おみやげを買ったり途中でカフェに寄り道したりしてのんびりと過ごした。マーケットでは軒を連ねるテントの下でたくさんの果物や野菜や魚が売られていて、地元の人々でにぎわっていた。ザクロとブルーベリーの中間みたいな変わった木の実を見つけて、気になったが買わなかった。カゴに山盛りの木の実、ああいうのはどのようにして食べるのだろう。すりつぶしたり、煮詰めたりするのだろうか。そのままぱくぱく食べるには量が多い気もする。

中央広場のおみやげ屋で、ロシア歴代閣僚の写真が印刷されたトランプや旧ソ連の国章ピンバッヂを買った。プーチン大統領やソ連のグッズを買うことは、今回の旅のひそかな目的だったのでうれしい。

中国や韓国との関係がふかい特殊な土地柄か、街では中韓資本らしいレストランや宝石店などをけっこうみかけた。とうぜん、両国からの観光客も大勢いて、なんだか独特な雰囲気だ。日本の地方都市とおなじように、まだアジア圏からの観光地としての準備が整いきっておらず、少々困惑しているふうではあったが。街なかでは、しばしば「どこから来た」と聞かれた。日本人だと伝えるとすこし表情をやわらげるけれど、どこか思うところはあるのかもしれない。

さすがかつての軍事都市らしく、中心街のはずれには戦車や砲台の跡地など戦争にまつわるものが多かった。不沈艦とよばれたらしいC56潜水艦のモニュメント(ほんものの潜水艦の内部に入れるのだ)を見学したあとは、狭いところにいたせいかくたびれてしまってわたしもともだちも無口になった。だまって歩いているうち、行こうとしていたウラジオストク駅やレーニン像のある広場にちょうどよく着いて、近くの大衆食堂で休憩する。市内はほんとうにこじんまりしていてコンパクトだ。ウラジオストクの駅舎はとても立派で、シベリア鉄道の終着駅にふさわしいたたずまいだった。

夕食はホテルのそばの屋台にまた出かけていき、きのう食べそこねた中華のテイクアウトをたべてみた。変わった味付けだったがおいしい。湾岸をのぞむ、きのうは見なかった夜景がけっこうきれいで、屋台のすぐ隣のオープンデッキでHELLO HONEYという名前のかわいい蜂蜜いりカクテルを飲んだ。夜なのに明るいというのはなんだか得した感じがして良い。行く前は治安を気にしたりもしたが、港町であることがそうさせるのか、皆なんとなくおおらかで素朴な雰囲気がある。香港やニューヨークでは街を歩いているとものすごくお金持ちそうな人や、反対にものすごく貧しそうな人と時おりすれ違ったりしたものだが、ウラジオストクではそのどちらも見かけなかった。つつましやかな営みというのが見てとれる。

そういえば、ロシアの女性はなんだかキュートだ。きのうのレストランやカフェではかわいいエプロンのウェイトレスがいたずらっぽくほほえみかけてくれたし、雑貨屋さんでは店主のおばさんが歌をうたいながらこちらの買うものにたいして「これは手づくりのブローチだからとても良いわよ」「プーチンのカードなんか買ってどうするの?」みたいなことをいちいちコメントつきで会計してくれたりしてたのしかった。英語はあまり通じない、とガイドブックには書いてあったが、わたしもかんたんな単語くらいしかわからないので「コーヒー?」「オーイエス」などというお互いに基礎英語Ⅰくらいのレベルで会話が成り立って逆に良かった。

↑あこがれの中華ボックス

3日め
東京には夕方ごろ、じつにあっさりと着いた。
朝はとくになにもせずたっぷりと寝て(そのおかげで朝食は鳥の餌のようなものしか残されていなかったが)、ホテルのフロントにはおとといとおなじあのアルバイト青年・マルクくんが迎えにきてくれた。彼はチェックアウトの手続きを済ませたあと「実は…」と急に改まって、ほんとうはおとといがアルバイトの初日だったこと、それゆえに色々と失敗があって申し訳なかったというようなことをゆっくりと話して「すみませんです」とお辞儀をした。なにか失敗があったなんてまったく思わなかったし、わざわざじぶんの気持ちを伝えてくれたことに胸打たれてこちらが動揺してしまった。なんて素直でやさしい青年なのだろう。旅のあいだ、わからないといってちっともロシア語を覚えようとしなかったことをすこしだけ反省した。自国のことばで話しかけてくれることはいつだってうれしいはずなのに。

マルクくんはいくらか緊張がほどけたようで、空港までの道のりで、どこに行きましたかとか日本語はおもしろいですとかいろいろと話しかけてくれた。おとといよりもちょっとだけ流暢な日本語を話してくれたのは、うまく伝わらない歯がゆさなどがあったからかもしれない。一語一語確かめながらも、ところどころで「印象的」とか「一昨日(いっさくじつ)」とかいう複雑な単語をつかうので興味深かった。日本には行ったことがあるのと聞くと、きまり悪そうに「3年生になったら行きたいです」と言っていた。とくに行きたいのは大阪だそうだ。叶うといいね。

空港は混み合っていて、たくさんの旅行客にまじって誰かを迎えたり見送ったりする人を多くみかけた。空港というのはどこの国でもドラマチックだ。

帰りの座席もともだちとは離れてしまって(ともだちは隣の席にしてほしいと交渉してくれたのだが、問答無用でNOと言われた。シベリア航空はてごわい)、となりはロシア人のカップルだったので特に会話することもなく窓の外をながめて過ごした。機内食はおとといとまったくおなじチキンのサンドウィッチが出た。おとといとおなじなのになんだかひどく味気ない気がして、となりで「おいしいわね!」などと言うひとがいないとそのように感じるのだろうなと思った。カムチャッカのめずらしい高山植物はぶじに見られただろうか。

Only you
家について、てきとうに荷ほどきをして休む。撮った写真を見返しながら、紅茶の箱やらマトリョシカの形のチョコレートやら、ひとにあげるおみやげをひとつずつ眺めているうち、それを渡すときがたのしみになったりする。

旅行をするたび、じぶんのものよりだれかのためのおみやげのほうが多いのは、それを口実にしてあなたに会いたいというほかに、語るべき理由はみあたらない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?