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化け狸の現代病【掌編小説】

 むかしのこと、百年を生きた妖怪狸のおはなし。

 経験をつんだ古狸は、簡単な妖術が使えるようになる。
 人そっくりに化けるほどの技量はないが、姿かたちをごまかす程度の目くらましなら、苦もなく使えるようになった狸がいた。

 狸もそれくらいになると、人里に下りて食べ物をちょろまかすことを知っている。
 この狸は甘いものに目がなかった。
 村で祝い事があるたびに出没しては、祝いの菓子ばかり狙うので、村人たちに苦々しく思われていた。
 やがて菓子は厳重に見張られるようになり、わなや鉄砲で狙われる回数も増えて、それでも甘味のほしい狸は、村はずれの地蔵堂に目をつけた。
 月に一度の供養には必ず菓子が供えられることに気がついたのだ。
 お供えの団子や饅頭が盗まれ始め、地蔵堂も警戒されるようになった。

 ある日、狸が地蔵堂へ赴くと、うまそうな饅頭を犬が見張っている。
 犬と渡り合えるほどの度量はないから、遠巻きによだれを流して見ていたのだが、どうも風向きが悪かったらしい、犬に見つかり吠え付かれ、あわてて闇雲に逃げ出した。
 ところが見張りは犬だけではなかったようで、あちこちから狩人が出てきて鉄砲を手に追ってくる。
 さすがにこれでは命が危ない。
 古狸、やむなく渾身の妖力をしぼりだして変化の術を使った。
 あわてていたところへ先ほど地蔵を見たばっかりだから、なんだかみょうちくりんな形になってしまったものの、とりあえず一個の石に化けて、なんとかその場をやり過ごす。
 そうして追っ手を撒いてしまうとなんだかどっとくたびれて、狸は、石になったままそこで眠り込んでしまった。

 どれくらい眠ったか、腹が減って目を覚ました古狸、ひとつ伸びをしてもとの姿に戻ろうかと思った矢先に人の足音を聞きつけた。
 うっかり街道沿いで化けてしまったから、ちょくちょく人が通るのだ。
 しかたなくじっと待っていると、人間が二人、こちらへ歩いてきて、狸の前でふと足を止める。
「おい、立派な石だな、地蔵かと思った」
「ほお、仏の立ち姿みたいじゃないか」
 はやく行っちまってくれとあせる狸の気も知らず、旅人二人はしきりに感心して狸の石を眺め回してちっとも動こうとしない。
 このままでは腹がなりそうだ。
 冷や汗に尻尾をぬらしてどぎまぎしていたら、なんと旅人二人、手を合わせて狸を拝み、穴あき銭と握り飯を置いていった。

 腹の減っていた狸。喜び勇んで術も解かずに握り飯をむさぼった。
 そうして考える。これはうまいやり方を見つけたもんだ、うまくすれば饅頭にもありつけるかもしれないぞ。

 狸の思惑は的中した。
 石の前の穴あき銭を見た旅人は、ははあと勝手に得心して、みんなお供えをするようになったのだ。
 小銭を置く者が多いが、なかには食い物を置いていくものがいる。
 居眠りをしていれば自然に食事が手に入る。
 狸はこのやり方がすっかり気に入った。

 やがて、街道沿いの石仏の噂はひろまって、村のものたちもこぞって食べ物を供えるようになった。
 なにせ供えたそばからなくなっていくのだ、石仏はお供えを歓迎しているに違いない、ということになる。
 あんまりどんどんお供えが消えるので、噂は遠くの有名なお寺に届く。
 話を聞いた坊様が、
「それは飲まず食わずで修行して即身成仏なさった偉い昔の僧侶の霊が宿っているのじゃなかろうか」
なんてそれらしいことを言ったものだから、よけいにご馳走が集まるようになり、しぜん、高価なお菓子もどんどんやってきた。時代が移ればお菓子も変わる。最近では団子や饅頭のほかに、南蛮渡来のバターケーキなんてしゃれたものもあったりする。

 あんまりたくさんご馳走を食べて、しかも動かずにすむものだから、古狸、このごろメタボになってしまったらしい。
 石仏さんちょっと太ってきたんじゃないか?なんて、ひとの口にのぼるようになった。
 それからというもの、夜な夜な山野をジョギングする石が見られたとか見られないとか。

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