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利他的 vs 利己的

生態学が好きな私は、「ダーウィンが来た」などの野生動物番組をよく観ます。その中で、母親が自分を犠牲にして我が子を守ろうとする場面をしばしば見かけます。

例えば…

ヒナを狙っているキツネに気づいた母ヒバリは「飛べないフリ」をして相手の意識を自分に引きつける。

自分を犠牲にして子を救おうとするこの行為を、生態学では「利他的行動」と呼ばれていますが、このことについて多くの動物学者が様々な角度から研究・言及をしています。

例えば、この行動は、子を守ろうとしているのでなく、自分の遺伝子を守ろうとしている「利己的な行動」とある動物学者は提示しています。なるほど、子への愛情ではなく、自分の遺伝子を守りたいというシンプルな欲求から来ているということですね。

さらに、別の学者は、「自分の」遺伝子ではなく「引き継がれてきた」遺伝子を守る行為である、という見方しています。子の命や自分の命を超越した「承継的行為」とも言えます。

利他的な側面、利己的な側面、継承的な側面。いろいろな視点がありそうですね。
真相は、動物学者の方の今後の研究に期待するとして、私たちヒトの場合どうのでしょうか?

例えば、技を伝える・知識を教える・事業を継がせる。それは、利他的なのでしょうか?利己的なのでしょうか?継承的なのでしょうか?

動物は、生体プログラムとして動いています。最初から決まっているのです。しかし、ヒトの場合は「選択」ができるのです。
その行為は、利他的なのか?利己的なのか?承継的なのか?

いい意味でも、厄介な意味でも、選択できるのがヒト。
それは、どの自分で生きるか?を問われている気がします。


秋山ジョー


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