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読書感想『毒をもって僕らは』冬野岬著 ―少年少女はいつの時代も苦しい―

「この世界の、薄汚い、不幸せなことを私に教えてくれないか。もっと、もっと、もっと」
冬野岬『毒をもって僕らは』ポプラ社 2023年 8頁


世界は汚いことであふれている。

いじめや殺人、政治家の汚職、最近は動画投稿サイトでの炎上が後を絶たない。見るたびにうんざりするし、こんな世界でこれからも生きていくなんてと絶望さえしてしまう。

第11回ポプラ社小説新人賞特別賞を受賞した冬野岬著『毒をもって僕らは』という小説は16歳の誕生日を迎えた木島道歩が、余命宣告をうけた少女、綿野詩織と出会う場面から始まる。

病院で過ごし、年相応の生活を送れずに生きてきた綿野は、せめて外の世界は汚いものだと思いながら死にたいと吐露する。そんな彼女の身近な不幸を教えて欲しいというお願いを実現するため道歩は病院に通うのだが―
というのがおおまかなあらすじだ。

余命いくばくかの少女×根暗な男子高校生という構図は物語にありふれているのだが、2人が親睦を深める理由が「不幸」というのが目新しいなと思う。

木島はクラスでいじめられているはいるが、綿野に話すネタが増えたとむしろ都合の良ささえ感じている。だがそれでも精神的なストレスは大きく、限界を迎えてしまう場面は読んでいて痛ましかった。

本作の特徴は、高校生たちの不遇な状況への向き合い方だ。

余命宣告を受けた綿野やいじめを受けている木島に限らず、木島の幼馴染である矢野は、両親の厳しいプレッシャーから暴走する。
また、矢野の知り合いの斎藤も過去の事情をきっかけに自らの美学を誇示している。

はっきり言ってみんな醜いし、ダサいし、見ていられない。性格も悪くて誰も報われない。けれど、そういう醜さこそ本来の人間の姿だと思ってしまう。そして美しいとすら感じてしまうのは、僕の性格が悪いからだろうか。

大人になればなるほど、世界の汚さが見えて苦しくなる。その汚さに見て見ぬふりをして、それなりに生きて、そして死んでいく。

だが少年少女たちは、自分の身の回りこそが世界で、その世界で生き抜くことですら苦しいのだ。

その若いからこその視野の狭さが、衝動となって彼らを襲う。読んでいるとそういう醜さからくる人間の強さをひしひしと感じる。

時間が解決してくれるよ、と言いたくはなるけど当事者に言うのはちょっと酷だなあと思う。時間が経った後のことなんか想像なんて出来ない。それより今日と明日くらいしか考えられないのだから。

それでも、彼らが抑えきれなかった衝動や、もがいた日々が、未来でいつか思い出す日がくるのならせめて緩やかな気持ちで思い出してくれればなと思う。

それにしてもやっぱりありふれた物語でも、死を前にした人間を美しく感じてしまうし、それを糧にして生きる少年にも惹かれてしまう。
現実ではそんなことがないくらい悲しいのだろうけど、まあそれは物語でしか味わえない功罪なのだと思う。

儚さや人間の汚さ、そして最後の少年の思いをあなたはどう感じるだろうか。ぜひ、読んで確かめてみてほしい。


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