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ラザー・バイヤーとの交流会 レポート

先日、オーストリアのビオワイナリー、ラザー・バイヤー(Raser-Bayer)からダニエラさんとアンディさんご夫妻が来日し、お客様との交流会を開催しました。
私たちがワイナリーの方と一緒になってイベントをするというのは、今回が初めて。その最初の一回目をラザー・バイヤーと共に開催することができたのは、とても嬉しいことです。

というのも、ラザー・バイヤーのワインは当店でも「毎日のお酒」として輸入当初より長く販売しているだけでなく、個人的にも大変気に入っているワインだからです。これまでも、仕事終わりに家に持ち帰っては、よく晩酌に飲んできました。今後も変わらずそうすることでしょう。

また、この店を開いてから初めての海外出張で、まず訪れたのもこのワイナリーでした。ホフライン(Höflein)の小ぢんまりとした町並みと丘の上の小さな教会、斜面を覆うブドウ畑と遠くににょきにょき立ち並ぶ風力発電の風車。横殴りの風に飛ばされそうになりながら畑を歩き、ワイナリーの家族と一緒に食べた食事の味は今でもはっきりと覚えています。

ワイン大国オーストリア

その前に、そもそもオーストリアがワイン大国だということを知らない人もいるのではないでしょうか。ワインを常飲する人たちの中では以前から知られていましたが、輸出の為の港を持たない内陸国オーストリアのワインが日本でも手に入れやすくなったのは、ここ5~10年のことだと思います。

イベントご参加者の中からも、「オーストリアはビールのイメージが強かった」との声がありました。確かにビールもたくさんありますが、オーストリアでカフェに入ると、コーヒーと同じ値段でグラスワインを飲むことが出来ます。そしてこれが結構美味しい。品質管理もしっかりとされていて、そういう意味ではフランスよりもボトムのレベルは高い気がします。

アンディさんが答えて言うには、

「オーストリアは日本と同じように山がちの国。西側はアルプス山脈で、東側はパノニア平原に繋がる平野地。平野が多い東側にワイン産地が集中していて、西に山を登っていくとビールの世界になる。」

とのこと。彼は山側の出身で、結婚してラザー・バイヤーの畑で働くようになってから、「山がない!」とショックを受けたと、後日笑いながら話してくれました。

見渡す限り平野のホフライン

ラザー・バイヤー(Raser-Bayer)

さて、今回来日したラザー・バイヤーは前述のホフライン(Höflein)という町にあるビオワイナリーです。ウィーンからは車で南へ30分ほど。
ダニエラさんは主にホイリゲ(後述)と販売を担当し、弟のミハエルさん(畑仕事があり今回は来日してません)が中心となって畑仕事と醸造をしています。

イベント中にも触れましたが、このワイナリーはワイン用のブドウ畑だけでなく、生食用のブドウ畑やその他の果樹園(プラムや洋梨など)、大豆畑、そして林(セントラルヒーティング用のウッドチップになる)も所有しています。

生食用のブドウ

それというのも、ラザー・バイヤー(Raser-Bayer)というワイナリー名は、ダニエラさんの父方の姓と母方の姓をハイフンで繋げて作ったもの。父方のラザ―家は果樹と林業を、母方のバイヤー家はワイナリーで生計を立てていて、その両家が結婚したのだからワインも果樹も大豆もあるのは当然のことです。

大豆畑

だから、ブドウ畑がある丘陵地から車に乗り、平坦な所までやってきたらプラム畑や大豆畑がある。去年私たちが訪れ、一緒にブドウ畑を見て回った時には、ついでに足を延ばして大豆畑の様子を見て雑草を抜き、おばあちゃんがケーキに使うからと隣の畑でプラムを5,6個摘んで帰っていました。

そしてそこからもう少し行けば、4世紀に建てられた古代ローマの凱旋門や円形闘技場跡があり、これがハイドンの生家と並びこの町の主要な観光スポットになっています。

有名な古代ローマの遺跡「Heidentor」

このように、ワインだけでなくホフライン全体の文化と繋がっているのが、このワイナリーの面白いところでもあります。


ホイリゲについて

ホイリゲとは、簡単にまとめてしまえばワイナリーが経営するレストランの一種で、冷菜と自家製のワインだけを提供するワイン酒場です。
多くはワイナリーに併設されていて、大抵の場合はワイナリーのおばあちゃんがパンやケーキを焼いています。ラザー・バイヤーのケーキはおばあちゃんお手製。パンは近所のパン屋から仕入れています。

おばあちゃんのチョコレートケーキ


そんなホイリゲで食べられる食事は、ハムにチーズ、パンとサラダ、ゆで卵。盛り合わせの上には必ず西洋わさびの細切りか、それでなければ小口に切ったチャイブが散らされていて、大根のつまやわさびのように口の中をさっぱりさせてくれます。
野菜は旬のものをできるだけ近くから買ってサラダにする、ハムやチーズのような脂肪分があるものには薬味を乗せて爽やかに食べる、というこの舌感覚は、私たち日本人の普段食の感覚と、とても近いところにあるように思います。

ラザー・バイヤーのホイリゲにて

このようなホイリゲの食事と一緒に飲まれるワインは、オーストリアの人達の舌にしっくりくるだけでなく、私たち日本人の普段の食事とも随分しっくりくる味に作られています。加えて、ダニエラさんが自分のところのホイリゲで働いているように、ワイナリーの家族が、自分たちのワインがどのように楽しまれているのかを、自分たちのホイリゲで直接目にしているということが、メーカーの立場でありながら酒飲みの目線でワインを作ることを可能にしています。


この消費者と生産者、そして生産地の距離の近さが、ホイリゲを経営しているワイナリーの大きな強み。ラザー・バイヤーのブドウ畑もほとんどはワイナリーから徒歩圏内にあり、一番遠いところでも5kmしか離れていません。とはいえ、イベント参加者からも言われていたように、畑に着いてからが仕事の本番なので、普通は車やトラクターで畑まで向かいます。「ワイナリーの人間にトラクター免許は必須!」と、イベント中ダニエラさんが自分の免許を見せてくれました。

畑の畝に入ることができる小型のトラクター

ケラーガッセは等身大のワイン作りの歴史

ホフラインの風景を彩るのは、大きな風車だけではありません。ブドウ畑の横には、昔使われていた小さなワインセラーが立ち並びます。これは「ケラーガッセ(Kellergasse)」と呼ばれる、かつてのワインセラー通り。ワイン農家が自家用と地元販売用に小さい規模でワインを作っていた、等身大のワイン作りの歴史を偲ばせます。

現在は使われていないケラー

今も使われているのですか?との質問がありましたが、現在はほとんど使用されておらず、物置のようになっています。アンディさんによると、「しっかり改装して、樽で寝かせた赤ワインの熟成庫として使っているワイナリーも、中にはある。」とのこと。

「ケラーガッセのセラーは奥が地下になるように作られている。昔は今のようにブドウの果汁を移動させるポンプや動力がなかったから、地上部分の入り口でブドウを搾り、果汁はセラーの中で受け、というように重力にしたがってワイン作りが進んでいく仕組み。一番奥(つまり一番地下)は、発酵が終わったワインを熟成させるのにちょうどよい湿度なんだ。」
と教えてくれました。

ケラーガッセの風景


ボトル一本開けなくては

イベントの中で、何度かダニエラさんが口にしていた印象的な話があります。それは、ワインをボトル一本楽しむことの大切さ。わたしたちも、グラス一杯分の試飲では、そのワインのことはほとんど分からないと考えているので、お話しを聞いていて何度も頷くところがありました。

「ホイリゲのワインメニューには、グラス(1/8L)の値段とボトルの値段が載っているけど、グラスはお味見用みたいなもの。気になるのを色々試してみるけれど、メインはボトルで注文する。」

また、2週間前にはドイツで今日のような試飲のイベントを行っていたそうですが、「ドイツやオーストリアで今日みたいな試飲イベントをやると、必ず全てのボトルが空になる。」と言っていたのには、少し体質の違いを感じてしまいました。とはいえ、この日のイベントでも結局ほとんどのボトルが空になっていたのですが。

試飲したワイン

この日のイベントで試飲したワインは5種類。日本にも輸入されている1Lボトルのグリューナー・フェルトリナーとツヴァイゲルト、そして日本未輸入のグラウブルグンダー、ツヴァイゲルトのロゼ、ピノ・ノワールです。

白のグリューナー・フェルトリナーと赤のツヴァイゲルトはオーストリアの基本。「国全体での栽培面積がとても多く、どのワイナリーも、ほぼ必ずグリューナーとツヴァイゲルトを植えている」とのこと。(シュタイヤーマルク州のワイン産地では多少変わってきます。ダニエラさんが説明しているのは、ワイナリーがあるカルヌントゥムを含むニーダエスタライヒ州の話だと思います)

ツヴァイゲルト

赤のツヴァイゲルトは、こちらの事情で昨年買い込んでいた古いラベルのものが残っており、ダニエラさんも「このラベルのロットはワイナリーにももう残っていないから飲めないけれど、すごく美味しい!今開けてとても良いね。」と喜んでいました。

グリューナー・フェルトリナー

白のグリューナー・フェルトリナーは、さっぱりとして明るく、フルーティ。シンプルな味ながら、というかだからこそ、ついつい手が伸びてしまう美味しさです。
「低温で発酵させた方がフルーティな香りが出る。」と、ダニエラさんが白ワイン発酵用の、温度調節機能がついたステンレスタンクの写真を見せてくれました。


ツヴァイゲルト ロゼ


ツヴァイゲルトで作られたロゼは、ふんわり柔らかく、とても優しい味の辛口。先ほどの発酵の話の続きで、ロゼの作り方も説明してくれました。

「ロゼは途中まで赤ワインの作り方で、途中からは白ワインの作り方。ブドウをまるごと、果皮や種も一緒に発酵させると色が出て赤になるので、6時間だけその赤の作り方をして、途中で搾って果汁だけ白ワイン用のタンクに移し、そこからは白と同じように低温発酵させる。」

ロゼワインの製法は、ラザー・バイヤーの畑があるホフラインの気候とよく合っていると思います。赤ワインのような味の膨らみがあり、なおかつ白ワインのようなサッパリとした後口がある。このロゼも早く日本に輸入されると良いのですが。

グラウ・ブルグンダー

グラウ・ブルグンダーは肉とよく合う白。ダニエラさんも、「今テーブルに出されているハムととても美味しい。ホイリゲでは色んな種類のハムの盛り合わせが典型的なメニューとしてあって、そういうものとよく合います。」と説明していました。

このグラウ・ブルグンダー(一般的にはフランスの呼び名「ピノ・グリ」で知られています)と、最後に飲んだピノ・ノワールは「世界中に植えられているインターナショナルなブドウ品種」。こういったブドウは品種の味が強く、どこで飲んでも同じような味になってしまうのが良い点でもあり悪い点でもありますが、ラザー・バイヤーのピノ・ノワールは3ヴィンテージ目にしてすでに、想像以上にこのワイナリーの味に仕上がっていて、とても素晴らしいものでした。

ピノ・ノワール

ダニエラさんにその話をすると、彼女も同じような考えで、新しく購入した畑にピノ・ノワールが植わっているのをはじめ見た時は、要らない品種が植わっていてどうしようかと頭を抱えたそうです。

「ピノ・ノワールを好きな人が多いのは知っているけど、個人的にはこのブドウは好きじゃなかったの。でも、弟が作ったこのピノ・ノワールを飲んで、すごく好きになった。このピノはとっても美味しい。」


ちなみに、このピノ・ノワールも含め、ラザー・バイヤーは現在10種類ほどのワイン用ブドウを栽培しています。近所で廃業したワイナリーの有機栽培緒畑を購入した時に、既に色んな品種が植わっていたのが多品種なラインナップの理由だそうで、ダニエラさん本人もちょっと種類が多いなと感じているそう。それでも「ラザー・バイヤーでワインにするとラザー・バイヤーの味にちゃんとなって、嫌いだった品種も好きになってしまう。どの品種をラインナップから外したらいいか、決めかねている。」と困り顔でした。


ワイナリーの人間としての発言というよりも、ひとりのワイン好きとして話すダニエラさんの言葉には、全く距離を感じません。とても親近感のわく作り手です。

収穫直前のツヴァイゲルト




オーストリアの日常酒を、日本で飲むことについて

さて、イベントではご参加者の質問も多く飛び出し、ここに書き切ることができないほど多くの面白い話を伺うことが出来ました。ここまで読んで頂ければ分かるように、ラザー・バイヤーのワインは基本的に、地産地消で楽しまれる、美味しい日常酒です。輸出を始めたのもここ数年のことで、今でも週末にはウィーンのレストランやワインショップに車で納品しに行っていると話していました。

そんなオーストリアの生活に根付いた日常酒、もっと言えばホフラインの日常酒をわざわざ日本で飲むというのは、言葉だけで考えてみるとどこか不自然に響きます。しかし、これもここまで読んだ方なら分かって頂けるでしょうが、ダニエラさんの語りに消費者との距離が無いように、ラザー・バイヤーのワインには、日本の普段の食卓との距離がほとんどありません。
それはホイリゲで食べられている食事と私たち日本人の味覚に共通項があることや、等身大のワイン作りの歴史を持つこと、そしてダニエラさんをはじめとするワイナリーの家族が酒飲みの視点を忘れないことからくるものだと思います。

彼女たちはこれからも、ホフラインの町の人、オーストリアの普通の人達のためにワインを作り続けるでしょう。スノッブのためではない、普段の生活で楽しく飲むためのワインだからこそ、ラザー・バイヤーのワインはわたしたちの食卓でこんなにも美味しく響くのです。
まだラザー・バイヤーのワインを飲んだことのない方も、ぜひこの機会に試してみてください。

飼い犬のリリとアディレ


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