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元・三遊亭天歌と裁判所の見学2~傍聴の手引き

2022 10/22(土)
 
ピピーピピーピピー
東京地裁の入り口の金属探知機が鳴っている。
原因はベルトのバックルにあるようだった。
俺は警備員二人に囲まれながら、今度はスティック状の探知機で再検査された。
ピピッピピッピピッ
さっきまでのは警告音とは違って、今度は軽快な音がした。
「タップダンスみたいですね」
音に反応している俺の姿を見て、先に入っていた天歌がニコニコしている。
今から9日前に、フライデーのネット記事に落語家パワハラ問題を告発した三遊亭天歌。
すぐ後に、芸名がなくなったので、元・三遊亭天歌であるが、この時点ではまだ、天歌のままだったので、表記はそのままにしておく。
天歌は、自分の師匠である三遊亭圓歌から受けた暴言・暴行を訴える裁判をするにあたって、10月21日、裁判所の見学にやって来た。
ピピッピピッピピッ
なぜ俺が同行しているのかというと、昔、よく裁判の傍聴を趣味にしていたことがあって、雰囲気に慣れているからという理由である。
そんな俺が金属探知機に引っかかるというのは、実に間抜けだ。
シュルシュルッと、俺はベルトを外して警備員に渡した。
これでも、まだ鳴っていたなら、ドリフの、全裸になっても男だけ金属探知機が鳴ってしまうコントだが、現実はベルトを外したら、音は止み、なんとか無事に入場することが出来た。
「兄さん、どうやって傍聴しに行くんですか?」
先ほどの警告音が、まだ耳の奥に残っているのか、ちょっとニヤニヤしながら天歌が聞いてきた。
さて、ここからが傍聴経験者の腕の見せ所である。
本日の裁判の一覧がタッチパネルで見られる。
「ええか、裁判は、朝10時から夕方16時まであるねん、12時から休憩やから、地下に食堂があるから食べに行こう、あっ、昔は美味い蕎麦屋があったんや、それで、今度は13時から午後の部が始まるねん、まもなく10時になる、タッチパネルを見て、傍聴してみたい事件はどれや?」
俺は、完全なるドヤ顔で天歌に教える。
天歌は、いくつか興味がある事件をピックアップしていく。
だが、またここで俺がドヤ顔をするタイミングがやって来る。
「成程、その詐欺事件とわいせつ事件か、詐欺事件の方は審理、わいせつ事件は判決やから、その二つはやめた方がええな」
「どうしてですか?」
「審理というのは、二回目の裁判で、ドラマの第二話から観るようなもんや、前回までのあらすじなんか教えてくれへんから途中から傍聴しても分かりにくい、判決は三回目で、もっと分からへん、いきなり最終回の、オチだけ観るようなもんや」
「じゃあ、第一話からの事件はどれになるんですか?」
「新件、と書いてあるやつや、例えば、同じ詐欺事件でも、ほら、こっちの法廷で行われるのは新件てなってるやろ」
「あっ、ほんとですね!413とか、711とか、この数字は?」
「それは、法廷の場所や、413なら、4階の13号法廷、710なら、7階の10号法廷」
「えー!じゃあ、相当な数の法廷があるんですね、どれくらいあるんですか?」
「どれくらい・・・いっぱいや」
ドヤ顔が、一気に崩壊する。
そんなことはググってくれ。
俺が、ひとしきり手順を説明すると、まずは、10時から始まる詐欺事件を傍聴しに行くことになった。
エレベーターを上がって、長い廊下を歩いて詐欺事件の法廷の前までやって来る。
「これ、どこから入ったらいんですか?」
「ここや、見てみぃ、この小さな小窓から、中が見れるようになっている、小窓の扉を開けてみぃ」
「はい、よいしょっ、あれっ、開かない、どうやって開けるんですか?」
「簡単や、こうやるんや、あれっ、あれっ」
小窓の扉がピクリとも動かない。
またもや、ドヤ顔、崩壊。
「まぁ、ええ、とりあえず中に入るで」
なかったことにして、俺は法廷のドアを開けた。
ギギッ、ギギッ。重たいドアなので鈍い音が響く。
中に入ると、既に裁判は始まっていた。
俺と天歌は、演劇の開演時間に遅れて来た客のような姿勢で、ガラガラの傍聴席に座った。
広い法廷の中、正面、左側には、よれよれのトレーナーを着た、一目で被告と分かる30代位の男が、屈強な刑務官二人に付き添われ座っている。
裁判長の口から、被告は、前科七犯という、実録やくざ映画のようなフレーズが聞こえてくる。
ああ、今、これが映画でもドラマでも演劇でもなく、現実に目の前で一人の人間が裁かれているのだと、ちょっと怖くなってくる。
男の態度は、実にふてぶてしい。
反省している様子が微塵も感じられず、前科七犯というのを誇らし気に思っているようにも見える。
ほとんど、かばう気がない弁護士の態度が実にリアルである。
検察官も、裁判官も、全員、呆れた様子で「おいおい、またかよ」という心の声が、法廷内に響き渡っているようにも聞こえた。
第一話は、あっさり終了し、次回、審理のスケジュールを裁判官が検察官と弁護士に尋ねる。
「その日は、さしつかえです」「あっ、その日も、さしつかえです」
手帳を確認しながら、次回の日程が決まった。
この裁判に興味があれば、第二話も追いかけたいが、ふてぶてしいこの俳優の演技、いや、男の態度はもう見たくない。
閉廷して、廊下に出た。
「いやぁ~あんな感じなんですね~」
生まれて初めての傍聴体験に、天歌は少し興奮しているようにも見えた。
「ところで、さっき、スケジュール決める時に、さしつかえって言ってたやろ、分かったか?」
「いえ、分かりません、どういう意味ですか?」
「さしつかえというのは、用事が入っている日のことやねん」
「へ~!さしつかえ!成程!」
ドヤ顔、復活。
「じゃあ、次の演目観に行こう~」
「いや、演目じゃないでしょ!」
俺と天歌は、またエレベーターに乗り込んだ。

※続きは後日
 
 
 
 
 

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