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青春のマルチタレント

2022 10/25(火)
 
芸人になりたいと思ったのは中学三年の頃だった。そして、それと同時に、映画監督や小説家にも憧れがあった。
丁度、その時分、ビートたけしさんの映画が評価され始めていたこともあって、俺の夢はマルチタレントになることであった。
マルチタレント!
なんという懐かしい響きだろう。
当時は、マルチタレントと称する、色んなジャンルの仕事をする芸能人がよくいた。
今思えば、それは非常に胡散臭く、器用貧乏に過ぎないようなタレントが殆どだったが、ビートたけしさんの成功例を見てしまうと、マルチタレントという肩書は実にカッコよく、これからの時代はマルチタレントじゃないと売れないとさえ思わされた。
当時、俺は友達の吉川という男と漫才コンビを勝手に結成して、学校の仲間にネタを見てもらったり、自分で書いた小説を読んでもらったりしていた。相方の吉川の方も、小説が得意で仲間たちに見せ、お互いマルチタレント面をしていた。
ある時、俺は小説の才能では吉川に負けていると思った為、今度は8ミリビデオで映画を制作した。
寺山修司の実験映画のようなイメージで、5本位の短編映画を脚本・監督・出演した。
吉川は映画には興味がなかったが、ある日、
「俺が脚本を書いて、お前に監督してもらいたい!」とオファーを受けた。そして、二人でコーエン兄弟のように映画を一本制作した。
タイトルは忘れてしまったが、
「青春もので、登場人物、全員脇毛ボーボー」
という吉川の脚本が独特すぎて、撮影に苦労したのを覚えている。
芸人、映画監督、小説家、脚本家、俳優などなど、俺と吉川は地元、神戸の片田舎で、仲間たちの間の小さな小さな世界で、マルチタレントの腕を磨いて行った。
「おい、バンド組もう!」
ある日、いきなり吉川が叫んだ。
そう、まだ手をつけてないジャンルがあった。音楽だ。
マルチタレントだったら、歌も歌えなくてはいけないし、楽器も演奏できなければいけない、そして作詞、作曲もできなければ、マルチタレントとは呼べない。
「よし!バンド組もうぜ!」
高校二年のある日、漫才師をやりながら、突然、バンドを結成した。
「作詞、作曲、お互い、出来たやつから歌っていこう」
「ボーカルは吉川がやるんか?」
「二人でやろう、チャゲアスみたいな感じや」
「楽器はどうする?俺、リコーダーしか吹かれへんぞ」
「そうか、俺はギターが弾ける」
「えっ、吉川、ギターできたんか?」
「できると思う、俺、ビーズみたいにできると思う」
「ほんまかいな、ギターはどこにあるの?」
「買うねん、これから買うねん、まかせとけ、俺、ビーズみたいにやるから、二人でチャゲアスみたいに歌おう」
一体、何がしたいのか分からないが、とにかくジャンルを増やすことで、俺たちはマルチタレントになれると思い込んでいた。
「来週、レコーディングや!」
吉川は興奮しながら、鼻歌で尾崎豊を歌いながら帰って行った。
漫才師がメインであるのは間違いなかったが、俺たちはできる才能のすべてを試して行った。
だが、当然、弊害が出てくる。
「吉川、来月の2丁目劇場のオーディションのネタできてないんか?」
「ごめんごめん、ちょっと次のはお前に作ってもらうわ」
「えっ、交代で一回づつ作るんちゃうかったんか」
「悪い悪い、俺、今月は、作詞、作曲で忙しいねん」
「いや、作詞、作曲て、お前バンドに力入れすぎやぞ!」
「あっ、待って、今、ええメロディーおりてきた!」
「どんなメロディーや?」
「♪~♪~」
「おお!めっちゃええやん!ジュンスカみたいやん!」
何がジュンスカだ。
もはや、軸である漫才師の存在は薄れ、かと言ってバンドが軸になるという訳でもなく、小説も中途半端で、映画監督としても映画は8ミリビデオでしか撮影しておらず、しかも代表作が「青春の脇毛ボーボー」で、俳優としての代表作も、また「青春の脇毛ボーボー」で、一体全体、俺たちは何がしたいんだ!?
ずっと迷走が続いていく中、高校三年の時、初めて、お笑いのオーディションの一回戦を突破して、二人は初心に帰った。
「吉川、芸人だけやろう」
「そうやな、俺たちは芸人や!所で次のネタやけどな、歌ネタやねん、売れないバンドが出てくる話でな」
「うんうん」
全く、初心に帰ってなかった。
その後、高校を卒業して、二人で大阪の芸能系の専門学校に入った。
中学の頃から一緒にやってきた俺と吉川の漫才師としてのスキルは、他の新入生よりも高かった。
「みんな大したことないな、吉川」
「そうやな!俺たちが一番や、売れるぞ!マルチタレントなんて言うてる奴が一番ダサいわ!」
漫才一本にしぼった二人であったが、何回目かの授業でテレビ局の偉い先生がやってきてこう言った。
「えー、これからの芸人はネタだけできても売れません、なんでもこなせる多彩な才能が求められる時代になってきます、君たちはネタだけやっていくのか?」
先生に聞かれた俺と吉川は、お互い目を合わせた。
そして、二人で口を揃えて答えた。
「先生、ぼくたち、マルチタレント目指してます!」
息がぴったりだった。
この間は、やっぱり、芸人に向いていると思った。
 
 
 
 
 
 

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