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私が生涯で出会った最もモテる人はとてもシャイな男の人だった。

ぶんちゃんは私の学生時代の知り合いの一人で、最も「人間にモテる人」である。どんな集団に入っても、高好感度を獲得するバランス感覚を持っていて、それに対してあまりコストを払わずに生きている奇跡的な存在。ぶんちゃんを見ていると正しくあろうと人格者になるよりも、見栄を張らず、正直で素直に生きていく方がよっぽど人に好かれると思い知らされる。

大学時代のぶんちゃんは建築学科なのに、芸大にでもいそうな雰囲気で、ちょっとだらしない格好をしており、誰かと目が合うとうはっ!と笑った後にちょっとニタニタするような人だった。しょっちゅう海外をふらふらしていて、突然学校に現れては次の瞬間には連絡が取れないような状態になった。
雰囲気的に関ジャニ∞の安田章大さんとかKing gnuの井口理さんとか、優しそうでなんとなく古着で丸メガネをしていても違和感のない感じをイメージしてもらうといいかもしれない。

街中華に行くと、いまだにぶんちゃんのことを思い出したりします。

ぶんちゃんはモテるが故に、そこそこ周囲の女性を食い散らかしていたが、本人もそれをどこ吹く風としている気質があって、悪い評判が出ることがなく、むしろどの女性も「まあ、わかってた。私は無理だったけどいいやつだよ」みたいなことを酒を飲むとだいたい言っていた。ちょっと育ちのいい子に手を出してちょっとメンヘラにしてたりもしていたけど、どんなに追いかけられて別れたとしてもぶんちゃんはいつも自分が振られたと言った。


初めての会話のことはよく覚えている。「宮川さんさぁ、タイ行ったことある?」と突然言われ、バンコクとチェンマイならあると答えると「この間ね、タイですっごい可愛い子とやっちゃったの。でもね、服脱いだら、ぐんって。ぐんって!俺よりでかいのが出てきたの。」とこちらが狼狽するレベルのナチュラルさで、どでかい下ネタをぶっ込んできた。要するに隠部が痛いらしく、性病にかかっているかもしれないと懸念しているようだった。保健所でいくつか性病検査が出来るはずだと答えると「え、明後日、デートなのに。それまでに直したい」とこれまた空恐ろしいことをさらっと宣言したので、慌てて止めた。おそらく検査にも投薬にも時間がかかるだろうから、数週間先送りにするようにアドバイスをして、その場は終わった。

それから数日後、ぶんちゃんのラボのデスクの前を通りかかると、キーボードの端に付箋紙で「◯日 保健所 」と書いてある付箋紙がちょこんと貼ってあり、笑ってしまった記憶がある。鉛筆で書かれたぶんちゃんの字は小さくて丸っこく、小動物のようにコロコロと付箋紙の中央に並んでいた。


私がぶんちゃんの凄さを目の当たりにした事件がある。
学生ばかりの飲み会の最中に、男性だけが「好きな芸能人のタイプ」で大盛り上がりした。その話題についていける女性がおらず、置いてきぼりになった。参加している女性が、一日中、隕石を磨いていたり、金属に圧力をかけて砕け方を調べていたり、コイルの巻き方を計算していたり、虫を解体したりするタイプの人々だったからだ。
しかし、悲しい哉、同じ穴の狢ほど程度の低い価値観がが横行し、対立構造を呈してしまう。この場合、男性側が女性芸能人を褒めることによって、意図せずに女性全体を卑下してしまい、女性側のほとんどが「オメェが言うなよ」的な毒を抱えたまま発することなく、良くない雰囲気で飲み会が進行した。それに気がつかない男性が「あ、ごめんね~こっちで盛り上がっちゃって」なとど発言し、さらに白けた空気が漂った。

そんな時に、ぶんちゃんはフラッと現れた。相変わらず、首のくたびれたちょっと汚い感じのTシャツを着て「俺も混ぜて~」と言った。どんなタイプの人が好きかが聞かれると、ぶんちゃんは手のひらで髭を撫でながら

「気が強くて、エロいひと」

とちょっと小さな声で言った。
私はこれほどの破壊力のある言葉を知らない。

一同は、なにやらすごい事を聞いたかのような中学生になっていたが、そのうちの「実は俺は結構、色々言われる方が楽で好きかも」「私は色々言えないタイプだから汲み取ってくれる人がいい」と話題が個人的なものになり、攻撃的な雰囲気は無くなった。

自分達は性別に関係なく生きていきたい。
けれども、時折、それがひどく悪い事のように思えるーーーー。

そうやって、一部の人間はは少しずつ侵食されてきた。
今回の場合に限って言えば、ぶんちゃんはそれを少し肯定してくれた。ぶんちゃんは自分と他人を比べない。ただ、それだけ。あの場をよくしようなんて全く思っていなかった。でも、その体現から得られたフラットな目線で物事を見るとジェンダーには関係ない世界が一瞬だけ姿を表した。

私は誰にも言わなかった。あの時、本当はぶんちゃんの耳たぶが真っ赤になっていたこと。
この人ずるいなと思った。

ぶんちゃんは携帯にこういうタイプのシールを貼っていた。どこで買うんでしょうね。こういうの。

ぶんちゃんとは大学と院まで10年弱は一緒だった。
その間、赤の他人と定食屋で意気投合して翌日釣りに連れて行ってもらったり、パチスロで負けた帰りに地方のテレビ局に就職が決まった美人の告白を断ったりして、パキスタンからの帰国の時車で迎えに行ったら、知らないアルメニア人とフランス人が一緒で「こいつの家に行く」と言って、そのままフランスに行ってしまったりした。
それを遠目で見ていた色んな人がぶんちゃんのことを独り占めしようとして、失敗した。

ZAZENBOYSのライブでたまたま一緒になったことがある
ぶんちゃんはサンダルで来て足を踏まれまくっていた

卒業後に、ぶんちゃんはインフラ系上場企業にさっさと就職を決め、髪を切りスーツで仕事をしている。結婚して子供ができて、順調に出世し、ちょっと太った。

数年前、初めてぶんちゃんの家族と会った時、学生時代の下世話な話題を口に出せるわけもなく、ただ誉めちぎっていたら「俺がタイで性病に罹った時に、一番最初に相談した人」とパートナーに紹介され、正直にも程があると思った。ぶんちゃんは皆が目を点にしているのを尻目に「性病って何?」と聞く子供たちを一瞥したあと、私だけ見てちょっとニタニタした。
そして子供たちに全力でタックルをされていた。

宮川の記事はこちら💁‍♀️

YALLAH!の企画制作担当宮川のブログ。本気にしないで。ご連絡はTwitterDMまで@miyakawa_yallah


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