藤屋11代伝蔵

応仁の乱について調べるため京都に短期滞在することになりました(45日間)。 五条のキッ…

藤屋11代伝蔵

応仁の乱について調べるため京都に短期滞在することになりました(45日間)。 五条のキッキン付きアパートホテルに滞在しています。自分の備忘録のため日誌をアップします。

最近の記事

京住日誌 29日目

1466年(文正元年)は畠山義就にとって大きな転機となった年だ。それは京における政治勢力のパワーバランスの変化に因るものである。歴史の教科書を開けばこの年(文正元年)は文正の政変があった年である。 ことの起こりは前年末に足利義政に待望の男子(義尚)が生まれたことだった。本来なら慶事だが、既に義政は弟の足利義視を次期将軍に指名していたから、単にめでたい話では済まなくなっていた。何せ将軍家の家督継承だからさまざまなの人や家に影響を与えるのは避けられず、彼らの思惑も入り乱れ、事態

    • 京住日誌 28日目

      1463年(寛正4)4月以降、畠山義就は吉野の天川に潜んでいた。ただ息を殺すように生きていたわけではない。虎視眈々と捲土重来の機会を窺っていた。その手始がその年の(1463)11月に足利義政が行った一斉恩赦だった。この恩赦は8月に亡くなった足利義政母重子の百カ日供養に合わせて行われたもので、義就も赦免された。義政自身も妻冨子も義就贔屓であったと言われるから、何らかの配慮があったのかもしれない。赦免され、討伐対象から外れた義就であったが、上洛が許されたわけではないので、その

      • 京住日誌 27日目

         1460年寛正元年、足利義政の逆鱗に触れ、家督を失った義就。しかも義政からだけでなく朝廷からも討伐命令が出され、四面楚歌の状態に陥る。そのためにこの後義就は6年以上京都を離れ、戦乱に明け暮れる日々を過ごすことになる。しかしこの6年間が義就を本物の武将にした。  緒戦、義就は政長軍に圧倒され、敗走する。そして河内の嶽山城に立て篭もった。元々は14世紀楠木正成が築城した城だ。相手にするのは政長だけでなく、毛利、山名、細川の連合軍相手で防戦一方となる。だから義就の敗北は時間の問題

        • 京住日誌 26日目

          【What happened today 】  複雑怪奇でしかも分かりにくく、もしかしたら面白くもない畠山家の家督問題が続く。前回は弥三郎派の襲撃を受け、父畠山持国は隠居し、息子の畠山義就は伊賀国に敗走したところまで書いた。かつて家督の継承者を約束されていた畠山持富の嫡男弥三郎は戦闘に勝利することで畠山家の家督を継承し、足利義政の裁可も受けた。その際義政から、「政」の字を与えられ政久と名乗る。これでついに一件落着と思いきや、そうは問屋が卸さないのが畠山家の家督問題だ。 ④1

        京住日誌 29日目

          京住日誌 25日目

           【What happened today 】  畠山家は管領家だから、家督を譲る場合、足利将軍家の裁可がいる。時に将軍家自らが口出し、意向とは違う家督を強制したりもする。足利将軍家自体も家督争いとは無縁ではなかったし、それがどんなにか物理的にも精神的にも家の力を消耗させるか知っていたからこそ、他家の家督争いはむしろウェルカムだったようだ。力が衰えることで結果的に幕府の運営がスムーズに行く可能性があるからだ。よく指摘されることだが室町幕府の権利構造は盤石ではなかった。だからし

          京住日誌 25日目

          京住日誌 24日目

          【what happend today】  京都にやって来て3週間が過ぎ、折り返し地点。サボっているつもりはないけれど、成果が出ているとは言いがたい現状はやっぱり辛い。だけどここが踏ん張りどころ。もう一度気合い?を入れ直そう。  連日の5時代の起床。デジタル新聞更新まで少し時間がある。日によってやることは違うけれど、読まなければならない資料等は山積しているからメモを取りながら読書。何度も書くが、応仁の乱を一言でいえば「畠山家の家督争い」ということになる。この争いが時に血で血を

          京住日誌 24日目

          京住日誌 20日目

           京都に来て3週間になろうとしている。バラバラとにわか雨が降ることはあったけれど、ほぼピーカンの日々が続いていた。しかし本日は朝から雨。理由は分かっている、「日本一の雨男」こと航平くんと会う約束をしているからだ。航平くんの逆テルテル坊主ぶりにはいつも感心する。安定してますな。  今日は夕方から航平くんとベロベロになる予定だからそれまでは今までの資料の整理などをし、少しだけリモートワークのフリをして過ごした。するとあら不思議、あっという間に夕方になった。航平くんとはホテルロビー

          京住日誌 20日目

          京住日誌 19日目

           京都にやって来る直前に偶然知り合ったお茶の先生からお茶会に誘われたことがある。そのお茶会は錦帯橋近くの吉香公園内にある、吉川氏ゆかりのお茶室で開催された。その先生はとっても上品で佇まいも優雅だが、非常に気さくな先生でもある。僕が京都に滞在中ということで東福寺内の退耕庵で開催するお茶会にご招待頂いた。普段はラフな格好をしているが、今日は久々にスーツを着て、清水五条駅から京阪に乗って東福寺を目指す。 東福寺駅から徒歩数分で退耕庵に到着。入り口にある説明版には次のようにある。

          京住日誌 19日目

          京住日誌 18日目

           いつもは簡単な朝食を用意するけれど、土曜日の朝はちょっと優雅にカフェで朝食を食べたくなる。そこで五条から自転車で三条を目指す。少し早い時間だったので営業しているのはチェーン店系に限られている。そして注文したのはトーストとスープそしてミニサラダにコーヒーが付いたベーシック?なモノ。この店でパンは買ったことがあり、美味しかったから期待していた。  結論から書けば×。まず、トーストがいけない。トーストはたっぷりバターを塗ってほしい。いや、正確に言えばトーストにバターを塗るのは自分

          京住日誌 18日目

          京住日誌 17日目

           いつもの時間に起床した。まだ朝刊の更新時間まで時間があったので、さて何をしようと思っていたら、そのまま意識を失って気がついたら7時過ぎ。珍しく?二度寝してしまったようだ。慌てて簡単な朝食を取り、デジタル新聞に目を通す。シャワーを浴びた後、お勉強タイム。こちらに来て手に入れた本が電子書籍を含めて溜まりに溜まっているので読み通すべき本かを判断することにする。  まずは「京都の中世史5 首都京都と室町幕府」(吉川弘文館)を開く。専門的な学術書とまでは言えないが、比較的お堅い?本だ

          京住日誌 17日目

          京住日誌 16日目

           いつものように?5時代に起床。ホテルのカーテンを開けると部屋に明るい日差しが差し込む。今日も良い天気のようだ。京都に来てからほとんど雨が降ってないのは連日市中を彷徨する者としてはありがたい。デジタル新聞更新まで時間があったのでまずは朝食の準備。もちろんカレーだが、味変?のためパスタと合わせてみた。我ながらパスタの茹で加減が絶妙で美味しくいただく。 その後は新聞3誌斜め読みに続いてシャワーを浴び、お部屋でお勉強タイム開始だ。 昨日の日誌にも書いたが応仁の乱の根底には家

          京住日誌 16日目

          京住日誌 15日目

           京都にやってきて2週間が経過し、月替わりの今日。あっという間だった。残り4週間だがぼやぼやしていたらこれまたあっという間に過ぎてしまうだろう。焦りは禁物だが与えられた時間は思ったより長くはないことを肝に銘じようと思う。  応仁の乱を通して京都を体感したいと奮闘している。応仁の乱のあった室町時代に限らないし、もしかしたら日本だけの問題ではないかもしれないことで常に頭にあるのが家督を引き継ぐ、つまりは相続問題だ。よく言われることだが、応仁の乱の大きなきっかけの一つが相続問題で

          京住日誌 15日目

          京住日誌 14日目

           スジ肉カレーの夢で目覚める。まだ5時になっていない。日課であるデジタル新聞斜め読みまではまだ1時間以上ある。だから?スジ肉カレーを作ることにした。  何はともあれスジ肉は下茹でしなければならない(多分)。水から茹でて沸騰したら火を止める。もちろん大量のアクが出ている。鍋の水は全て捨て、スジ肉を流水で洗い流し余分な油を取る。再び鍋に水、そこにスジ肉と生姜、セロリの葉を入れ沸騰しないよう弱火で2時間弱(苦笑)。もしかしたら朝っぱらからやることではないかもしれない。 煮込んでい

          京住日誌 14日目

          京住日誌 13日目

          【Today’s Phrase】 ①いけしゃあしゃあ =憎らしいほど平然としているさま ②ぺこり、またはぺこり45度 =「ぺこん」に同じ。勢いよく頭を下げて挨拶する様を表わす語。 ※定吉は又もやぺコンと叩頭して(「神経病時代」広津和郎1917年) 【What happened today】 相変わらず5時代に起床。6時のデジタル新聞更新まで時間があるので、トマトソース作り(苦笑)。僕のような素人がトマトソースを作る時のコツは二つあるという結論に辿りついた。 ①オリーブオイルを

          京住日誌 13日目

          京住日誌 8日目

           少し寝坊。と言っても5時30だけど。6時のデジタル新聞の更新には少しあるので、シャワーを浴びて朝食の準備。お米を水に浸し、味噌汁用の玉ねぎを刻んでおいた。そして新聞3誌を斜め読み。簡単に朝食を作り、さっと済ませ、お勉強タイム。  何度も書くけれど、応仁の乱を巡る諸相は入り組んでいて分かりにくい。ただそう言っていては何の進歩もないから、朧げながらわかったことを自分の備忘録のため少しずつ報告することにする。本日は畠山氏についてだ。  略家系図を参照してほしい。畠山氏は基国の時

          京住日誌 8日目

          京住日誌 7日目

          【What happened today】  何時に寝ても目覚めるの3時50分。それならば特に抗わないことにする。まだ薄暗い中、ベッドを出て、シャワーを浴び、コーヒーを入れる。デジタル新聞は更新されてないから、司馬遼太郎「花神」を読み耽る。6時を前に猛烈な?空腹に襲われたので、朝食を作った。  作ったと言ってもごく簡単な朝食で、メニューは昨晩スーパーで買った半額の稲荷寿司とやはり昨日作った茄子の味噌汁の残り。食後はもう一杯コーヒーを淹れて、デジタル新聞3紙を斜め読みする。そ

          京住日誌 7日目