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【映画評】ジャック・オディアール監督『君と歩く世界』(De rouille et d'os, 2012)

 このフランス/ベルギー/シンガポール合作映画の原題(仏語)を直訳すれば「錆と骨の」で、省略されているのは、クレイグ・デイヴィッドソンによる原作のフランス語タイトル "Un goût de rouille et d'os" から「味(un goût)」と分かる。先にカナダで出版された英語版のタイトルも「錆と骨(Rust and Bone)」で、 つまりは殴られて切れた口の中の「血の味(le goût du sang)」のことである。
 さて、本作の主人公は南仏アンティーブの水族館「マリーン・ランド」に勤めるステファニー(マリオン・コティヤール)で、彼女はシャチの調教を任されている(右図)。『フリッパー』(1963)でお馴染みのイルカと並び、数々の映画でその超コミュニケーション能力を発揮し、子供たちの(たいていは両親の離婚による)「家族的喪失」を癒してきたシャチ(オルカ)だが、本作のそれは、『フリー・ウィリー』(1993)のウィリーの様に友好的と見えたその刹那、『オルカ』(1977)の人食いシャチへと変貌を遂げる。ステファニーの両脚を食ってしまうのである。
 その後、一命を取り止め義足をつけた彼女とガラス越しに再会するシャチ(左図・中央図)は、彼女を――それこそカメラのように――機械的に見つめるばかりだ。それまで両者の間に生じていたかに見えた「心の交流」など、ステファニーが、いや我々観客が抱く一方的な幻想に過ぎなかったと知れるのである。
 彼女の心身の「喪失」は、そのようなわけで、動物とのコミュニケーションによってではなく、やはり何かを失っているに違いない地下格闘家の男アリとのぎこちないぶつかり合い——「血の味」の共有——によって初めて、癒されることとなる。人間の動物性、身体の物質性——「錆と骨の」——への省察が、そこに生じている。

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