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「中野正彦の昭和九十二年」樋口毅宏(イーストプレス)

〈イーストプレスの「中野正彦の昭和九十二年」書籍回収に断固抗議します。「民宿雪国」「テロルのすべて」「ルック・バック・イン・アンガー」を筆頭に、世の中の不条理と戦ってきた作家・樋口毅宏を断固支持します。読みたい。ひとりの在日朝鮮人として。作中のヘイトスピーチに怯むなよ。現実を見ろ。〉

という文を書いたことがキッカケとなり、ニュースキャスター堀潤さんのラジオ対談でも紹介され、作者(神様)本人から本を寄贈していただくことになった。

1月17日という神戸では特別な日付と樋口さんの署名付きで、本が届いた。なんとご丁寧な手紙まで添えて下さるという僥倖。

冒頭の「異邦人」から終幕の「羊たちの沈黙」まで、ずっと痺れっぱなしだった。(どちらも好きな作品)

既視感がずっとまとわりついていて、もはやフィクションではなかった。日記文学に実際の記事とTweetを併せるスタイルが、おそろしいほどに現実そのままを切り取っていた。

ネトウヨでありテロリストである「中野正彦」とは、世に蔓延るヘイトの集合意識だ。

そして本作は、見ようとしてこなかった、現実の写し鏡だ。

後半は、吉村昭「関東大震災」と、「証言集 関東大震災の直後 朝鮮人と日本人」を読んだ記憶がリフレインしていた。

1923年、関東大震災による死者は約10万5385人。未曾有の大災害である。某都知事がなかったことにしたいジェノサイドは、今年で100年目を迎える。

天災と人災が引き起こした禍根。無実ながらに、風説を元に虐殺された同胞たちの恐怖と無念を思う。

悪意を持ってデマを撒き散らす輩と、情報源が不明のままにその情報を拡散するメディアの問題は、今も変わらないままだ。(ますます酷くなっているようにも感じる。)

放置の果てにやってきたディストピアは、現在と地続きなのだった。

国と行政の在り方、市井のひとたちが教訓とすべきこと。それが、今を支え、新しい未来を作る礎となるはず。過去を繰り返そうとする流れには、抗わなければならない。

詩人・崔真碩さんの言葉がよみがえった。

〈みんな人。人でなしでも、人は人。お互いに人であることを知ること。この当り前すぎる原点に立つことが、ヘイトスピーチを乗り越える、その道筋なんだと思う。〉
〈希望も絶望も虚妄だが
喜びは虚妄ではない
今のこの怒りが虚妄でないように
喜怒 わたしたちは サラム ひと
アンニョンハセヨ?
アンニョン 安寧とは 無事 平和 穏やかの意
無事ですか 平和ですか 穏やかですか
朝鮮人は 挨拶するたびに 安寧を紡いできたし
今日も 紡いでいる
アンニョンハセヨ?
ウシロカラササレルを越えて
やられたことをやり返さない
安寧 わたしたちは サラム ひと〉

樋口毅宏さんは、覚悟を決めて書ききった。(登場人物は、ほとんどが実名でもある)

樋口さんからは、「刺激が強いので、無理をせずにゆっくり読んでみて下さい」と、ご親切な助言まで頂いた。

在日朝鮮人は、透明人間ではなく、ヘイトスピーチに傷つきもし、それでも日本で楽しく暮らしている、ということを伝えていきたい。多くの芸能人もそうであるように。

日常を、平穏に続けることが、ヘイトに対するカウンターだ。

今だからこそ(炎上商法と揶揄されても、だからこそ)多くの傍観者たちの手に届くべき作品だと思う。

作家の手から離れた作品は、読者に読まれることで完成すると思うから。

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