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革命の天使:第三章 親しげな談笑

 翌朝八時過ぎ、アーノルドが居間のソファーで眠りながら、戦争や世界征服、そして自分の設計図に基づいて作られた航空海軍が空中で戦闘を繰り広げる夢を見ていると、コルストンがやってきた。彼が入ってきた時、アーノルドはちょうど目が覚めていて、前夜の出来事が現実なのか、それとも夢の一部だったのかを考えていたが――その疑問は、家主がカーテンを引いてブラインドを上げたことですぐに解消された。
 目を開けた瞬間、彼は自分がサザークの粗末な自室以外の場所にいることがわかるのと同時、コルストンがこのように言ったことで残りの疑問が明らかになった。

「さてと、同志アーノルド……いや、飛行艦隊の大提督殿、よく眠れましたかな? ソファーは大きさも柔らかさも充分だっただろう。寝る前に吸った葉巻が悪い影響を残していなければいいが」

「え? ああ、おはよう! ウイスキーのせいなのか葉巻のせいなのか、なんだかよく分からないけど、空中で戦ったり、要塞に爆薬を落として小さな火山にしたり、そんなばかげた夢ばかりを見ていたよ。君が入ってきた時、僕は自分がどこにいるのかまったくわからなかった。そろそろ起きる時間なのかい?」

「そうだね、八時を大幅に過ぎたところだ。私はもう風呂に入ったから、風呂場は自由に使ってくれていい。その間に、バローズが朝食のテーブルを並べてくれる。風呂に入り終わったら、私の衣装室に来て、格好を整えてあげよう。僕らの背格好はほぼ同じだから、君のどんな注文にも答えられると思うよ。実際、どんな衣装でも用意してあるんだ――浮浪者から衛兵将校の制服までね」

「前者になるには、それほど大きな着替えは必要ないだろうね。でも、いくら歓迎されているからといっても、君の服まで奪ってしまうつもりはないよ。すでに充分過ぎるほどの借りがあるだし……」

「馬鹿なことを言うなよ、リチャード・アーノルド。その最後の言葉の調子からすると、君は昨日の夜に私が言ったことをきちんと心に留めていないようだ。『自由への同胞団ブラザーフッド』の間柄に私有財産というものは存在しない。明日の今頃は、君も入会すればいいとすら思っている。私がここに持っているものは、大義を果たす目的のためだけに持っているものだ。つまり、これらは私と同じように君のものでもあるんだ。なぜ、同胞の服を着ることに抵抗があるんだい? さあ、さっさと風呂に入って、頭の中の不条理な考えを洗い流したまえ」

「まあ、そう言われるのは構わないけど、服を着るのに必ずしも〈ブラザーフッド〉の理念を受け入れるわけではないことだけは覚えていてくれよ」

 そう言ってアーノルドはソファーから立ち上がり、グッと伸びをしてトイレに向かった。
 三十分後に家主と一緒に朝食に座ったとき、前の晩にエンバンクメントで彼を見た人で、同じ人物だと気づいた者はほとんどいなかっただろう。仕立て屋は、少なくとも外見的には、その人物を作るのに大いに役立つとは言うが、アーノルドの場合は、服を変えることで上品そうな浮浪者から、若い内から貴族的な風格を身につけた、明らかな美男子に変身したのである。痩せこけた青白い顔と、肩身の狭い思いをしていることを除けば、であるが。
 親しげに談笑しながら朝食を取っていた間、二人はその日の予定について話し合い、その後は主に一般的な政治論議に話が及んだ。
 アーノルドには、モーリス・コルストンをよく知れば知るほど、彼の性格が際立って見えくるような気がした。そして、その矛盾に驚きを隠せなくなり、食事の終わりにこう言ったのである。

「陰謀家の中でも君は奇妙な類の人間だと言わざるを得ないよ、コルストン。僕はニヒリストや革命結社のメンバーというのは、いつも無口で忍び足で用心深く、自分たちのサークル以外の全人類を激しく疑い、憎悪しているような存在だと考えていた。だけど、ここにいる君は、現存する中でもっとも恐ろしい秘密結社の活動的なメンバーで、地球上のほとんどすべての政府の破壊を誓約し、その活動に自分の人生を賭けているにも関わらず、文字通り二十四時間前には面識もなかった男に、まるで学童のように心を開いているんだからね。もし、君が僕のことを誤解していたら、警察に君のことを話して、ロシアへの送還を視野に入れた監禁措置を取るように働きかけていたのかもしれないぜ。それを防ぐことができたのかい?」

「第一に」とコルストンは静かに答えた。「君はそんなことはしないだろう。私は君のことを誤解していない。なぜなら、完全に君のことを知っているかどうかはさておいて、君は心の中でこの社会に降りかかろうとしている破滅を信じているのではないか。私と同じように。……第二に、もし君が私の信頼を裏切ったなら、私は、私が君の言うような本当の私とは違うことを示す、有力な証拠を持ち出して、それらを並べ立てて君を圧倒するだろう。君は狂人として笑われるだけだ。それから、第三に、君が私の正体を話した後、二十四時間以内に君に対する検視が行われることになる。半年ほど前、犯罪捜査部のエインズワース警部が死んだのを覚えているかね?」

「ああ、それはもちろん。あの頃は仙人みたいに引き篭もっていたけど、あんなに外で騒がれたら聞かずにはいられなかったよ。でも、それは解決したじゃないか。数ヵ月後に南ロンドンで解散したガロッター・ギャングの一人が、死刑執行前の供述で、彼の首を絞めたことを告白していたはずだろう?」

「その通り。そして、彼の未亡人は、その自白のおかげで毎週十シリングを貰うようになった。一生涯ね。バーケットは君以上にエインズワース殺しには無関係だったが、他にもニ、三人は殺していたから、その自白はあまり問題にされなかったのだ。いやいや、エインズワースはまったく別の方法で死を迎えたのだよ。彼はロシア秘密警察局のロンドン支局から二百五十ポンドの賄賂を受け取り、〈外部支援者《アウター・サークル》〉のメンバーに対して不利な証拠を作る裏工作を行っていた。でっち上げの殺人罪でロシアに強制送還することに成功すれば、さらに二百五十ポンドが支払われる約束だったらしい。〈革命中枢部《インナー・サークル》〉がロンドン警察にいるロシアのスパイからこのことを耳にすると、エインズワースは裏切りを実行に移す間もなく、額に恐怖の印を残して死んでいるのが発見された。彼はメトロポリタン警察のメンバーである〈ブラザーフッド〉の二名によって処刑され、その後、殺人犯を裁くために行っていたこれまでの功績に対して、判事から賛辞を受けたってわけだ」

 コルストンは朝食後のタバコを吸う合間に、まるで無頓着な口調でこの暗い話をした。
 アーノルドは恐怖を押し殺しながら言った。

「この君たちの〈ブラザーフッド〉の活動は、世間一般ではよく『テロ』と名付けられていたけど、あれは処刑というよりも、むしろ殺人と言った方が適切なのでは?」

「決してそんなことはない」とコルストンは少し冷たく答えた。「社会は他人を殺した人間を絞首刑にしたり、首を刎ねたりする。エインズワースは、偽の証拠で裏切ろうとした男が仮にロシアに一歩でも足を踏み入れたなら、そいつが死ぬのを許される前に百人分の死者の苦しみを味わうことになっただろうことを、我々と同じように理解していた。彼はこの卑劣な罪を犯すために、自分の職責と英国人の主人に対する信仰を裏切ったので、生きるに値しない、背信的な殺人爬虫類として駆除されたのだ。我々は弁護士ではないからな。このテロでは、金のために意図的に殺人を企てたことと、殺人行為そのものを区別することはない。我々の法律は、社会が毛嫌いしているだけで容認している諸々の不正行為よりも、より正義に近いものなのだ」

 アーノルドは感情的な理由か、あるいは論理的な理由なのか、この推論には何も答えずに、彼が沈黙しているのをじっと見ていた。コルストンはいつもの淡々とした、ユーモア溢れる口調に戻って、次のように続けた。

「それはそうと、今日はそれ以上に怖い思いをすることになるだろう。我々は他の仕事も抱えているのだから、すぐにでも取り掛かった方がいいだろうな。無論、君の素晴らしい発明についてだ。もちろん、君の話はすべて信じているが、私があくまでも組織の代理人で、一定の規則に従って行動しなければならないことを忘れてもらっちゃ困る。さてと、率直に申し上げると、どちらかがなにかを約束する前に、お互いを充分に理解するためにも、君の飛行船の模型を見せてもらいたい。今夜、〈インナー・サークル〉の幹部に報告し、ついでに君自身についても紹介したいからね。もし、それを許していただけないのならば、すぐにそう言ってくれたまえ。少なくとも当面の間、我々の交渉は急停止せざるを得ないから」

「続けて」とアーノルドは静かに言った。「ここまでは同意するよ。同意するけど、最後まで話を聞きたいからね」

「そうかい。それで、その幹部がこの発明を承認したら、すぐに〈インナー・サークル〉に参加し、説明を受けた秘密結社と目的の達成のために心身を捧げるよう求められるだろうな。もし君が拒否すれば、この問題は終了だ。君は単に見たこと、聞いたことを一切明かさないという名誉ある言葉を求められ、その後は平和に去ることを許されるだろう。その一方、君が同意した場合、君が抱えている秘密の重要性を考慮し、最初に〈アウター・サークル〉に入会して組織の信頼を得なければいけないという通常の条件は免除され――君から隠している必要がなくなった――〈ブラザーフッド〉に、そのまま加わるのだ。そして、君が我々に期待する信頼と同様、組織内で絶対的な信頼を得ることになる。君の試作品の設計図に基づいて、実際の飛行船を製造するために必要な資金は自由に使えるようになるし、それを建造するための施設のために適切な場所を選ぶことになるだろう。その飛行船が空を飛ぶ準備ができたら、無論、君はその船の指揮官に任命され、乗組員は君の命令で建造に従事する労働者の中から選ぶことになるだろう。彼らは全員が〈アウター・サークル〉のメンバーで、君の命令を理解することなく、ただ盲目的に、たとえ死ぬとしてもただ命令に従うのだ。そして、〈インナー・サークル〉のメンバーの内、一人が君の副官となる。そいつは君と同様に完全な信頼を得た人間で、不測の事態であっても正直にすべてを打ち明けて相談できるような人物だ。さて、これですべてお話したつもりなんだが。どうだい?」

 数分間、アーノルドは沈黙を続けていた。コルストンが話している間、彼の脳裏を駆け巡った様々な考えに忙殺され、言葉を発することができなかったのだ。
 それから、ようやく家主を見上げて、言った。

「条件をつけてもいいかい?」

「もちろんさ」と彼は笑顔で応じた。「しかしながら、無論、無条件でそれを受け入れるわけにはいかない。私の――つまり、上との相談なしにはね」

「それはもちろん」とアーノルドは言った。「それで、僕が君の上司と交わさなければならないと考えている条件は、簡単に言って、以下の通りだ。第一に、僕は機体の原動力となるガスの組成を誰にも明かさないはずだ。僕はそれを所定の量だけ、自分で製造し、常に自分の管理下に置く。もし、この点で誰かが裏切ろうとしたら、僕を含めて、飛行船とその乗組員の全員を、その一人一人を見分けるのが困難なほど粉々に吹き飛ばしてしまうだろうね。僕はこの発明品から離れては生きていけないし、生きていたくないんだ」

「いいだろう!」とコルストンが割って言った。「真の愛好家とはそういうものだ。続けて」

「第二に、僕はこの機械を開戦当初に――〈ブラザーフッド〉が明確な目的を達成するために公然と戦う時にのみ使用する。一度でも武力に訴えたなら、僕は地球上のどの国も、僕なしには使うことができないような力を使うだろうし、交戦中の軍隊や艦隊がお互いに破壊装置を使うように、僕もそれを惜しみなく使うだろう。だけど、僕は僕らに対して武装していない無防備な町や人々を破壊することには加担しない。もしそうするようにと命じられたら、僕はそんなことは絶対にしないぞと率直に言うよ。まず飛行船そのものを爆破してやるからな」

「その気持ちはじつに素晴らしいんだが、条件がやや厳しいかもな」とコルストンは答えた。「……とはいえ、私自身は、それらを受け入れることも拒否することもできない。それは上が行うことだ。私個人としては、みんなこの意見に同意する余地はあるんじゃないかと考えているがね。さてと、これで今のところ言えることはすべて言ったんじゃないかな。準備ができたら出発して、私の要望を満たしたいんだがね。戦争が起こった時に〈ブラザーフッド〉を戦争の仲裁者にする発明を見たいという――まあ、戦争が始まるのは、そう遠くないだろうが」

 この最後の言葉が語られた口調に、アーノルドはある種の冷たさを感じ、僅かに震えながらコルストンに答えた。

「いつでも準備ができているし、その現物を見ることを僕は君と同様に待ち望んでいる。僕は、それが今も無事であることを祈っているんだ! この模型から離れていると、まるで初めての赤ちゃんから離れる女性のような気持ちになってしまうんだから……」

 数分後、この社会のもっとも危険な敵である二人は、まるでこの世に専制や抑圧というものや、常に存在する彼らの敵の陰謀や陰鬱な革命など存在しないかのように、葉巻を吸って親しげに会話しながら、エンバンクメントをブラックフライアーズに向かって静かに歩いていた。

――つづく


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