白菊の姫

 お姫様に憧れていたのはいつだったろう。
 白菊にハサミを差し入れながら考える。
 きっと全てが変わってしまう前、わたしがベッドに縛られていた時代だ。少しでも刺激を減らそうとする両親が用意した色素の薄い部屋で退屈に身を沈めていた頃だ。色すらも制限されたわたしが世界を見出したのは検閲された創作物だけだった。その中でも文字は過保護な両親の目を時折掻い潜った。彼らを擦り抜けた文字列の内側にはよくお姫様がいた。
 脳裏に仄暗く展開されるあの姫は豪奢に飾り付けられた部屋にただひとりだった。外界へ逃げ出したお姫様は様々な清濁に直面し、最期には花の中に身を沈めて孤独に、そして穏やかに目蓋を下ろす。
 あの頃のわたしは彼女のように全てを捨てたかったのかもしれない。どんな結末が待っていようと、自由の中に身を投じたかったのだと思う。あるいはその結末こそが望みだったのだろうか。
 ぱちん、とハサミが鳴り、菊の花がふらりと倒れゆく。
 左手で茎をどうにか支える。指の隙間を抜けるかすかに湿った風が白い花弁を波打たせて後方の木の葉を揺らす。
 あの風はやがて皇女の頬を撫でるだろう。穏やかな寝顔はそれでもきっと動かないはずだ。
 わたしの病は十五年と半年を越えた辺りで完治した。いや、父がわたしを徹底的に書き換えて消し去ってしまった。一般化しかけていたとある技術を応用したそれが身体にどう作用したのかは未だにわからないが、わたしは今こうやって自由に出歩けている。
 平然とそれだけのことをやってのける技術は、人間をどこまでも自由にした。人類が代償を背負えなくなるほどまでに。
 結局、それはわたしを自由にした代わりに、文明と呼ばれていたものを焼き尽くして無辜の命をどれほどか奪い去った。父と母の名もその膨大なリストの隅に記されている。
 わたしは籠を拾い上げる。そこには摘んだ白菊が何本も横たえられている。
 世界のあらゆるものが書き換えられてから数年後、わたしはお姫様と出会うことになった。
 彼女であると確信できたのは頭とトルソーだけだった。四肢は付け根から解け、細い糸となって風に吹かれて靡いていた。その一部はとても精緻に編まれて伸びてきた木の枝と一体となり、また一方は地面に茂る草の細い繊維に融合している。彼女が同化する枝の一本は下腹部まで伸びていて、その先は体内へ引き込まれているように見えた。
「あなたと話しているのはきっと私なのよ」
 森の意識を統べる彼女の境界を問うたときに返ってきた困ったような表情をわたしははっきりと覚えている。彼女の浮かべたあの表情はどこまでも人間であった。例え、喉を割って突き出た枝の蕾が咲きはじめていたとしてもだ。
 純然たる自然は自我というものに大した興味を持ち合わせていないらしく、保持するでもなく淘汰するでもなく、ただただ無視を決め込んでいた。当然、皇女という称号にしても役目でしかなく、そこに貴賎を見出すこともしてはいないようだった。
 わたしが物語を見出すより前に、彼女は消えた。
 物語で美しく書かれた死に様も現実では味気の薄いものだった。色を欠いた瞳はどこにも向いておらず、置いていかれた肉体は数か月を経ても尚、ただ力なくうなだれたままで存在していた。「彼女」というそれだけが失われている。
 だからこそ、わたしは墓標のように佇む彼女の前に跪いて束ねた白菊を供える。彼女の顔を仰いであの問答を幾度となく反芻して祈りを捧げる。人間性が自然に消化されゆくのであれば、どこまでも人間臭く彼女を弔おう。使い古された祈りを呟き、花で飾り、思い出を偲ぼう。溢れぬ涙を呪い、声を殺して嘆こう。
 友として、憧れとして、それくらいは許されることだろうから。

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