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エイモア・トールズ『リンカーン・ハイウェイ』

題名とジャッケトのイラストで購入することを決めました。SNSで紹介されていたあらすじもしっかり読んでいなかったので、少年がリンカーン・ハイウェイという幹線道路でカリフォルニアまで行くロードストーリーと思い込みをしながら読みはじめました。

物語のなかに3冊の本が登場します。『モンテ・クリスト伯』『三銃士』『アバカス・アパーナシー教授による、英雄、冒険家、その他の勇敢な旅人の要約』です。最初の2冊はフランス人作家デュマによる小説、三冊目はアキレス、リンカーン、シンドバットなどの英雄というか著名人が列記されている架空の本になります。

カンザス州の更生施設から出てきたばかりのエメット・ワトソンが弟の待つネブラスカ州の自宅へ戻るところからはじまります。エメットは目的のために突き進む真面目な人間ですが、主人公としてはすこし面白みにかけるが物語のエンジンのような役割をしています。弟のビリー・ワトソンは『アバカス・アパーナシー教授による、英雄、冒険家、その他の勇敢な旅人の要約』の持ち主です。かれは兄に従い旅を続けますが本当はこの本に載るような冒険をしたいという願いを隠し持っています。ダチェス・ヒューイットはエメットと同じ施設から脱走してきた青年です。「ケリのついていない用事があるなら、片をつけよう」そのために行動しています。ですので『モンテ・クリスト伯』の主人公を地で行っているのです、『モンテ・クリスト伯』を読んでいればもっと理解できたことでしょう。最後のウーリー・ウォルコット・マーティンは人生のこだわりが多すぎて社会になじめない青年です。そして彼がなぜ旅を続けるのか、ラストに謎が解けると彼の行動に理由があったことがわかってきます。そんな謎の多い人物です。ラストでウーリーが取った行動で、読者はこの物語の軸が彼にあったことがわかります。彼の本当の目的のためにダチェスが操られてきたことがわかると驚きがあります、これまでの4人の旅物語が一瞬で蘇ってくるようなそんな感覚を覚えました。

エメットとビリー、ダチェスとウーリーの二人で1組という関係性で旅を続けます。エメットがビリーを先導し、ビリーがエメットを横道に誘導していきます。ダッチェスとウーリーの関係も同じです。エメットとダッチェスだけでは物語が面白くなりそうもありませんし、ビリーとウーリーだけでは話が進みそうもありません。4人が近づいたり離れたりして物語がなんとかすすみ、そして面白くなっていくことで話に没頭していくことができます。4人はまさに『三銃士』のダルタニアンと三銃士なのでしょう、だれがダルタニアンなるのでしょうか。

エメットがハイスクール2年生に教わったゼノンの「パラドックス理論」について思い出す箇所があります。

わたしの理解が正しければ、エメット、ゼノンはその実用的価値のためというより、議論のためにみずからの証明を追求したようにみえるというわけだな。そう述べているのはきみだけじゃない。実際、われわれはそのための言葉を持っている。ゼノンと同じくらい古くからあることばだよ。詭弁(ソフィストリー)だ。ギリシャのソフィストからとった言葉だ・・・ソフィストとは哲学と修辞学の教師のことで、彼らは機知に富む、ないしは説得力のある、だがかならずしも現実に基づいていないことを論じる方法を生徒たちに教えたんだ

早川書房『ザ・リンカーン・ハイウェイ』P520

この言葉はまさにダチェスを表現していると感じました。ダチェスというパラドックス。彼がケリのついてない用事を片付けるために行動することで、エメットは目的地カリフォルニアとは真逆のニューヨークへ向かう羽目になります。そしてエメットが目的地から離れれば離れるほど物語は複雑にかつ面白くなっていきます。ダチェスは自覚はないがはエメットとビリーを大幅に寄り道をさせることで人生を変え、ウーリーの本当の目的のための手助けをします。他の3人を導くために生まれてきた使命をもった人物であると言えます。そして最後、ダチェッスがどのようにこの世から消え去るか、目的を達成した人間にふさわしいかなしくもおもしろいラストでした。まさに「まさに、まさに」です。

四人で『アバカス・アパーナシー教授による、英雄、冒険家、その他の勇敢な旅人の要約』に載るような冒険をしたことに気づいているのでしょうか。彼らはそれぞれ次の人生へ進んでいきます、読者だけがその余韻に浸ることができます「あーおもしろかった」と。




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