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シェハン・カルナティラカ『マーリ・アルメイダの七つの月』

まず、主人公のマーリンダ・アルメイダ・カバラナ、カメラマンでギャンブラーでヤリチンである通称マーリのキャラクターが面白い。悪ぶっているというか、いいやつと言われたくないという感じ、正直言って好感がもてる人物です。

おまえの各種技能の適正評価は以下のとおり。ギャンブル、Dマイナス。八百長、Cプラス。浮気、Bマイナス。写真は下手くそだし、節操のせの字もなかったおまえだが、構図の決め方ならわかっていた。トレイに印画紙を浸すコツも、暗室から光を締め出す術も心得ていた。モノクロームに戦慄を、セピア色にきらめきをもたらすことができた。薄っぺらなものに深みを、平板なものに質感を、陳腐なものに意味を与えることができたんだ。

河出書房新社『マーリ・アルメイダの七つの月』上巻P160

これが世間のマーリの評価になります。かっこいい男がいれば誘惑し、収入はすべてカジノに突っ込むようなわかりやすいクズ男。そんなマーリが撮影する軍の住民への虐殺や政治家のスキャンダル写真はどのような評価を得るのだろう。金のためとおもわれるのかもしれない、マーリは評価を気にしない。マーリといっしょに亡霊の視線で現世をみている読者にはわかるのだろう、いがいとそんな単純なものではないことを。

その箱には封筒が五通。どれもトランプのカードにちなんだ名前がつけてある。「エース」はイギリス大使館に売った写真。「キング」はシンハラ軍の依頼で撮った写真。「クイーン」はタミル人NGOに買われた写真。だが、「ジャック」はおまえだけのもの。
五番目の封筒の名前は「テン」で中にはDDそして、スリランカの最も美しい姿をとらえた写真が入っていた。
「おまえは十点満点の恋人だよ」いつだったか、おまえはDDにそう言ったことがある。それから、こう付け足したんだ。「いや、十三点満点の十点かもな」

河出書房新社「マーリ・アルメイダの七つの月」P57

スリランカの混沌とした政治情勢の中で繰り広げられる暴力の連鎖。小説の中ではこれらが滑稽にかつグロテスクに描かれています。それらが強調されればされるほど、マーリのDDに対する愛情が際立って美しく感じられていきます。マーリとDDのペニス談義が面白いのですが、マーリはDDに言えないほどの数の男と寝てきました。そんなヤリチンマーリには他人には信じられないかもしれないがピュアなDDへの愛があるのでしょう。

死亡した人間が、あの世に行く前に現世に戻ってきてなにかしらのミッションをこなしていく。そのような物語はたくさんあると思います、この小説もそのなかの一つになります。同種の小説の中で違う点はマーリ達亡霊はなにもできないことです、見ることしかできない。唯一できることは生者にささやくことだけです。ささやきも3回までしかできないのがもどかしいところです。そんな口笛で猫を振り向かすぐらいの力で、マーリが自分を殺害した人物にしかえしをする。クライマックスに起こる事件はこのものがたりのもう一つのおおきな山となっています。

ギャンブルをするとき、おまえは一度も神に祈ったことがなかった。戦闘地域に足を踏み出すときも、肉の味を覚えたときも、だれかに愛を告白するときも、神にいのったりはしなかった。確率を計算し、選択肢を並べたら、あとは勝負にでるだけだ。
足の指が多く生まれる確率は千分の一、パイロットが酒に酔っている確率は百十七分の一、そして一説によれば、人殺しをして逃げ切れる可能性は三対一なんだとか。

河出書房新社『マーリ・アルメイダの七つの月』下巻P156

死んだ人間がまた人間に生まれ変わる、もしくは家畜にうまれかわる確率もそれぞれあるのだろう。マーリの考える確率は数字の大小だけではなくその数字を信じるかどうかなのでしょう。地獄のようなこの世で生きていくには自分の信じる確率を計算して生きていく。そんな道標のようなものが必要なのだろう。そして、この小説をよむとわかってくることがある、死者が近くで生き様を見ているかもしれないことに。




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