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カート・ヴォネガッド・ジュニア『スローターハウス5』

聞きたまえ
ビリー・ピルグリムは時間のなかに解き放された。
ビリーは老いぼれた男やもめになって眠りにおち、自分の結婚式当日に目覚めた。あるドアから1955年にはいり、1941年、べつのドアから歩みでた。そのドアをふたたび通り抜けると、そこは1963年だった。自分の誕生と死を何回見たかわからない、と彼はいう。そのあいだにあらゆるできごとを行き当たりばったりに訪問している。
そう彼はいう。
ビリーはけいれん的時間旅行者である。つぎの行き先をみずからコントロールする力はない。したがって旅は必ずしも楽しいものではない。人生のどの場面をつぎに演じることになるかわからないので、いつも場おくれの状態におかれている、と彼はいう。

ハヤカワ文庫『スローターハウス5』P39

これがこの小説のあらすじになります。これがすべてです。カート・ヴォネガッド・ジュニアが第二次世界大戦にアメリカ兵として従軍し、ドイツのドレスデンで捕虜として空襲をうけた体験をそのまま記述したような小説です。

私がいちばんおもしろかったところは、ビリーのけいれん的時間旅行に影響を与えた小説家キルゴア・トラウトの登場です。『第四次元の狂気』『宇宙からの福音書』『株式取引惑星』などの面白そうな小説の作者です。彼についてこのように表現されています。

「ああ、キルゴア・トラウトがものを書ける男ならなあ❕」とローズウォーターは慨歎した。彼の言葉には一理あった。キルゴア・トラウトの不評判は、当然の結果なのである。彼の文章は、読むにたえない悪文であり、よいのは彼の思想だけなのだ。

ハヤカワ文庫『スローターハウス5』P149

ビリーは相当にものわかりの良い人間なのか、クソみたいな小説のくだらなさのおくに潜む深い思想に気づいたようです。従軍したことによっておかしくなって、現実と小説の境がわからなくなります。そのときにキルゴア・トラウトの小説から受けた影響を自分の経験と勘違いして話し出すほどになってしまいます。ビリーは偶然同じ町にすんでいたキルゴア・トラウトに出会いますが、彼が少年少女をだまして新聞配達させているというオチも楽しいです。

この小説が出版された1970年前半にはどのような感想をもって読まれたのだろうか、アメリカがベトナム戦争に参戦している時期なので反戦小説的に扱われていたのかもしれない。2023年時点でも世界各地で戦争が行われていて、人間も進歩ないなという若干あきらめも含んだ気持ちで読まれているのかもしれません。戦争に参加したことはありません。戦争で悲惨な体験をしたという話はもう十分に世間にあるので、その先のどうしたら戦争を回避できるのかという議論ができないかと思っています。




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