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『サンセット・パーク』ポール・オースター

ニューヨークのサンセット・パークにある廃墟のビルに不法滞在する若者四人。マイルズ・ヘラー、ピング・ネイサン、アリス・バークストロム、エレン・ブライスが何者でもない若者がなにかを為し得てやろうともがく姿が描かれています。

四人はそれぞれ思惑があって一緒に生活をすることになります。結局、自分が大事で他人のことはかまってられないというのが本音かもしれません。それぞれの他人との関わりあいかたが微妙な距離感を持って描かれています。

ピングは〈病院〉を早仕舞いし、マイルズが長旅できっと腹を空かせているものと決めて、五番街を何ブロックか下がり、贔屓のランチスポットと称する場所に友を連れて行く。そこは薄汚い大衆食堂で、フィッシュアンドチップス、シェパーズパイ、ソーセジとマッシュポテト等々、本物のイギリス庶民食が揃っている。こんなに脂っこい昼飯を週に何度も食っているんじゃピングの横幅が広がるのも無理ないな、とマイルズは考える。とはいえ目下自分も腹ペコであり、こういう寒い日に熱々のシェパーズパイで胃を満たせるのはなによりありがたい。一方ピングは家のこと、バンドのこと、ミリー相手の失恋のことをえんえん喋りまくり、その合間に、きみは本当に元気そうだな、また君に会えて嬉しいよ、といった言葉をはさむ。マイルズは食べるのに忙しくてろくに返事もしないが、ピングの上機嫌さ、ぐんぐん迫ってくる善意に感じ入らずにはいられない。

新潮社『サンセット・パーク』P110

ピングが一人で喋って、マイルズが聞いているんだかどうだかという表情でパイを食べているようすを思い描くことができます。サンセットパークでの共同生活でも誰かが一方的に自分の主張を声高くしゃべる、その一方でそれぞれがそんな声を聞き流して自分のことに没頭するしていくような奇妙な関係がよく伝わってきます。ですが、それぞれが意識しないのにお互いが影響を与えてところも面白いところです。エレンがピングのペニスをデッサンするシーンは大変笑えるシーンですが、影響を与え過ぎなような気もします。

虚構と現実が入り混じっているのもこの物語の面白いところになります。『我らの生涯の最良の年』という映画が物語の軸となっています、すべての登場人物がそれぞれに同じ映画の感想を述べていく。実際にない映画を対象とすることによって、感想を述べる人物に焦点があっていくような感じがします。文学ではレンゾーという作家の『山の対話』という小説が登場します、レンゾーはポール・オースターの初期の作品に出てくるような自分の存在を消してしまいたいという欲望をもっています。そして野球です、たくさん野球選手の名前がでてきますが、どこまでが本物なのでしょうか。私はロバート・クレメンテぐらいしかわかりませんでした。ジャック・ロークまたの名をラッキー・ロークを死が三度迎えに来て、三度とも逃れたエピソードは最高に愉快です。そしてラストに書かれるラッキー・ロークの簡素な死亡記事を読むことで人生の虚しさを痛感していきます。

サンセット・パークの廃墟に住む4人の若者は未来の自分の可能性に不安を感じ日々を生きていきます。その対比となる大人として登場するマイルズの父であるモリス・ヘラー、彼は作家になる夢を捨て出版社の経営者として成功します。どの登場人物も心のなかにあるぽっかりおおきな空虚を抱えながら悪戦苦闘するところが読者に感動を感じさせるのではないでしょうか。


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