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『レッド・アロー』ウィリアム・ブルワー

レッド・アローというのはイタリアを縦断する特急列車の名称だそうです、さらに物理学のなかでは時間の流れを表す記号をさすことばになるそうです。その2つは当然物語のなかにでてくる事柄になります。

あらすじはというと主人公のぼくがまったくの偶然で出版することになった『ボーイスカウト』という小説がまぐれ当たりをします。そして、次回作として1995年にウエストバージニアでおきたヘキサシクラノール9がモノンガヒーラ川に流出した事故を題材にしますが、主人公のぼくには小説を執筆するつもりがまったく能力的に無理だったという話。
そしてその後、主人公のぼくがその件で背負った借金を返済するために物理学者の自叙伝のゴーストライターをすることになったが、肝心の物理学者が行方不明になってしまうという話。
2つの物語を同時に語るなかで主人公のぼくがうつ病になりそして克服していくというかんじです。

主人公のぼくがどん底の状態かたの転換点になるのが、『ビッグなアイデアの持ち主』であるテリー・ストリックランドとの出会いです。彼が物理学者の自叙伝の仕事を繋いでくれ、さらにうつ病の回復への道のりを築いてくれるのです。

『サーフィンはするかい?』
『ゴーストライターになるのにサーフィンができないといけないんですか?』
『そうじゃない。だが、きみはかなりの緊張状態にあるようだ。こっちまで肩に力が入ってきた。状況が状況だからだろうが、蓄積する負のエネルギーの除去にまったく努めていないな。これから2週間ごとにきみの仕事ぶりをざっと見て、順調に進んでいることを確認する。そのあと、きみにサーフィンを教えてしんぜよう。』

早川書房『レッド・アロー』P182


テリーに紹介された理学療法士のスピリチュアルな療法はまゆつばものに感じられるが、テリーといっしょに海にはいってサーフィンをしている場面では読者の方ほっとするというか主人公のかれが解放に向かっていくのではないかという感じがします。

主人公のぼくと恋人のアニーがニューヨーク州からサンフランシスコへの引っ越しの途中に生まれ故郷であるウエストバージニア州に立ち寄ります。イタリア系移民の家族の家ではディナーのあとに甘草のリキュールであるサンブーカを飲むシーンがあります。ここで、モンガヒーラ川での悲劇が重なってきます。薬品が流出した川は甘草の臭いが強烈にしたそうです。主人公のぼくは生まれ故郷に立ち寄ったために、失敗して鬱になった自分と立ち直ろうとする自分のあいだにある断ち切れない記憶と時間のながれを感じてしまします。

記憶と時間という流れで、物語の中に多くの小説がでてきます。
マイケル・ハー『ディスパッチズ ヴェトナム特電』
マイケル・ポーラン『幻覚剤は役に立つのか』
ジュゼッペ・ディ・ランペドゥーサ『山猫』
ジェフ・ダイヤー『まったくの激情から』
W・G・ゼーバルド『目眩まし』
さらに1995年の事故最中におこった主人公のぼくと父親が薪と喘息の薬を交換する冒険譚はコーマック・マッカーシー『ザ・ロード』を彷彿させます。
『ザ・ロード』以外は読んだことありませんし、その他の小説もすべてが実在するかはわかりません。ですが、作者の創作に少なからずの影響を与えた作品として、事前に読んでおけば作品の理解の補足になったのかなという感じがします。

時間の概念を越えて、過去をふり返っていく。そして最後には運良く物理学者と出会い主人公のぼくは独白することができます。物理学者と出会うシーンで、読者ななにかを達成したような感動を覚えます。主人公の僕にとって借金をちゃらにしてうつ病を克服しただけではあるが。このあとで、妻や父に愛していることを伝えることができると考えれば、小さなことではなく彼にとってたいへん大きなことであったのであろうと思います。


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