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やじ

 私26歳、彼女21歳。
デートでプロ野球を観戦する。
 早めに仕事を終え、試合開始前から球場に入る。
もちろん格好をつけるため、内野の最前列とはいかなかったものの、前から5列目の2席を、大枚をはたいて買った。
 席を探していると、後の席の方から、
「いくのちゃん!二人揃ってどこ行くの?」
と大きな声をかけられる。
見ると会社の先輩だ。
『あちゃあ!』
「あれ?今日は、具合悪くて早引きしたんじゃなかった?」
と、これまた、皆に聞こえるように大きな声で叫ぶ。
とんだところに、よく喋る先輩がいたもんだと思いつつ、先に座っていた男性に軽く会釈をしながら、その横の席に二人そろって座る。
 
 試合が始まり、応援するチームの選手がヒットで一塁に出る。
一塁に出た選手のリードが大きく、あぶなく牽制でアウトになりそうになる。
場内から悲鳴。
「何してるんだ!くっつけ、くっつけ。足が遅いんだからベースにくっついとけ!」
と、例の先輩が後ろの方でヤジる。
しかし、三度目の牽制でタッチアウト。
場内ため息。
「あれだけ、くっついとけと言ったのに」
とまた声をあげる。
 チェンジとなり、外野の守備位置を見て、今度は、
「寄れ、寄れ、もっと右に寄らんかい!」
とまるで自分が監督のように叫ぶ。
 そのヤジる間を、相手チームがヒットで出塁。すると、
「あれだけ寄れと言ったのに!」
 
 次の回。
今度は、誰もランナーは出ていない。が、
「もっとくっつけよ!」
続いて、
「おい!もっと寄れと言ってるだろう!」
更に、
「聞こえないのか?早く寄ってくっつけ!」
と、なおも大きな声で叫ぶ。
 なぜか、先に座っていた隣の男性が、
「もっと彼女の方へ寄ったら?」
と私にささやく。
軽くうなずき、身体を彼女に寄せる。
 すると、後ろの方から笑いながら、
「そうそう、くっつけばそれでいい!」
な、なんというヤジや。
 ええけど、、、

 私66歳、奥様61歳。
ニトリで半額で買ったソファに座り、テレビのプロ野球を観戦する。
「くっつくな!」
「え?」
「こっちに、くっつくなと言ってるでしょ!」
「何?」
「そっちの汗がくっつくのよ!」
 
 しばらくして、
「寄るな!」
「は?」
「こっちに寄るなと言ってるでしょ!」
「何?」
「そっちの身体のにおいが臭いのよ!」
な、なんというヤジや!
 ま、こんなもんか。

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