【超ショートショート】「表現のあるべき姿」など
「表現のあるべき姿」
堪忍袋の緒が切れて、俺は演奏を中止した。
毎日駅前で弾き語りをする習慣を始めて7年、俺の周囲には一向に人だかりができない。
自分好みの曲ではなく、ちょうどその時間に目の前を通る会社員に響きそうな応援歌をやっているのに、皆素通りしていく。
俺はやけくそになって、不協和音を鳴らしながら暴言を吐いた。
するといつもは近くで寝転んでいるホームレスが近付いて来て、
「それでいいんだよ」
と歯のない口を開けて笑った。
「放火犯」
火柱が立ち昇り渦を巻いて火の海に戻る太陽の表面。
そこは流刑地であり、体に傷を負った途端に回復するよう改造手術を施された男が大地に跪き、喘ぐことさえできずに永遠の苦しみを味わい続ける
――という妄想を、私は男が侮蔑的にこちらを一瞥してから去った法廷で、唇を噛みながら行った。
「無自覚の階級社会」
楽園の土からゾンビが現れ、それまで笑顔を振り撒きながら輪舞していた私達を襲い始めた。
私は逃げ惑いながら、ある予感によってゾンビの顔に目を凝らした。
そして思い出した。ゾンビは、私が小学生のとき同級生だった、地元で有名な貧乏な家の子供だった。
私達はずっと彼を踏んでいたのだ。
「現実逃避」
他の同級生が頬杖を突きながら窓の外に理想郷を思い描いている一方、A君が眺めたのは歴史の教科書だった。
A君は、端を折ってある縄文時代のページを開いた。
「気楽そうでいいなぁ」A君はうっとりと呟いた。
その時、土木科に通うA君の同級生達は、表の建築現場からの怒号を聞いていた。
「罪作りな性質」
家族に嫌われた老人は自宅で孤独死した。
その死体は徐々に変形し、棺になった。
やがて棺が開き、中から燃える触覚を持つ蝶が現れた。
蝶の眼前には青いトンネルが伸び、そこで布状の寒天質に包まれた無数の卵が漂っていた。
蝶が愛おしさから近付くと、触覚から引火し卵は全て燃えてしまった。
「放牧」
いずれ食肉になる仕事をしている。
仕事内容は単純、来たるべきときに備えて健康体でいるために、定期的な健康診断を受け、問題があれば適切な治療を受けるだけだ。
働き詰めだった昔に比べれば、随分楽で給料も高い。
実質的には『家畜』だが、社畜だった頃より人間らしい生活が送れている。
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