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『ポストマン・ウォー』第24話:気が気でない


『ポストマン・ウォー』第24話:気が気でない


 一週間くらいが経とうとしていたが、中谷幸平の気持ちは晴れなかった。

「マリの手紙は何事もなくモンゴルに届けられたであろうか。何事もなく、読まれたであろうか」そのことばかりが気になっていた。
 
 モンゴル行きの国際郵便は、通常でいけば一週間を要する。今頃、手紙は届いている頃であろう。そこから、何か不審に思ったマリの両親が連絡をし、マリが、自分の手紙が何者かによって開けられた可能性があると、郵便局に駆け込んで来たりしないだろうか。そのことばかりが気になり、とても仕事にならなかった。
 
 客に渡すお釣りの額や、切手の枚数を間違えるなど、どうしようもないミスが立て続けに起こり、見兼ねた矢部さんが「中谷君、最近どうした?たるんでいるんじゃないのか?」と言ってくる程であった。

「いや、そんなはずはないんですが」

 中谷幸平は平静を取り繕うのに必死だった。だが、そう考えれば考えるほど行動は不自然になり、ドツボに嵌っていく。

「元気出していこうよ中谷君。そんな時は『カササギ』行くしかないよね」
 
 中谷幸平が何か悩み事でもあるのかと感じた矢部さんは、気晴らしに、モンゴルパブに行こうと誘ってきた。中谷幸平も、マリのことが気にかかっていたので、会っておきたいという思いがあった。
 
 
 慣れた感じでいつものように店に入る。矢部さんが誘ってくるということは、当然、江原さんたちもセットである。ドアを開けた瞬間、江原さんたちの笑い声が聴こえてくる。
 
 マリが出迎えてくれた。中谷幸平を見るなり「中谷サン嬉シイ」と両腕を開き飛びついてきた。マリは体を寄せて、もう離さないとばかりに中谷幸平と腕を組む。

「恋人同士にしかみえないな」矢部さんが冷やかしを入れる。

 少し嫉妬しているようにも思えた。矢部さんの指名はずっとミサであったが、矢部さんとミサの距離は、いつ来ても初期にリセットされてしまったかのように、遠い。矢部は奥手だからな、吉田さんが言っていたのを思い出す。

 マリの様子からして、手紙についてはまだ何事もないと思い、中谷幸平は少し安堵した。
 
 ただ、モンゴルと日本である。手紙はまだ届いてないのかもしれないし、何かあって連絡するにも時間差が出てしまうであろう。

「おう、久しぶり」

 江原さんが手を挙げて招き寄せる。

「そんな久しぶりではないですよ」と矢部さんが笑いながら突っ込みを入れる。中谷幸平も同じ気持ちであった。頻度が多すぎて、江原さんたちとは常に一緒にいるような気分だ。
 
 マリはいつものように中谷幸平の隣につき、酒を入れるのもツマミを出すのも、手慣れたようにこなす。

「中谷サン、久シブリデス。モウ来テクレナイノカト心配シテマシタ」

 マリはそう言いながら、中谷幸平に酒を注いだグラスを手渡す。

「え、そんなことないでしょう。そんな時間経ってないよ」

 中谷幸平は笑いながら答える。

「中谷サンニ会エナイノハ、一日一日ガ長イ」とマリは溜息交じりに言う。
 
 中谷幸平はその言葉に照れ笑いするしかなかったが、恋愛ドラマのような台詞に、まさかマリは自分に本気になっていやしまいかという、違う心配が頭を過った。

「籍を入れることが目的」という柴田主任の言葉が思い出される。
 
 しかし、マリがいつもと同じ様子なのは最初だけであった。三十分も経たぬうちに、ボーイのドルジさんに呼ばれ、店の奥に引っ込んだり戻って来たりを繰り返した。

 マリがいない間は、違う女性が交互で、中谷幸平の相手を務めた。他の客の指名で呼ばれるならともかく、たんに身を引っ込めるだけなのである。いつもとは違う雰囲気に、江原さんたちも何か察したたようである。

「さっきからマリはどうしたの? 中谷君がつまらなそうにしているから、何とかしてよ」と、ドルジさんにクレームを入れる程であった。
 
 中谷幸平は、その理由が気になっていた。途端に、手紙のことが気になり出した。モンゴル宛てに送った手紙が、誰かに開封された気配があると気付かれてしまったか。それとも、手紙の内容にあった中国人たちとのいざこざのことか。
 
 そのうちマリはまた戻ってきた。

「ゴメンナサイネ、ドルジサン今日一人ダカラ、手伝イガ大変デ」と説明する。

「そういえば、あのあとは大丈夫だったの?」

 中谷幸平は思い切って、以前に聞いた『桃源郷』の人間とのいざこざについて聞き出してみた。するとマリは、怪訝な顔を作り、何を訊いてくるの、という感じで中谷幸平の質問をあしらった。

「ダイジョウブ、ダイジョウブ。中谷サンガ心配スルコトハ何モナイ」

「嘘だ」と中谷幸平は言ってやりたかったが、瞬時に吐き出しそうになった言葉を吞み込んだ。

「本当に?」と訊き返す中谷幸平に対し、マリはもう一度首を振り、力強い目で見つめ返した。それ以上は何も訊くなというような、そんな目である。

 マリは話を逸らすように、江原さんたちに向かって「中谷サン飲ミ足リナイミタイナノデ、ボトル入レテモイイデスカ?」とわざとらしい声で訊く。

 すると一斉に、吉田さん倉地さんから笑いが起こり、「おお、飲め飲め」と江原さんが顎で煽る。
 
 

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