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いじめのこと

私は、他の子よりも、身体の筋緊張が弱く(フロッピーインファント・筋緊張低下症)て小さな頃から歩行や筋力のリハビリを受けていて、運動も苦手でした。体幹が弱く、姿勢を維持することができなかったり、口を閉じる力も弱い為、よだれも出やすく、年長に上がるまで、よだれかけをつけていました。そんな私は、小学4年生の頃「何でこんな簡単なことも出来ないの?」、「○○の考えは間違っているに決まってる」、「キモイ(気持ち悪い)」「死ねばいいのに」、「消えろ」、「ランランルー(死ね死ね消えろ)」「なんで学校来てんの休めばいいのに」、「○○菌が移る」そういったことを毎日、言われていました。2年の時から、無視されたり、避けられたりしてきて、本格化したのは、4年生でした。毎日のように同じことを繰り返し言われるので、次第に心が病んでいきました。教室に行って挨拶しても、返事はなく、その代わりに、「あ〜今日も来たんだ」と嫌そうに言われます。そのうち、元気に登校するということができなくなりました。毎日憂鬱で、怯えていました。「学校に行きたくない」とは、口が裂けても言えませんでした。それは、うちは、勉強に厳しい家庭だったからです。高校受験のことも厳しく言われていましたから、私にとって小学校生活は、高校受験のための準備期間で、カウントダウンをしている気分でした。なので、ただでさえ、勉強が苦手な私は、心が休まりませんでした。その上、不登校なんて許されないと思ったのです。家に帰っても、宿題があって、苦手な算数の勉強は、数学の教員免許保有者である、お母さんが、厳しく教えていました。友達と放課後に遊ぶことは、家のルールで禁止されていました。家にいても厳しくされて、学校でもいじめられて、私の居場所は、習い事のピアノだけでした。しかし、習い事のピアノも先生が病気になって入院することになり、出来なくなったのです。そして、その先生は、退院してほどなくして、心の病でなくなりました。自殺だといわれ、亡くなる前は、学校生活でいじめにあってると相談した私に寄り添ってくれていただけに中々、死を受け入れることが出来ませんでした。完全に、居場所がなくなってしまった私は、漠然と、「何の為に生きているのだろう?」と思って、1人、悩み続けました。そのうちいじめは、さらに酷くなり、悪口だけではなく、クラスメイトの行動にも表れるようになり、朝の黒板には、びっしりと私の悪口が書かれていて、給食の班に入れてもらえず、給食当番をして給食をよそったり運んだりするのを拒まれ、係活動で1人牛乳パックを洗い、クラスでは、「菌回し🦠」という遊びが流行り、私のことを「○○菌」(あだ名)と名付けて、私の机や椅子、持ち物に触ってしまった人が別の人に回して、一緒になって「わぁ、汚い」と言っているのをずっと見ていることしかできませんでした。私の使っていた机や椅子に座りたくない人や、隣に座りたくない人が多くその結果、席替えは、座席ごと移動が普通になりました。それでも、私の隣の男の子が大泣きして、私は戸惑うばかりで、「可哀想だよ」と周りの子は、その男の子を庇いました。「泣きたいのはこっちだよ」と思いました。発表会とかで手を繋ぐ場面が演技にあっても、嫌がられました。5年の担任には、苦手な算数ドリルが赤ペンだらけなのを、何で出来ないのと怒り、みんなが掃除している目の前で怒って立ってなさいといわれました。グループワークもペア学習も嫌がられ、プールでは、バディを組んでもらえませんでした。授業中でも、発表すると、批判の的になり、体育の授業がはじまる前に額に、内履きを投げつけられ、膝に当たって打撲したこともありました。男子中心のいじめでしたが、女子にも色々やられました。言葉で責められ、トイレで閉じ込められたり、無視されたり、係活動でリーダの子に作業が遅いと頭を叩かれたり、悪口や陰口を言われていました。最終的には、担任の先生と付き合っているというありもしない噂を流されました。そんななか、隣の席に座っていたいじめには加担していない物静かな、男の子も、私のいじめの影響からなのか自分の存在に悩み不登校になってしまいました。その時、私は、完全に心が壊れてしまったのが分かりました。それでも私が不登校になることは許されませんでした。いつからか、毎日、窓をながめては、「飛び降りたい」という衝動に駆られ、交差点を見て、車の群れの中に「飛び込みたい」と思うようになりました。毎日、「死ぬ」ことを意識するようになりました。『死ね、消えろ』と何度も言われたことにより、いつの間にか洗脳状態となってしまって、希死念慮に変わっていました。自分が自分に死ぬことを願うなんて、残酷だと思います。希死念慮は、今でもなくなることはなく、数年間に渡り沈静化していたものの、2022年に再燃し、大学1年の夏、自殺未遂をしてしまいました。今、私は、就職が決まり何とか、生きなければと、お薬を服用し、衝動を抑える練習をしています。そして去年、そんないじめから、10年が経ち、消えることの無い傷を背負い、必死に生きてます。確かに、発達障害が後々に判明したように、コミュケーションが苦手だったり他の子よりは、筋力の緊張が弱い私で運動が苦手で運動会でも、活躍できない私ですが、それは、身体の問題でどんな理由があってもいじめは、許されません。学校に不登校にならず通えたことを美談にされた私が今伝えたいのは、今、辛い思いをしている人に学校には、無理してまで行かなくて良いと思うということです。まずは、自分の心と身体を優先して守ってあげてください。いじめで自殺してしまった人の報道をみるととても辛く、胸が痛みます。こんな悲しいことが2度と起こらないように、教育現場の皆さんには、子供が幸せに学校生活を送れる環境を整えて欲しいです。

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